第3話 始まりの時は近い
日が沈み、先が見通せなくなったことで野営を始めたジャックたち。
焚火を用意するミルティナ。
食材の調理を始めるティル。
馬たちに餌をやるジャック。
もはや三人は慣れたもの。それぞれ役割分担をして準備をしっかりとしている。
ミルティナは焚火の用意が終わったため、今度は川へ水汲みに行った。
「ジャック」
「気付いている。隠れてないで出てきたらどうだ、マアナだったか?」
ジャックが声を掛けると、二人から少し離れた位置にある大木の陰からおずおずと少女が出てきた。
数日前、ジャックとカナタの戦闘を中断した少女だった。
「――いつからですか?」
「探知用の結界を張っていたからな。すぐに気付いたが戦意がないため無視していた。それで、何の用だ?」
「ギラザール兄様より、他の兄様と姉様に向けて御達しがありました。皆様を目標とした『狩り』をすると。早い者勝ちとのことで――」
「つまり、お前が一番手か?」
ジャックの一言でティルが腰の短刀に手を掛けたため、マアナは大慌てで手を振りながら否定した。
ジャックは冗談のつもりだったが、その必死な姿に何かを悟った。
「ち、違います! 私はただ、皆様に御説明と御届け物のために参った次第です! 決して、戦意はありません!!」
「そうか。それで、届け物とは?」
「はい。ヨルハ姉様より、ジャック様にと御手紙を」
「ふむ、確かに受け取った。それで、説明には続きがあるのか?」
「そ、そうでした。早い者勝ちということで、兄様や姉様が次々とやって来ることでしょう。ですが、どうか殺さないで欲しいのです」
ジャックは先の段階で悟っていたため眉一つ動かさずに聞いていたが、ティルは不愉快そうに眉を顰めていた。
「……理由を聞いてもいいか?」
「あっ――お見通しなのですね。わかりました」
ジャックがおおよその事を察していることに気付いたマアナは、ジャックに顔を向けつつ、ティルに事情を説明した。
「私は未来を見ることが出来る目を持っています。代償次第ですが、最長で十年ほどです」
「その力を使った結果、お前の兄姉がいなくては回避できない確定した、悲しい未来が待っていることを知った。しかし、ギラザールが『狩り』を始めてしまったため、未来を回避するために内通者と疑われることを厭わずにここまで来たと」
「はい」
事情が飲み込めたティルに顔を向けるジャックだったが、ティルは瞑目して何も話すそぶりを見せなかった。
それを、自分に任せる、と受け取ったジャックは、マアナに顔を向けた。
「俺達とお前の兄姉とでは力の差はほとんどないだろう。戦えば、どちらかが命尽きるまで止めないはずだ」
「はい。無理を承知の上でお願いしています」
「それほどまでに回避しなくてはならない事態ということは、我々も巻き込まれるのでは?」
ごく当たり前に思い付くだろう質問をジャックはぶつけたつもりだったが、マアナが予想以上に深刻な表情で黙り込んでしまい、無意識に居住まいを正していた。
「……皆様は生き残ります。ジャック様の御力のおかげで。ですが、こちらは全員死にます。私も含めて全員です」
「俺の力?どういうことだ?」
「私にも確たることはわかりません。ですが、垣間見た未来では、ジャック様が何かしらの力を用いて皆様を守り抜いたことだけは確かです。その先は……申し訳ありませんが、死ぬ運命にある私には見通せません」
「だろうな。死後の世界を見れたなら、それこそ神の領域に片足突っ込んでいるようなものだ。……襲い来る敵を教えてくれ。それくらいは分かるだろう?」
「それが……その時の敵はモヤに包まれていて判然としませんでしたので、どのような相手であるか知らないのです」
想像以上に厄介な事態が待ち受けていることを知ったジャックは、唸りながらも考え始めた。
それを見ていたティルはジャックのためにと、マアナから少しでも情報を引き出すために話し掛ける。
「その時の状況はどうだったの?例えば、場所とか。誰がいたとか。あとは……状態かな。みんな負傷していたのか、あるいは誰かが死んでたとか」
「そうですね………カナタ兄様とザドウェル兄様が負傷されていたと思います。それから――そうでした! ヨルハ姉様とルクシャーナ姉様が戦闘中に、皆様が集まられていた状況です! ギラザール兄様から集まるように命じられ、セリナ姉様も含めた全員が集まりました。そちらも全員集合されていたと記憶しています」
