第8話 ミルティナ vs. ヨルハ
剣戟の音が鳴り響く。
その音は高く、そして力強い。
二人の地面を滑って小石が擦れる音が聞こえる。
「この程度じゃないでしょ?」
「ご冗談を。まだ小手調べです」
再び構えなおし――斬り結ぶ。
目にも留まらぬ速さでの戦闘ゆえに、大気の震えと甲高い剣同士のぶつかり合う音、度々舞う土埃だけが闘いを示している。
段々と音は重く、鈍いものに変わり始めていた。
二人の間に舞った木の葉は、風によって微塵に変わる。
大気の震えは次第に広がりを見せ、周囲に立つ木々が大きく揺れ始める。
「貴女の方こそ、随分と軽い攻撃ですね?」
「まだ温まってないの。もう少し付き合ってくれる?」
「温まる前に終わらせてあげましょうか?」
ミルティナの周囲に風が舞い始めた。
対して、ヨルハの鎧が鈍く輝き始める。
「『風纏い』」
「ここからは前の続きよ!」
風を纏い、低い姿勢で弾丸のように突っ込むミルティナ。
それをヨルハは上段からの振り下ろしで迎え撃つ。
速さか、力か。
結果は、速さの勝ち。
大地を穿つほどの威力を秘めていた剣を紙一重で避けたミルティナは、すり抜けざまにヨルハの鎧に三つの傷痕をつけた。
「堅いですね。本気ではないとはいえ、傷痕を残す程度か……」
「やっぱり速さでは敵わないわね」
「なら、もっと速さを追求するとしましょう」
言うが早いか、ミルティナの姿が掻き消える。
一瞬の後、鈍い金属音が数度生まれ、ヨルハの体がかすかに揺れていた。
「……恐ろしいわね。正確に防具のつなぎ目を突いてくるなんて。おかげでボロボロじゃない」
「脱いだらどうです?その重そうな鎧」
「脱げたらいいんだけど、残念ながら脱げないのよ」
「そうですか……。では、遠慮なくいかせてもらいます!」
ミルティナの攻撃はさらに激しさを増す。
首、肩、肘、膝。それに顔面までも容赦なく神速の刺突が襲う。
音は金属音とヨルハの呻き声のみ。
少しずつではあるが、ヨルハの防具が徐々に削られていっている。
鎧が意味をなさなくなるのも時間の問題だ。
「本当に、容赦ないわね。――御姉様、拘束を解除してくださいませんか?」
『仕方ないわね。解除してあげるわ』
セレナの声が聞こえてくると同時に、重い物が落ちる音がした。
ヨルハは、それまで全身に着けていた漆黒の鎧を外し、剣の素振りをして状態を確認する。
「よしっ! じゃあ、ここからはお互いに本気でやろっか。義妹ちゃん?」
「……完膚なきまでに叩きのめして、どちらが上か刻み込んであげます!」
一瞬で間合いを詰める二人。
下段からの逆袈裟を仕掛けるヨルハと、構わず突っ込むミルティナ。
剣と剣がぶつかり合う間際、ミルティナの剣の刀身をなぞるようにしてヨルハの剣が滑り、隙だらけとなった胴体をミルティナは見逃さなかった。
ここで、驚くべきことが起きた。
斬撃をいなされてしまったヨルハは、勢いそのままに回転することで上段からの二撃目を放ってみせた。
それに気付いたミルティナはやむを得ず、再度攻撃を受け流してその場から離脱。
ヨルハの振り下ろした斬撃の余波で周囲の木々が揺れ、葉っぱがガサガサと大きな音をたてた。
「馬鹿力で無理矢理二撃目を放つとは……」
「そっちこそ、風を纏った剣で力を逃がしつつ私の斬撃を受け流したじゃない。どんな芸当よ」
どちらも非常識であることには違いない。
攻撃を受け流されて体勢を崩されても、無理矢理体勢を立て直して即座に二撃目を放つ出鱈目な動きは、ヨルハ以外にできないだろう。
馬鹿力による逆袈裟の一撃を受け流す風の魔法。
想定外の事態でも冷静に対処する精神力。
ミルティナのような理想的な剣士もまた、なかなかいないだろう。
「柔よく剛を制す、とは言いますが、力で押し切れてしまう馬鹿もいたものですね」
「力でねじ伏せられない相手は苦手ね。攻撃がなかなか当たらないもの」
※※※
兄様の言葉通りであれば、あの人の体のどこかに呪いのようなものがあるはず。
それを絶ち斬れば………
「考え事をしてる暇はないわよっ!!」
「っ!」
相手は問答無用で殺しに来てる。……兄様に感謝してくださいよ!
