第3話 魔導院

「――懐かしい景色だ。ただあの時は幼かったから、また違った景色にも見える」

「あの頃からほとんど変わってないわよ」


 転移門をくぐり抜けて最初に見えたのは、相も変わらず堂々と立っている大きな塔だった。懐かしいな。

 正面には大きな塔。左右には生徒が通う教室が入った建物がズラッと並んでいる。まだまだ青い生徒たちがたくさん行き交っている。


「ほわぁ~!! パパ、あの建物は何!?」

「あれか?あれは初等科の生徒が通う建物だ。十歳まではあそこで魔法の基礎を学ぶんだ。俺とジェミニーは通わなかったが、ラルカは通ったはずだ」

「――懐かしい」


 ここに来るまでは緊張で硬かった表情が、今は少しだけ緩んでる。思い出が蘇ったのかもしれないな。


 フレイは随分と興味があるらしく、見るもの全てに関心を持って聞いてくる。世が世ならここに通わせるのもあり……いや、仮定の話に意味はないか。


「ねえ、パパ。あの塔はなに?」

「あれか。あれは教授たちの研究室がある建物だな。見た目に反して中は異空間になってる」

「仕方ないでしょ。研究室は私達の絶対領域。あそこにある研究成果を誰かに盗まれるわけにはいかないし、段々と物が増えて狭く感じるのよ。だから、私達はそれぞれの状況に合わせて必要になったら拡げてるの」

「拡げ過ぎて空間崩壊を起こして次元の狭間に消えた馬鹿がいたっけ」

「………あれは稀な例よ」


 俺がいた頃にあった話だ。ある日その教授の部屋を訪れると部屋の中が元の状態に戻っており、教授の姿は一切見かけなかったため行方不明扱いで処理されたとか。


「兄様、ここはなんですか?随分と変わった形状をしているようですが……」

「ああ。これは決闘場だ」

『決闘場!?』


 そうだよな。驚くよな。でも、これがあるのには大きな理由があるんだよ。


「あー……ここでは問題が起こると必ず決闘で白黒付けることが決まりになってるんだよ。勿論、実力が開きすぎてる場合はその限りでもないが、だいたいこの規則が適用される。今日も誰かがやってるようだ。見ていくか?」

「……大丈夫なんですか?」

「問題ない。客席には防護結界が張られているからよっぽどのことが起きない限り心配ない。それから、これは自分の魔法を披露する場という面もあるから見られたところで問題はない」

「パパ見たい!!」

「――見たい」

「私も見てみたいですね。殺し合いではない魔法戦闘なんて、滅多に見る機会がありませんからね」


 フレイの目が輝いてるなぁ。ラルカも興味深々だ。アゲハは敵情視察という意味合いもありそうだな。


「構わんか?」

「ほとんど決まったような状況で言わないでくれる?……はぁ、いいわよ。まだ時間はあるだろうし」

「決まりだな」


 ジェミニーの許可証で決闘場に入ると、すでに決闘は始まっていた。見た目からして教授らしき人物同士がやり合ってるようだ。観客は俺達以外には見受けられない……か。


「ここが決闘場ですか」

「はぁ……あの二人はいつもいつも飽きないものね」

「毎日やってるのか?」

「ここ最近は特にね。顔を合わせるたびにこうやって決闘して互いの魔法を見せびらかしてるのよ。馬鹿みたいでしょ?」

「今は貴重な機会を得られたことに一応感謝しておこう」

「皮肉にしては微妙ね」


 とは言いつつも、同僚の情けない姿に恥ずかしいという思いがあるらしく、耳の先端が少し赤くなっていた。




 決闘が終わったから決闘場から出ると、ミルティナとアゲハからため息が聞こえて来た。フレイからは不満の視線が送られてくる。

 

「兄様に比べたら児戯みたいなものですね」

「先の戦いを見ているだけに、ミルティナ様の言葉に同意します」

「パパ、つまらな~い」

「――面白くはなかったけど、見る価値は微々だけどあった。微々だけど」


 確かに見た目は派手ではなかったが、一応上級魔法の撃ち合いだったからな?

 隣を歩くジェミニーは申し訳ない表情で、形だけ同僚をかばった。


「戦闘を前提として使用している私やジャックと、研究に没頭してて戦闘慣れしてない者達とで雲泥の差なのは仕方のないことよ」

「――ここにおられましたか。院長が御待ちです。それから、王国からの来客も既に来て待っております。御急ぎを」

「クロネル教頭。わざわざありがとうございます」

「ジジイの忠犬か」

「久しいな、狂犬。いや、今は『魔王』か」


 こいつも変わらんな。あの時はただの教え子だったのが、今では教頭か。随分と出世したものだ。


「あの……兄様とあの人は何か因縁がおありで?」

「クロネルと私とジャックは同期だったんだけど、クロネルは院長を神の如く崇めてたのに対して、ジャックは追い抜くべき目標としてたこともあって、度々衝突してたわ」

「ジャック様にしては珍しく喧嘩腰ですね」

「フレイまで兄様のマネして睨んで……」

「――伝説の世代集合」

「伝説の世代?」

「今はもう語られなくなってるけど、ジャックがいなくなってから少しするまでは私達の事をそういう風に呼んでたみたい」

「――『餓鬼』のジャック、『双頭』のジェミニー、『暴乱』のクロネル」

「皆様は仲が良かったのですか?」

「う~ん……仲が良いというよりも、あの時は私達に比肩する人が他にいなかったのよ。だから自然と三人で力比べをしては互いを批評し合ったりしたわ。……二人とも、院長に会うんでしょう?ここで睨み合ってても時間の無駄よ」

