第9話 綻び

「全力か………シン、少しの間防御をお前に預ける」

『任された!』


 集中しろ。

 奥へ奥へ………


「何かするつもりか?……だが、させるわけがなかろう!!」


 シンが命を賭して守ってくれている。何も心配はいらない。



 ………聞こえているな?

 これから少しの間お前の枷を緩めるが、暴れるなよ?

 ……………了承か。不安は尽きないが、そうも言ってられないな。


『ねえ、力は欲しくない?』


 お前と歓談するためじゃない。目の前の強敵を倒すためにここに来ただけだ。


『貴方の力だけで勝てると思ってる?』


 思っている。出来なければそこまでだったというわけだ。

 さて、俺は行く。もう話し掛けてくるなよ。


『……貴方は私の力を必ず求めるわ』


 予言のつもりか?

 そんな時は未来永劫来ない。



「シン、準備は出来た。反撃するぞ」

『ようやくか!』

「お前もようやく本気か。これでようやく対等だ!!」


 消えた……左から魔力。障壁を重ねれば問題ない。


「ぬぅ…!! 守りが堅くなった」

「『穿突六破』『斬滅六双』『破砕六斧』」


 どれだけ速かろうが全方位から攻撃を仕掛ければいい。

 槍、剣、斧の包囲網ならどうだ。


「これは…!!」

「まだだ。『火蝶風化連かちょうふうげつ』」

「なっ………」


 触れれば爆破する火の蝶どもだ。無事では済むまい。

 隙間を埋めてしまえば逃げ出せんだろう!!




「はぁ……はぁ………」

「休んでいる暇はないぞ。『棘牙地葬』」

「ぐっ…!!」

「足が止まったな。『群氷狼』」

「『払』!……足が!?」


 先程の戦闘で魔法そのものを断つことは出来ないと実証済みだ。


「終わりだな。『雷槍三叉』」

「こんなところで、終われるものかっ!!」


 直撃したはずだが………羽?いや、翼か。

 ……まさか。

 

「それ以上は悪魔に飲み込まれるぞ」

「知ったことか。貴様に勝つことが出来るなら、この命くらいくれてやる!!」


 額の角が二本に増え、背中からは二対の翼。

 さらに腕が四本生えて合計六本……完全に人間をやめたか。


「……約束は守れそうにないな」

『殺す気で行かねば我々が殺さるぞ』

「分かっている。手を休ませるな。攻撃の隙を与えればこちらが一方的に狩られることになるぞ」

『任せよ!』

「ウオオォォォォ!!!!!」


 とうとう手に負えなくなってきたな。

 無造作に振られる刀から放たれた斬撃はこちらの障壁を容易に斬り裂き、回避に専念すれば翼の羽を飛ばしてこちらを壁際へと追い込もうとする。


「っ! 『濡れ鴉の羽』!」


 危なかった! まともに受けていたら斬撃で肉片になっていたぞ!

 斬撃をいなす衣を生成できる魔法があってよかった。


「シン、お前の枷を一時的に解く!」

『やっとか!』


 シンの首輪が外れたその時、カナタがシンの足を斬ろうとしたが斬れなかった。


「っ!」

『本気の我の毛はその程度は刈れんぞ?』


 本気のシンの毛はこの世のあらゆる物体の硬度を上回る。

 爪や牙は砕けぬものなし。まさに怪物だ。


「『散舞鳳凰羽』」

「ガァッ!!」

「痛いだろう?お前でもこの無数の舞う羽の隙間を縫って駆けることは出来まい。避けてみせるんだな、『火蝶風化連』」

「アアアァァァ!!!!!!!!!」

「風を起こして無理矢理退けるか」

『しかし、隙ありだ』


 俺の魔法を退けることを優先したのは悪手だったな。

 その隙をシンは逃さない。


「捉、エタ…ゾ!!」

「だが、お前の足も止まったな。『無間掩鎖』」

「グッ!!?」

「もう油断はしない。『茨縄縛鎖』『封魔方陣』」


 加減はなしだ。

 一切身動きが取れなくなるくらいに雁字搦めにしてやる!!