――魔眼開放。必ず捉えてみせます。
「へぇ……それが例の魔眼ね」
「…………」
足になし。
「一撃で殺せる場所を探してるの?無駄よ。私の身体は普通じゃないから」
「どれだけ頑丈だろうと、私の前には無意味です」
……見つけた。あれを狙わなくてはいけないのですね。
「次の一撃で終わらせてみせます」
「やれるものなら――ねっ!!」
踏み込んできたのならば好都合。
兄様の妹である私が、この程度の相手に手間取るわけにはいかないんです!!
「狙いがバレバレよ!!」
「――(くすっ)」
「っ!?」
分かっています。
貴女ならば視線の意味を理解し、それでも力で押し切ろうとすることも。
だからこそ、この攻撃は効果的なのですから。
「剣を捨てるなんてっ!」
「――一流の戦士は武器を選びませんから」
「…………」
回避することを許さない、ヨルハの炎を纏った上段からの振り下ろし。
ミルティナはそれを、持っていた剣に渦を巻くほどの風を纏わせて自身から逸らし、その隙に手刀でヨルハを正確に狙ってみせた。
回避できなかったヨルハはその攻撃を喰らってネックレスが砕け散り、ヨルハは膝立ちのまま動かなくなった。
その一部始終を見ていたセリナは驚愕の表情を見せたが、すぐに取り繕ってミルティナを見下ろせる位置にある木の上に現れた。
「まさか、ネックレスごと首の呪印を解除するとは思わなかったわ」
「偉大な兄様の妹ですから。これくらいは当然です」
「そのお兄様は今、苦戦をしてるわよ?そちらの御手伝いに行った方がいいんじゃないかしら?」
「必要ありません。それは兄様を侮辱する行為ですから。それに――」
「それに?」
「貴女をこの場で倒せば兄様に褒められますから!」
「っ!!」
剣を拾ったミルティナは、斬撃を飛ばして木を切り倒した。
危険を察知していたセリナは、すぐに飛び降りて木偶人形たちを出現させる。
「まったく……。躾のなってない困った娘の世話は私の仕事じゃないのよ?」
「でしょうね。貴女にはお人形遊びが御似合いです」
「なら、口を糸で結んでお人形さんにしてあげるわ――どういうつもり?」
「とりあえず、これまで好き勝手やってくれたお礼をしなくちゃってね!!」
先程まで膝を突いて動かなかったヨルハが、突如動き出して木偶人形たちをまとめて斬り倒した。
「やはり、アレらによって操られていたようですね。情けない話です」
「ぐっ……他人に言われると結構グサッと来るものね」
「反省してください。我々がどれだけ苦労したことか」
「それはまた後で。今はあっちでしょ?」
「そうでしたね」
勇者が並ぶ姿は壮観である。
蒼き炎を纏うミルティナと、紅き炎を纏うヨルハ。
その姿は神々しくも荒々しくあった。
「礼儀を知らない小娘たちに叩き込んであげるわ!!」
第二回戦が早くも幕を開ける。
ミルティナとヨルハ vs. セリナ
マアナの予言の刻限まで間もなく。
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