第12話 天使

 舞い降りた天使はザドウェルに狙いを定めると、地を穿った斧槍を手元に引き寄せて斬りかかった。

 ザドウェルはそれを正面から受け止めようとして吹き飛ばされ、抵抗する間もなく背後の大木に激突。

 

「ザドウェル! ……私達を狩りに来たということね」

「邪魔者は排除するだけよ」


 ルクシャーナはザドウェルのことなど気にも留めず、地面から氷柱を生み出して天使に攻撃を仕掛ける。

 天使は四方から襲い来る氷柱に為すすべもなく、無防備の状態で攻撃を受けたが――鎧には一切の傷が付いていない。


「駄目だ、止まらない。原理は分からないけど、あの鎧の恩恵で底知れない力を得てるみたいだ」

「……私の目でも、斬れないと判断されています」

「なんでかしらね。戦意は喪失してないけど、戦う意味が見出せないなんてこと、初めての経験だわ」

「そうですね……始まる前から戦う気が失せている私がいます」


 その光景を、ティル、ミルティナ、ヨルハ、アゲハの四人は黙って見ている事しかできなかった。

 ふと、音がしたためティルがそちらを見ると、先程吹き飛ばされたザドウェルが不機嫌そうにしながら立ち上がっていた。


「チッ! さっさと倒すぞ!!」

「分かってるわよ! 『白縫の霧』」

「生きて捕らえる必要はないわ。『棘痩太樹』」

「抹殺だ。『白雷刃』」


 天使の周囲に突如現れた霧によって鎧の表面には水滴が付き、付いた場所から凍結し始めた。加えて、棘がびっしりと生えた細い蔦が地中から現れて足にまとわりつく。

 トドメにザドウェルが、バチバチと音を出しながら発光している剣で天使に斬りかかったその時、鎧の氷は溶け、蔦はボロボロになって消え、拘束が解けた天使はザドウェルの一撃を悠々と受け止めてみせた。

