第4話 変化
「ジャック。また考え事かい?」
「……考えても仕方ないのかもしれないが、どうにも暇があると考えてしまう」
「何か引っかかる事でも?」
「俺の予測では、負傷しているとはいえ、カナタを一方的に倒せる相手がいるのだとすれば、俺達もただでは済まないはずだ。それこそ、死んでもおかしくない」
「でも、マアナは僕らが生き残るって言ってたね」
「兄様の御力で、とも」
ジャックは二人の楽観のまなざしを、しかし首を振って否定した。
眉間に皺が寄ってかなり険しい表情をしている。
「不思議なのはそこなんだ。俺の力で皆を守れるとしたら、敵の目的はあくまでもカナタ達だけということになる」
「私達からすれば、彼らが死のうが問題無いですが、目的次第では共闘も視野に入れるべきですか?」
「ジャックは何か目星が付いてるの?」
「……嫌な予感がしてならないんだ。俺の記憶が正しければ、俺とミルティナも他人事では済まされないかもしれない」
「私もですか?」
ミルティナは首を傾げていたが、ティルはハッとした表情を浮かべてジャックの方を見ていた。
「今から話すことは、俺がかすかに保持していた記憶と、一人で城に籠っていた時に読んでいた古文書の情報から導き出した結論であって、確実ではない。それを前提にして聞いてほしい」
「僕も聞いていいの?」
「このことはいずれラルカ達にも話すつもりだ。それが早いか遅いかの違いだ」
「……話の内容は、ルナリアとの戦闘で発露した私の異能についてですか?」
「そうだ。ミルティナの異能。致命傷すら瞬時に修復してしまう炎。その源は、ミルティナの中に眠る『天士』の力だ」
「「『天士』…?」」
ミルティナとティルの頭上には?が浮かんでいる。
ジャックもそうなることを理解していたらしく、特に苦笑することもなく説明を続けた。
「知らないのも無理はない。ほとんど記述の無い存在だ。俺も半信半疑だったが、ティルの報告を聞いて確信した。『再生の炎』。これが該当するのは『フィクス』と呼ばれる火の『天士』だ」
「それがミルティナの中にいるの…?」
「それ以外考えられない。そして、俺の中にも似たようなモノがいる」
「ジャックの中にも!?」
「……兄様は、彼らの中にも似たモノが宿っていると御考えなのですか?」
ミルティナの指摘にジャックは驚くことなく首肯し、話を続ける。
ティルは頭が整理出来ていないらしく、ジャックとミルティナの顔を交互に見ていた。。
「マアナは、俺の眼が確かなら、大巫女サクラと同じ血筋の人間だ。妹かもな。だから千里眼と同じ力を持っているのだろう」
「「妹!?」」
「おそらくな。血筋が一緒で見た目の年齢的に考えてだ。血のつながりはあるが、どのような関係かは俺にもわからん」
「そうなんだ……。それで、カナタ達が狙われている理由は?」
「逆説的な話になるが、ミルティナの中に眠る『天士』の力ではなく、カナタ達が有しているだろう未知の能力、あるいは存在そのものに惹きつけられている可能性が高いと思っている」
「分からなくはないけど、その仮説はちょっと無理がないかな?そうなると、そいつは『天士』か、そうじゃないかを見分ける事が出来るってことになるじゃん」
「あるいは、『天士』を忌避しているのか、触れられないのかもしれない」
「触れられない……『天士』を崇拝していてそもそも狙わないとか?」
ティルの何気ない言葉に、ジャックは顎に手をやって思案し始めた。
少しの間があった後、ジャックはゆっくりと口を開いた。
「……一つだけ心当たりがあるな」
「それは国ですか?」
「ああ。北方の国。聖国の隣国」
「んん?……それって、ジャックのいた国?それとも隣?」
「聖国の東に位置する国で、俺とミルティナの生まれ故郷だ」
「え…?」
ミルティナは初めて聞かされた事実に思考が停止していた。
その様子に気付かず、ジャックとティルは話を続ける。
「たしか、ラーマ帝国だっけ?でも、あの国って……」
「そうだ。今は宗教戦争中。聖国は『太陽教』」
「対するラーマは『聖天士教』」
「まさか……」
「可能性の一つとして、あり得るかもしれない、という話だ。実際のところ、どれだけ予言が正しいのか分からんのだ、これ以上あれこれと議論しても仕方ない」
ジャックはここで話を切り上げようと馬を急がせた。
段々と整理が出来てきたのか、ティルはふと疑問に思ったことを口にしてみた。
「ねえ、一つ気になったんだけどさ」
「なんだ?」
「『天士』と女神ってさ、関わりはないのかな?」
「どうだろうな。戦争を引き起こしているのだから、互いに受け入れがたい存在であることは確かだろう」
「例えばですが、彼女が予言した存在がどちらかの勢力に属していた場合、厄介事に巻き込まれませんかね?」
「間違いなく、これまでのことを考えると巻き込まれるよね」
「いつになったら平穏は訪れるのだろうな」
「今のままだといつまで経っても来ないと思うね」
「面倒だ」
三人揃って同じ未来が容易に想像できてしまったのか、珍しく同時に溜め息を漏らした。
「だったらさ、御姉様を救出した後はみんなでどこかに引き籠らない?」
「今のメンバーなら自給自足には困らないでしょうから、問題なさそうですね」
「それでも厄介事に追い回される姿が目に浮かぶがな」
『ああ~』
ジャックの無慈悲な指摘に、二人は落胆の溜め息を再度漏らした。
二人の顔には、面倒事はうんざり、とありありと浮かんでいた。
「結局さ、僕らは放浪する運命にあるのかな?」
「俺はあいつに襲われなかったらずっと引き籠っていられたのだがな」
「でしたら、私は兄様に御会いすることもなかったでしょう」
「僕は……まあ、個性的な面々に出会わなかっただろうね」
『お前にだけは言われたくない』
「ふ、二人して言わなくてもいいじゃんか~」
ティルの照れ隠しに、ジャックは「ふっ」と口角を上げて笑い、ミルティナはクスクスと笑っていた。
「まあ、悪くはないな。あそこに引き籠っていては出来なかった経験がたくさん出来たからな」
「子供が出来ましたね」
「おっ、ジャックが素直だ。珍しいね」
「良くないこともたくさんあったがな!」
「うぐっ……頭に氷の礫を落とさなくてもいいじゃんか~」
三人での行動に慣れてきたのか、少しずつではあるが和やかな雰囲気を醸し出し始めるのであった。
これから向かう先は死闘が確約された戦場。
それでも、三人はこれまでよりも余裕があるように感じられるのは――これ以上は野暮というものか。
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