「……………」
ジャックがいまだ思考中のため、ティルは情報収集を継続することにした。
「僕らは生きていた、と言ったよね。それはつまり、相手の目的は君達だったということかな?それとも、君達が勇猛果敢に戦いを挑んで返り討ちに遭ったのかな?」
「具体的なことは何も……。私の未来視は、映像を見るだけであって、その時の声や音はないんです。なので、誰かが何かを話していても、それを理解することはできないのです」
「見たことから情報を得るしかないってことか」
「誰から死んだかは覚えているか?」
「え?………最初に戦ったのは負傷していたカナタ兄様だったと思います。兄様の補助として、セリナ姉様も戦線に加わって……姉様一人だけでは足りないということで、ルクシャーナ姉様も加わったところまでは記憶しています。ですが、その後が曖昧で……」
「何か気になることでもあったの?」
地面を見ながら唸っていたジャックが突然頭を上げてマアナに理解できない質問をしたため、ティルはとりあえず当たり障りのないことを聞いた。
「長男であるギラザールが戦わず、カナタが最初に挑んだ。それに、始めから全員で戦おうともしなかったし、俺達は傍観していた。つまり、想定以上の力量を備える相手を、全員が見誤った可能性が高いことになる」
「カイゼルみたいに真の力を隠している相手が来るってこと?」
「そうとも考えられるが、俺はもっと違う要因が重なって大きな事態に転じる可能性を考えている」
「それは?」
「王子・王女たちの出自に関わることだ」
「!!?? どうしてそれを!?――あっ……」
ジャックが兄姉と前王しか知り得ないことに触れたため、焦ってしまったのが不味かった。それではジャックの予想を肯定したも同然である。
ただ、ジャック自身は絶対の自信があったため、たとえ否定されようとも気にしなかったことだろう。
「俺の魔眼は戦闘ではあまり役に立たないが、こと分析や解析に関してはかなり優秀なものだ。だから、お前達が本当は血のつながった兄妹ではないことや、普通の人間ではないことも分かっている」
「…………そこまで御分かりになるのですね」
「……本当なの?」
「はい。私達は――」
「いや、言わなくていい。聞く気は無いからな。それよりも考え事がしたい。お前もさっさと戻った方がいいだろう」
「……どうか、お願いします」
マアナは二人に深々と頭を下げると、小走りで闇夜に消えて行った。
「よかったの?もっと色々と訊きたいことがあったんじゃないの?」
「あれ以上情報を引き出すことは出来ないだろう。それなら、少しでも考える時間を設ける方が合理的だ」
「ふ~ん」
「なんだ?何が言いたい?」
「いや~、ジャックも案外優しいんだなーって思っただけ」
「どうしてそういう思考になる?」
「だって、まだ訊きたいことがあったのに、彼女が疑われて殺されてしまわないように配慮したんでしょ?」
「……俺は単純に、あれ以上情報を引き出せないと判断しただけだ」
「――兄様は恥ずかしがり屋ですから、必要以上に指摘すると拗ねますよ?」
いつからそこにいたのか。ミルティナは二人に気付かれることなく近くまで来ていた。しかも、マアナが行ったタイミングでの登場だ。
手には水が入った瓶を吊るしている縄が握られていた。
「ミルティナか、御苦労だったな。あとはティルが調理するだけだ。ゆっくりしているといい」
「お疲れ様。何もなかった?」
「ええ、特に問題はなく。少し虫が飛んでいたくらいですよ」
「話は食事が終わった後にでもしよう。今は休め」
「わかりました」
話が一段落したと判断したティルは調理を開始した。焚火の上部に吊るされている鍋に、事前に下拵えしていた食材を入れて煮込んでいるようだ。
ティルの調理の傍らで、ジャックは先程の情報を整理しつつ、来る強敵に考えを巡らせている。
ミルティナは特にすることがなかったため、自身の聖剣の整備を始めていた。
まずは、剣にまだ付いていた血のりを水で流し―――
「出来たよ!」
食欲をそそる匂いに包まれながら、三人はのんびりと雑談をしつつ、英気を養ったのであった。
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