第13話 次

 天使と戦闘後、先のジャックとの対談部屋とは異なる、大きな円卓が置かれた部屋へと全員が集まった。

 ギラザールたちが全員着席したのに対し、ミルティナはジャック、ティルはヨルハ、アゲハはルフラの席の背後に立っている。

 


「さて、お前達はこれからどうするつもりだ?」

「それよりも先にお前の目的を教えろ。なぜ俺達の力を試した?」


 ジャックからの問いに、ギラザールは指を組んで少し瞑目したのち、ゆっくりと語り始めた。

 その内容は妹弟も聞かされてなかったらしく、セリナとルクシャーナ、ザドウェルの眉がピクリと吊り上がった。ちなみに、カナタはまだ意識を取り戻しておらず、マアナは合わせる顔がないと思っているのかこの場にはいない。


「俺は、まもなく二度目の魔神大戦が起こると思っている。これはマアナもまだ見ぬ未来だが、俺には確信がある」

「……魔族どもの活動が活発化したことか」

「それだけではない。密偵によれば、魔大陸との間にある海域に異変が起こったとの報せがあった。まず間違いなく予兆だろう」



 魔大陸は教国アスガルドの北、常に大渦がいくつも存在しているため海上からは近付くことが出来ない大陸で、魔族どもはそこにいると考えられている。



「戦争が起こった時、より多くの強い味方が欲しいと、そう考えているんだな?」

「ああ。お前達は合格だ。その時になったら俺達と共に戦ってもらいたい」


 ジャックは背後と左右に視線を移して誰も反対していないことを確認してから答えた。


「いいだろう。ただ、このことは他の国にも報せる必要がある。魔神との戦争ともなれば、人類が結束しなければ勝てないはずだ」

「……聞く耳を持つと思うか?」

「少なくとも三国は手を貸すと思うぞ?」

「だが、それでも足りないだろう。もっと多くの人員が必要になる。俺達がいなくても一つの戦場を維持できるだけの、個のレベルでいえばザドウェルほどの者が最低三人、そうでないなら十万人ほどが必要だ」

「どちらも難しいな。魔族を一人で抑えられる者などそうそういない。かといって、兵士十万人を集めるのも現実的とは言いづらい」

「しかし、俺達ほどの実力者がいないのならば数を集める以外にあるまい?」


 ギラザールの言い分はもっともだ。

 この場に集った面々と並ぶ実力を持つ者が、果たしてこの大陸にあと何人いることか。かと言って、それぞれの国に思惑があり、容易に兵士を集められないというジャックの言い分も正しい。

 それが分かっているからこそ、ジャックは眉間に皺を寄せていた。


「アゲハ、お前達の国は最大でどれくらいの人員を派遣できる?」

「そうですね………安易なことは言えませんが、簡単な見積もりだとせいぜい二万が限度かと」

「二万か。あと八万……いや、戦争になるんだ。数は多ければ多い方がいい」

「ねえ、ジャック。まさかとは思うけど、神皇国と聖国を巻き込もうとしてる?」

「当然だ。あの二国には貸しがあるからな。こういう時にこそ返してもらわなくていつ返してもらう?」


 このジャックの言い様に、ティルとアゲハの二人は呆れた顔をしていた。


「君って人情とかそういう優しさって無いの?」

「強大な敵が迫っているのだ、嫌がるなら無理矢理にでも手伝わせるだけだ」

「…………はぁ。そうなると、僕も意固地になってばかりもいられないか」

「ん?」

「よし、決めた。一度里に戻って父を説得してみるよ。忍にも協力できることはあるはずだから」

「そうか。なら、一時的に別行動だな」

「さて、先程は答えてくれなかったが、お前達はどうするつもりだ?」


 ここでギラザールは最初の質問に立ち返る。

 この問いにジャックはあっけらかんと答えた。


「魔導院に行く。確かめたいことが山ほどあるからな」

「――ひとつ聞きたいのですが、魔導院へは我々も同行してよろしいのですか?あそこは魔法使い、および魔法師以外は決して受け入れない場所だと伺っています」

「俺がいる。それだけで十分に資格がある」


 アゲハの質問に、ジャックは特に誇ることもなく当たり前のように宣った。

 ジャック以外はそれを冗談と受け取ったらしく、乾いた笑みを浮かべていた。


「信じられないか。だが、それだけの影響力を俺は持っているし、が勝手に通すはずだ。何も心配はいらない」

「……わかりました。では、次の目的地はそちらに」

「魔王。俺達も少し遅れて合流するが構わないか?」

「構わんが、いいのか?この国が機能しなくなるんじゃないか?」

「問題ない。俺達がいなくても機能するようにしてあるからな」

「そうか。では、俺達は先に行かせてもらう」

「また後でな」


 ジャックが席を立つと、それに続くようにヨルハとルフラも立ち上がり、ギラザールたちを残して部屋を出て行った。


 ミルティナは会議中一切ギラザールたちを見ることなく、ずっと瞑目していた。

 ティルとアゲハは気付いていた。ミルティナが柄に手を掛けようとしている右手を左手で必死に抑えていたのを。






 王宮から離れ、自分たちの馬車を係留している場所まで来たとき、ジャックは後ろを振り返りもせず口を開いた。


「色々と言いたげだな。言葉にせずとも態度で分かるぞ」

「なぜ彼らと手を組むのですか?到底信用できるような相手ではありません。ギラザールはともかく、ルクシャーナとザドウェルは私情に流されるはず。正直に言って、彼らと共に戦うなど想像できません」