 三人の顔は一瞬驚きに染まったが、すぐに険しい表情へと変わる。


「彼らはやる気みたいだけど、僕らはどうする?」

「こちらに刃を向けて来ない限りは、ここで静かに待機していましょう」

「…………」

「私的な意見としては、彼らを置いてジャック様と合流し、さっさとこの場から去るべきかと」

「その兄様がどこにいるかが問題です。ティル、案内できますか?」

「できるけど……」

「けど、なんですか?」

「二人がどこにいるのか見当が付かない」

「……ヨルハさんは分かりますか?」


 さっきから黙って目を瞑っていたヨルハに、ミルティナは遠慮せず尋ねる。

 知っている、という確信があるのだろう。


「一つ心当たりはあるけど、行かない方がいいと思うわよ」

「邪魔になるからですか?」

「それもあるけど、予感というか、確信があるの。二人ともここに現れるって」

「――ルクシャーナ!!」

「足手まといは下がってろ!」


 大きな声にティルが振り返ると、今度はルクシャーナが氷柱に叩きつけられていた。その光景を生み出した張本人である天使は、ザドウェルを子供のようにあしらっている。


「あの三人が苦戦……どころか劣勢を強いられてる!?」

「予想以上に強敵ね。このまま待機か、手助けするか」

「……どうやら、ヨルハさんの予感は的中したみたいですね」


「『疾風鎗』では少し威力が足りんか」

「あいつでなければ即死だったろう」


 ザドウェルを弾き飛ばし、セリナに襲い掛かろうとした天使は突如飛来した不可視の槍によって吹き飛ばされ、木と木の間をすり抜けて森の中へと消えて行った。

 投擲した本人は微妙な成果にやや不満気だが、隣にいるジャックの冷静な指摘におどけて見せた。


「兄様!」

「全員気を抜くな!」

『魔王…?魔王ハ排除!!』


 ジャックの存在に気付いたらしく、天使は遠く離れた場所から飛び上がり、ジャック目掛けて襲い掛かる。


「やはり、そういうことなんだな。ならば逃がす理由はない。『天網戒界』」

「私を忘れてもらっては困るわね。『枯吸捕樹コキュートス』」

「よくもコケにしてくれたわね! 『不凍蔓』」

「生かして帰すつもりはない。 『痺雷針』」

「手伝うぞ、魔王。『十字渦穿槍』」


 黙ってそれを受けるわけもなく、ジャックは眼前に見えない蜘蛛の巣のような光の網を展開して天使を搦めとった。

 その隙を見逃すことなく、天使の鎧に太い蔦と氷の蔓が巻き付いてさらに拘束を強め、電気の針が関節を貫いて麻痺を起こさせる。

 そして最後に、風の槍が胴体に大きな穴を穿った。


『コノ程度……』

「これで足りるだろう?『黒死矛葬』」

『ッ!』

「無駄に頑丈だな。だが、それは鎧を身に纏う者にこそ最大の真価を発揮する」

『ガッ――…………』


 胴体を穿たれてもなお動こうとした天使に、ジャックの最強の魔槍が刺さる。

 胴体を三度穿たれてようやく、天使は沈黙した。


「……倒したの、ジャック?」

「流石ですね、ジャック様」

「いや、まだだ。まだ死んでいない」

「魔王、どういうことだ?」

「沈黙してはいるが、魔力が尽きていない。こいつはおそらく、魔力によって動く魔動兵というものだ。人間が鎧を纏っているわけではない」

「ならばこいつは――復活か」


 ジャックの説明通り、天使は鎧に空いた大きな穴を修復しながら立ち上がった。

 しかしダメージはあるらしく、襲い掛かる気配は今のところない。


「供給される魔力が尽きるか、鎧を完全に破壊しないかぎり永久に蘇る」

「ならば問題ない。聞こえていたな、セリナ」

「ええ。砕いてしまえば修復できないってことでしょ?任せて。〈芽吹け〉」

「ミルティナ、兜だけでいい、斬り裂け。ヨルハはミルティナの支援を」

「「了解!!」」

「ジャック、僕らはどうすれば?」

「……待機だ。万が一の時に個々の判断で動け。補助は得意分野だろう?」

「任せて」「お任せを」

「はぁ……癪だけど、今はアレの排除が優先よね。『凍眩暁』」

「さっさと消す。『電磁雷切』」

「話はあいつを倒してからだ。『螺旋鎗』」


 セリナの大樹の根による拘束、ラクシャーナの容赦なくぶつけられる吹雪による凍結、ザドウェルは極限まで高められた神速の居合切りによって斧槍を握ろうとした右腕を斬り飛ばした。

 そして、空いた胴に三本の風の大槍が突き刺さる。

 ミルティナは無防備な状態の天使の兜を正確に真っ二つに斬り裂き、ヨルハはついでとばかりに翼を削ぐ。


『神ノ威光ハ偉大ナリ!!』

「鎧から放出された光によって大樹の幹と氷の蔓は消滅。損傷した兜、胴、右手は即時修復か。やはり、奴を動かす核を破壊しない限り停止しないか」


 しかし、どういう原理なのか瞬く間に損傷を修復してみせる天使。


「見つけられたか?俺達を使ったのだ、見つけてもらわなくては困るぞ」

「正直に言えば、見つかっていない」

「へぇ……私達を踏み台にしておきながら、何も出来なかったの?」

「『悪魔』は随分と手厳しいな。だが、その通りだから言い訳のしようがない」

「でも、分かったことがあるのでしょう?」


 自然と全員がジャックの周りに集まる。

 今の状況では、ジャックの分析が最も頼りになると全員が理解しているからだ。

 

「ああ、おかげで可能性が潰せた。残る可能性は、胴体のどこかに魔力を受け取る小さな魔法陣の刻印があるはずだ。もしくは、斧槍か翼だな。他は一度お前達が壊してくれたことで選択肢から排除された」

「なるほどな。次はそこを重点的に狙えばいい。さて、誰がどこを狙う?」

『GAaaaaaaaahhhhhhH!!!!!』

「どうやら、相談してる暇はなさそうだぞ」


 鎧を完全修復しきった天使が突如奇声を上げる。

 その姿を見たギラザールは、直感的に不穏なモノを感じてすぐに指示を出す。


「ザドウェルは翼を壊せ。ルクシャーナは右腕を抑えろ。セリナは逃げられないように足を搦めとれ」

「ミルティナ、斧槍を斬れ。ヨルハは左腕を斬り落としてしまえ」


 二人の指示通りに動いた五人は的確に目標を達成し、天使はまたも地に落ちた。

 そこで待ち構えていたのはジャックとギラザール。


「俺が道を作ろう、『風穴穿』」

「わざわざ済まないな、『魔焼炎』」

『魔、王………』

「これでひとまず戦闘終了か」


 がら空きとなった胴体に背中まで貫通するほどの穴が空いた直後、今度は鎧の中を炎が埋め尽くし、天使の動きが止まった今も燃え続けていた。


「そうだな、危機は去った。さて、どうする?」

「俺達は目的であるヨルハを取り戻せた。これ以上戦う理由はない」

「こちらも、お前達の力量を知れた。もはや戦う理由はない」


 ギラザールの言葉にセリナ、ルクシャーナ、ザドウェルは剣を収める。

 ジャックの言葉にミルティナとヨルハは武器を収める。ティル、アゲハ、ルフラはジャックの背後に移動。


「「終わりだな」」

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