第2話 弟子は弟子でも……
ジャック達は昨日の言葉通り、すでに旅支度を終えて今はサクラのいた座敷から少し降りた場所にある広場に集まっていた。彼らの他に、サクラやタチバナほか数名の巫女と、アズマ率いる神剣隊の幹部たちもいる。
「さて、魔導院に行くか」
「――おじいちゃんに会えるね」
「「兄様(ダーリン)が育った地……」」
まったく同じことを同じタイミングで言ったからか、ミルティナとヨルハが睨み合いを始めた。この二人は成長しないなぁ。
「くだらんことで争うな」
「魔境に足を踏み入れる日が来るとは思いませんでした」
「それほど楽しい場所ではないぞ。本と睨めっこしている根暗な連中ばかりだ。面白い話など皆無に近い」
「パパみたいな人ばっかり?」
「そ、そうだな……」
フレイよ、そんな直球に聞かれると俺も多少傷付くからな?
他意はないのかもしれないが。
「もう出発されるのですね。あと一日くらいはゆっくりされてもよいのでは?」
「聞きたいことが山ほどあるからな。なるべく早く向かいたいんだ」
「そうですか。残念ですが、それでは仕方ありませんね……」
「サクラ様、例の件を御伝えしておかなくては」
「そうでした!」
「例の件?」
「はい。実は皆様が御戻りになられる前日、夜空に二つの流星がぶつかり合ったという報告がいくつもあったのです。良くないことの前触れではないかと囁く者もいまして……」
二つの流星……。考えられるのは、二種類の魔法がぶつかった可能性。
もう一つは、空を飛べる者同士の戦闘。
「……まさか」
「ええ、そのまさかよ」
『!!?』
この声。この魔力。間違いないな。
「久しぶりね、ジャック。もう二十年近くなるかしら?」
「今回はお前に助けられたということか、ジェミニー」
名を呼んだ瞬間に周りの者達全員から視線が集まる。
だとするなら、この国に魔導院の関係者が来たことはないのか。
ミルティナとヨルハがちょっと危ない目で見ているのは無視だ、無視。
「……兄様、彼女は誰ですか?」
「
「あんた、私が来なかったら多重結界をぶっ壊して入って来たでしょ?それをされるとこっちは大損害になるから、院長が既知の私に迎えに行くようにって申し渡しがあったの。いきなり言われたこっちの身にもなりなさい」
「流星は二つ。お前が守ってくれたということでいいんだな?」
「ええ。と言っても、撃退するのが精一杯だったけどね?」
『なっ!!?』
やはり、天使を倒したときに神皇国付近で微かに感じた魔力の激突は、ジェミニーと天使のものだったか。
まあ、他の人間が気付けなくても仕方がない程に微小な気配だったからな。
知らないのも無理はない。
「パパ」
「なんだ?」
「このお姉さんはパパの恋人?」
『ええっ!!?』
フレイよ、成長して遠慮がなさすぎないか?ここでそんな爆弾を放るとミルティナとヨルハがいらん詮索をしてくるじゃないか。
ほら、目も段々細くなってるし。
「フレイ、違うぞ。彼女は俺の姉弟子だ」
「姉弟子?」
「そうだ。一緒に魔法を勉強した仲ではあるが、ライバルでもあった」
「ライバル!」
「まあ、俺が院を出る頃には俺の方が実力は上だったがな」
「ぐぬぬっ……でも、今は分からないわよ!」
「やってみるか?」
「や、やめてください! 御二人が争えばここが荒野になってしまいます!!」
さすがにここでいきなり戦闘を繰り広げるなんてことはしないさ―――ジェミニーの方は準備を始めているけれども。
「冗談だ。それで、天使の実力はどうだった?」
「天使?あれが?……まあ、手強かったけどあんたほどじゃないわね。無駄に頑丈で再生力もあったけど、核を砕くことに専念したら楽だったわ」
「さすがだな。それはそうと、まだ結婚できていないのか?」
返ってきたのは赤く染まった顔と沈黙。
うーん、顔を真っ赤にした反応だけで察しが付いてしまうのが悲しいかな。
口元がピクピクと動いてるが、言いたいことがあり過ぎて言えないようだ。
相も変わらずなようで安心するような、呆れるような。
「うるさいわね! 余計なお世話よ!! どうせ誰にも嫁にもらわれない独身エルフよ!!!」
