第6話 剣と魔

「やはり殺し合いはいいなっ!!」

「くそっ……この戦闘狂め!」


 カナタが刀の間合いに収めれば、ジャックは魔法を使って即座に離脱する。

 着地直後を追撃するためさらに加速して踏み込めば、中級魔法によって牽制されて距離を取られる。

 先程からこの繰り返しである。カナタが攻めてジャックが守る。

 だが、どちらも強力な技は使わない。

 使えばカウンターで痛い反撃を受けると二人は十分に理解しているからだ。



「……踏み込ませんか」

「踏み込んで来ないか」

「誘いの隙に喜んで飛び込むほど狂ってはおらんさ」

「殺すことにだけ執着する馬鹿だったらどれだけ楽だったか」

「そんな阿呆は長生きせんぞ」

「それはそうだ。『炎蝶』」


 会話の合間にジャックが何気なく指を振るった瞬間、カナタの眼前に突如炎の蝶が出現。

 一瞬呆気に取られたが、カナタは直感的に地べたを転がって回避した。


「魔法は恐ろしいものだな。それほど小さい炎でも、触れれば人ひとりを簡単に爆殺することができる」

「よく言うよ。当たらなければ意味がない。当たったところで剣で斬られているからケガをしない。これほど魔法を使う者にとって厄介な者はいない」

「それはこちらのセリフだ。踏み込もうとすれば機先を制して防げない魔法を放つ。回避しても二の矢、三の矢で行く先を抑えられる。これほど剣士泣かせの相手はおるまい」


 お互いに暗い笑みを浮かべていた。

 表面上は相手を讃えているが、その内側では互いの事を苦々しく思っているに違いない。


「『寒旱顎餓狗かんかんがくがく』『腐羽羅遺童ふわらいどう』」

「くははっ! 犬畜生の頭に、薄汚い羽が生えた餓鬼とは!!『斬』!『突』!!」


 地面から現れた大きな犬の顔を一文字で斬り裂き、即座に、飛んできていた羽の生えた子鬼も神速の二突き――頭、胴を正確に貫いた。


「……ならば、『雷鷹三叉』」

「っぐ………斬れば感電。避けても追尾。考えたな。『破』っ!!」

「少し動きが鈍る程度か。面倒だな」

「いくつもの手を用意できるのも魔法の利点だな」

「だが、決定打には程遠い。決して大きな隙にならないようにしているな。余裕があれば避け、無くても最小限の痛みで済ませて隙を与えない。ここまで徹底して攻めの姿勢を見せる相手は初めてだ」

「それを言えば、やろうと思えば近付かせずにこちらを翻弄することができるにもかかわらず、負傷するギリギリの距離で躱し続ける。これは並大抵の精神力ではない。貴殿のような男は今まで会ったことがない」


 互いに会話をしながらも、決して攻撃の手を緩めず、また間合いを詰める足も止めない。


「我々は似ているのやもしれぬな」

「俺はお前みたいな戦闘狂ではない……が、この闘いを楽しんではいる」

「ふっふ……」

「はっは……」

『主よ。そろそろいいか?』

「来たか。ここからが本当の殺し合い。あの時の再開だ!!」


 刀を構えなおしたカナタの目には覇気が宿っていた。

 ここからが本番だと言わんばかりに、先程まで浮かべていた笑みは消え、鋭い眼つき、一切の感情がない表情に変わっていた。

 その姿を見たジャックは、無意識に聖剣を握り直していた。


「ここからが本番だ。シン、始めから全力で行け」

『任せろっ!!』

「さあ、来い!!」




 両者同時に動き出したのだが、予想外にも一方的な展開となった。


 氷、雷、炎、さらには毒や酸が、魔法によって鳥、犬、蛇、猪、剣、槍、斧、矢の形を成して襲い掛かる。それはまさに弾幕と呼ぶにふさわしいほどに、強力かつ圧倒的な物量でカナタを壁際まで追い込む。


 対するカナタは、気力を使った歩法で猛攻を凌ぎながら反撃の機会を探すが、ほんの一瞬の隙を突こうとするたびに影に潜むシンからの攻撃でその機会を悉く潰されていた。中距離からの先制飽和攻撃によって近付けないのだ。



「ここまで一方的に追い込まれるとは…!!」

「負けられないからな。それにお前が相手では手加減など失礼だ」

「嬉しいが……くっ! こんな状況では素直に喜べん!!」

『…………』


 シンは面白くないのか、影の中から尻尾を出すだけで姿を現さない。


 完璧に避けきることが出来なくなってきたカナタは、少しずつではあるが攻撃の余波をその身に受け始めていた。

 圧倒的な状況の不利を悟ったカナタは、唐突に懐から短刀を取り出して自らの右眼に縦一文字を刻んだ。


「……致し方なし。『目覚めよ』」

「っ! シン! 油断するなよっ!!」

『わかっておる!!』


 変化があったのは一部。

 カナタの右側の額から一本の真紅の角が生えていた。

 さらに、右の瞳はそれまで黒だったものが赤くなっていた。


 禍々しい空気を纏ったカナタに、シンはジャックを守るように姿を現し、ジャックは聖剣を構えた。


「ふぅ………奥の手だ。加減はできん。許せとは言わん」

「『風神結か――」

「遅い」

『主!!』


 ジャックが消えたと思った時には既に遅く、カナタはジャックの背後数メートルの位置に移動していた。

 背後を振り返った時にシンに声を掛けられて初めて、自身が負傷していることに気付いた。臓器を掠っていたが、戦闘中であると気を引き締めて痛みを我慢した。


「はぁ……問題ない。左の脇腹を斬られただけだ。傷は浅い」

「まだまだ加減が難しいな。大きな痛手にならなかったか」

「お前……その角は」

「ああ、これか。この力を使うとどうしても出てしまうのだ。醜悪であろう?人の身で人ならざるモノを受け入れた結果がこれだ」

『まさか……』

「やっとわかった。お前達の中にはがいるんだな」


 ジャックが尋ねると、カナタは少しの間瞑目。

 目を開けると、悲しげな表情を浮かべながらジャックを見据えて答えた。


「………そうだ。その答えに至ったのは貴殿が初めてだ」

「魔を身の内に宿して正気でいられるとは驚いたな」

「さて、続きをしよう。まだまだ始まったばかりなのだからな!」



 ここから形勢は逆転した。

 目にも留まらぬ速さで縦横無尽に駆けるカナタを、ジャックは捉えられずにいた。攻撃を仕掛けた時にかろうじて、魔剣に事前に付与していた自動防御の魔法で凌いではいるが、攻撃は一切できなくなった。

 仕掛ければ、その時こそ自分の命の終わりと直感的に察しているからだ。


 シンはというと、影に潜みながらカナタを牽制するので精一杯だった。

 一度尻尾での攻撃をしたが尾の先を斬り落とされたため、それ以降はジャックの身を守ることに専念している。



「……勝つにはこちらも全力で、ということか」

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