 ミルティナの言い分は分かる。

 たとえ戦場では律儀に戦ってくれても、戦場以外での衝突の可能性は低くないと俺も思っている。

 だがそれでも、俺達は結束しなければまともに戦うこともできないだろう。

 戦争では個人の力による状況の打開にも限度があるのだから。


「私からも進言を。彼らは皆様に刺客を向け、刃を交えた相手です。寝首を掻くなどという卑劣なことはしないかと思いますが、何かしらの行動を起こす可能性は低くないかと」

「僕はザドウェルと決着を付けれてないからね。ミルティナはセリナ、御姉様はルクシャーナとかな?」

「戦場で会えば誤って首を斬り落とそうとする自信があります」

「私はまあ……一応、姉だから殺そうなんて思わないけど」

「時間はあるんだ、気持ちの整理をしておいてくれよ」


 せめて、同じ戦場に立った時には自制してもらいたいところだ。

 心の中では何を思おうとも。


「そういえば兄様、魔導院はどこにあるのですか?」

「東の魔境のそばにある」

「東の魔境?それって、ダーリンが住んでたお城の近く?」

「同じ地域だが、距離はかけ離れてる」

「聞いたことがあります。東の魔境、南の秘境。人を寄せ付けない領域であるがゆえに、どちらも人が住むには適さない地であると」

「そうだ。だからこそ、魔導院は魔境に創られ、忍は秘境に里を作った」

「へぇ~、知らなかった。居場所がなかったから仕方なくあそこに作ったんだと思ってたよ」


 ……自分の祖先に対して随分な物言いだな、おい。

 まあ、その意見はあながち間違いでもないと、俺も思ってはいるけれど。


「それで兄様、確かめたいこととは?」

「俺のこと、ミルティナのこと、それから今世界で起きてること。は全てを知っているはずだから聞きに行く」

「そうと決まれば、ラルカさんと、わ・た・し・た・ちの、愛しい愛しい愛娘のフレイを迎えに行きましょうか!」

「……マナムスメ?」


 不意にミルティナが身体を押し付けながら、わざとらしく視線をヨルハに向け、聞かせるように大きな声で話し始める。

 それを見ていたヨルハの目から、いつかの時のように光が消えて………しかもその状態で首を右に傾けられると不気味さと得体の知れない恐怖心を掻き立てられるんだがな!!


「そんな目でこっちを見るな。勝手に決まったからどうしようもなかったのだ。だから、文句をぶつけるなら女神にでもぶつけとけ」

「私と兄様の愛を一身に受ける愛娘ですからね。ふふっ……可愛いですよ?」

「ギリギリギリギリギリ」


 歯軋りしながら睨み付けることがあろうとは。ちょっと力が入りすぎてギシギシと音をたて始めてる。


「心底悔しそうなお顔で歯軋りをされているので本気なのでしょうね」

「御姉様をここぞとばかりに煽らないでよ、ミルティナ」

「敵に操られて我々に刃を向けたのです。この程度はまだまだ優しいくらいです」

「勇者の御二人は犬猿の仲なのですね」

「まあ、一人の男を取り合う仲だからね。ミルティナの場合は兄だからどうかと思うけど」


 ティルとアゲハよ、俺たちに聞こえない声で喋ってくれないか?

 それとも、わざと聞こえる距離と声量で話しているのか?


「はぁ……さっさと神皇国に戻るぞ。伝えることもあるし、魔導院へ行かねばならんのだからな」

「分かっております」

「分かってるよ。そういうことは、後ろでいまだにいがみ合ってる二人に言った方がいいと思うよ」



 状況的に優位に立って容赦なく煽るミルティナと、悔しくて噛みつきたいが自分の不甲斐なさを自覚していることとジャックがいるということでなんとか自制しているヨルハ。

 もはや呆れるしかないジャックと、興味深そうに二人を眺めるアゲハ。諦めてジャックに付いて行くティル。相も変わらず賑やかなパーティであった。




※ 天使の排除からここに至るまでラルフ王子は話しておりませんが、います。ジャックの背後に続くアゲハの後ろを付いて来ていますので、御忘れなきように。

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