 駄目押しに魔力を遮断する結界で閉じ込める。 


『徹底的に拘束して結界内に押し込めるとは……』

「これぐらいせねばならんだろう。相手は悪魔に肉体を乗っ取られかけてるんだ、手加減している余裕はない。下手すればこんな結界など――」

『三回戦目かな?』

「冗談だろ…?」


 三重の封印をいとも簡単に破壊しやがった。

 しかも、さっきより元気じゃないか?

 翼がさらに二枚増えてやがる………腕もさらに四本ぐらい増えてないか?


 こっちはもう魔力をかなり消耗して辛いのだが。

 それに、攻撃の余波で戦場もボロボロだ。


『九割方乗っ取られておるな』

「馬鹿が。……救う手立てはあるか?」

『どうであろうな?我は戦い専門ゆえとんと浮かばぬ』

「はぁ………同じ手は通用しないだろうし、かと言ってこちらの魔力も無尽蔵ではない。面倒だ」


 あの姿だ、見掛け倒しではあるまい。

 さらに早くなられたら、本当にこちらから手出しが出来なくなるぞ?

 それに、他の場所に移動する懸念も生まれた。

 早急に対処しなければ状況はより悪い方に傾くだろう。

 どうするか………



『――ねえ、私の力を使ってみない?』


 うるさい。今考え事をしてるから黙っててくれ。


『私なら、彼を鎮められるわよ?』


 嘘を吐け。魂だけの存在に何が出来る?

 それに、悪魔に憑りつかれた人間が元に戻ったなどと聞いたことがないぞ。


『それを貴方が言うの?これからそれに挑戦しようとしているのに?』


 俺は可能性があるのならば手を伸ばす主義でな。

 不可能と言われていることを可能にした時の達成感と優越感が好きなんだ。


『ふーん………じゃあ、今回は私に左手を貸してくれない?それで私が優秀だって理解したら、もう少し優しく接して』


 ……いいだろう。

 ただし、おかしなことをすれば即座に再封印するからな?


『契約成立ね。私の優秀さを教えてあげるわ』


 


 今は頼るほかないか。


『主よ、どうする!?』

「少し時間をくれ。契約が成立した」

『契約?』

『今回は左腕だけなんだけどね?』

『!?』


 シンが驚きながらもカナタの相手をしてくれている。

 きっとこちらを見たら顎が外れる事だろう。

 なんせ、俺の左腕に寄り添うようにして女が現界しているのだから。


「それで、どうするつもりだ?」

『彼に接近してちょうだい』

「俺に死ねと?」

『だったら、体全部私に譲りなさい』

「嫌だ。シン、翼は俺がどうにかする。腕を少しの間邪魔できるか?」

『……やる以外あるまい! グオオォォォ!!!!!』


 シンの遠吠えが木霊すると、影から夥しい量の狼が現れてカナタに群がった。

 一匹一匹は虫けらのように払いのけられているが、量が量なだけにカナタもその場を動けずにいた。完璧だ!


「『陰渡り』………これで十分だろう!」

『ええ、十分よ。――眠れ、ガリオーン』


 狼の群れの間をすり抜けてなんとかカナタの背後に接近できた。

 触れたのは一瞬。だが、それで十分だった。


 女がカナタの身体に触れた瞬間、不思議な光が見えた。

 光が消えると、カナタの身体は元の人間の姿に戻っていた。


 ガリオーン……おそらくあの悪魔の名前なのだろうな。

 しかし、触れただけで悪魔を鎮めたというのか?この女、一体何者なんだ…?

 

『さて、契約通りこれからはもう少し自由を頂戴ね!』

「嫌だ」

『なんでよ!?』

「得体の知れないヤツに気を許すつもりはない」

『待って! 再封印しないで!!』

「……再封印は待ってやる。だが、邪魔だけはするなよ?」

『わかってるわよ。ケチな男ね!』

「…………」

『こめかみ痛い! 痛いから!!』

「勘違いしているようだが、俺はお前に触れられるからな?以後、気をつけろ」

『あい………』


 油断はできないが、今のところは邪魔にならないから放置だな。

 ティル……の方は援軍が来ているようだな。

 ミルティナとヨルハは問題ないだろう。

 ならば―――





「ようやくか。お前の力、存分に見せてくれよ、魔王」

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