「……命拾いしたな、忠犬」

「それはお前の方だぞ、狂犬」


 いつか必ずどちらが上かはっきりさせてやる。



 クロネルが先導して塔への道を歩いていた時、高等科の建物の前でたむろしていた生徒たちがこちらを見て声を上げた。見ていたのは弟子だった。


「――なあ、あれって『無能』じゃね?」

「あ?――おおっ!?『無能』が帰って来たぞ! 逃げ出した『無能』がのうのうと帰って来た!!」


 周りに聞こえるようにわざと大きな声で言っているのだろう。迷惑この上ない。

 集団のリーダー格らしき男が手下を連れてこちらにやって来た。弟子は普段以上に目深にフードを被って顔を見えないようにしていた。


「おい。もうテメエの席はここにはねえんだよ。一体何しに来たんだ?お?」

「…………」

「おい。なんか返事しろよ。この『無能』」

「――いったいいつからここはこんな輩を受け入れるほど落ちぶれた?」

「あ?」


 こんな低次元の人間がいたら、ここから離れるのも納得だ。


「分からんか?お前達はつまらない優越感に浸って俺の弟子を貶す、見る目の無い腐った能無しだと言っているのだ」

「あんたたちみたいなのがどうしてここにいるのか理解できないわね。この子よりも劣ってるのに、よくもまあ見下せたものね?」

「お前達のような無能がいることは由々しき事態だ。ここの評判を落とすわけにはいかない。すぐに院長に報告しなければならんな」

「………俺らが能無しだと!!? テメエら、この場で決闘だ!!」


 リーダー格の男が激高して腰から杖を取り出した。それに続いて手下たちも杖を取り出し、すでにこちらに構えている者もいる。


「俺が一人でやろうか?」

「ここは彼に任せましょ?やる気みたいだし」

「ジャック、見ておくんだな」

『上等だ! その余裕のツラ、すぐに歪ませてやるよ!!』


 チンピラどもが一斉に魔法を放とうと呪文を唱えている隙に、クロネルの拳が霞んだ。相変わらずの徒手空拳か。



「――まあ、こうなるわな」

「当然でしょ?この程度、片手間で相手できないと教頭なんて務まらないわよ」

『……えっ………』

「これくらいよそ見をしてても出来る。ジャック、今の院はこんな輩ばかりではないからな?こいつらは例外だ」

『ぐっ……調子に乗るんじゃねえ!!』


 どこに隠して持っていたのか、魔法が通用しなかったからと短刀で弟子に襲い掛かった――いや、襲い掛かろうとした。


「――っ!」

「この程度で他者を見下していたのか?こんな児戯で付け上がれるとは、随分とちっぽけな矜持だな。こちらが恥ずかしくなる」

「ふん……『餓鬼』の頃から変わらんな。強きを挫くことを愉しんでいる」

「あんたも圧倒的な強さで相手の心を圧し折ろうとするのは、『暴乱』の頃から変わってないわよ」

「そういうお前こそ、一度でも格下と見做した相手を徹底して見下げる態度は『双頭』の頃のままだぞ?」

「「「…………はっはっは!!」」」


 ああ、このやりとりは懐かしいな。

 そういえば、ここにいた頃はだいたいいつもこんな感じだったな。


「………まさか、『三魔犬ケルベロス』!!?」

「……さっきと呼ばれ方が違うようだが?」

「私達をよく知る世代は、『三魔犬』ていう呼び方で一括りらしいわよ」

「さっさと行くぞ、ジャック。こいつらは他の者に任せる」

「最後に一つ。――もしまた俺の弟子を侮辱したら、体の一部が消し炭になると思え。これは警告だ。脅しではない。いいな?」


 ちょっと脅したら簡単に首を縦に振ってくれた。なんだ、俺達のあだ名はそこまでの恐怖の象徴なのか?


「あの『餓鬼』がここまで甘くなるとは、あの頃からは想像もできないな」

「でしょ?迎えに行った時も驚きの連続だったわ」

「……人間誰しも時が経てば考えも変化する。世界を知ればなおさらな」



 ジャックの照れ隠しに先を行くジェミニーとクロネルはニヤリと口角を上げ、ミルティナとラルカとアゲハは微笑むのだった。フレイは就寝中である。

 ヨルハはここに来てずっと黙ったままだ。

 ラルフはそもそも発言権がないため終始頷くだけで一言も声を発さなかったが、本人が気にしてないので誰も触れずにいるのであった。

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