「……それは十割お前の研究中毒が原因だと思うぞ?」
「分かってるわよ!」
エルフ特有の長い耳が先端まで真っ赤に染まっている。
この点も、相変わらずイジリがいがあるようで。
ただ、女性にとって敏感な話をしてしまったためか、サクラ、タチバナほか巫女たち、ミルティナとヨルハから
「兄様、どういうことですか?」
「ジェミニーはエルフで、その寿命は俺達の五倍以上と言われてるが、彼らの中では女性は二百歳半ばまでに結婚して子供を作ることが暗黙の了解になっている」
「はあ…?」
他の奴らもあまり理解出来ていないようだ。
まあ、人間換算なら30歳までに結婚しろってことだが、それを言ったら藪を突きかねないから言わないでおく。
「それに照らし合わせると、ジェミニーはまもなく三百歳近いが浮いた話は一切なくってな。それで、一度は俺にも縁談が来たけど断った。当時でそれくらいヤバかったから今はどうなってるのかと思っていたんだが、さっきの話でまだまだ研究に没頭してることが分かってしまってな………」
視線を向けると、ジェミニーは気まずげにこちらから顔を背ける。
本人も自覚があるだけにあまり触れられたくないのだろう。
しかし、努力義務を放棄してる点は責められて然るべきだと思うがな。
「そ、その……まだまだ時間はありますから、焦らなくてもいいのでは――」
「親にせっつかれてるのよ!!」
「あ、はい……」
心配してくれたミルティナに噛みつくなよ。
珍しく気圧されてるじゃないか。
「パパが好きだった?」
「え!?…………好意は今もあると思うけど、恋愛感情に至るほどではないわね。彼がさっき言ったけど、やっぱり研究仲間でライバルという意識の方が私達は強いんじゃないかしら」
「だな。何よりも相手より上へ行くことに固執していた。あの時はジェミニーが俺にとって追い越すべき目標であり、共に研鑽する良き研究仲間だった」
「ほぇ~。なんかカッコイイ!!」
フレイがキラキラした純真無垢な目で見上げてくるが、あの当時はかなりドロドロとしたヤバい状況だったから直視できない……。
「その子は……」
「私との子供です!」「認めないわよ!」
ミルティナとヨルハがまたも無駄な争いを繰り広げ始めたのをよそに、ジェミニーはしげしげとフレイを観察する。
それに対し、フレイはジェミニーの耳を興味深げに眺めてた。
もう少し近付いてたら問答無用で摘まんでただろうな。
「院長が言ってたのはその子のことね。あんたはまた面倒事に巻き込まれてるんだ。御愁傷様」
「勝手に託されたんだが……今はもう手放せと言われても手放すつもりはない」
「ふ~ん。子供が出来ると人が変わるって言われてるけど、本当みたいね。昔のあんたからは想像もできないわ」
えっ……昔の俺ってそんなに酷かったか?
魔法を極めるために同僚を手にかけた奴よりはマシだと思うんだが。
時々実験台にした記憶はあるけど。
「昔のジャック様はどのような御方だったのですか?」
「私も人のことは言えないけど、とにかく魔法の研究に夢中だったわ。あそこでは性別も年齢も関係ない。より強い魔法を使える者が上に行くのよ。でも、若干10歳にして魔導院の院長に次ぐ実力者にまで成り上がった彼を周りは忌避した。その後、院長の手によって魔境のどこかに放り出され、数年後には『魔王』という烙印を押されることになったの」
「正確には院長の手ではなく、元老院のクソジジイどもが多数決で無理矢理、院長のジジイに俺を追放させたんだ」
「兄様を、追放…?」
ああ……また始まった。俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、この程度のくだらないことにまで怒る必要はない。
「ミルティナ、もう昔のことだ。気にすることじゃない」
「あんたの妹は随分と物騒ね。そういうところは本当の兄妹らしく似てるわね」
「兄様と私が似てる……」
今度は頬を赤く染めるのか。俺と似ててそんなに嬉しいかねぇ?
なあ、フレイ。何も言わずに頬をすり寄せてきた。
可愛いなぁ………
「話がどんどん逸れてるな。とりあえず、積もる話は向こうに着いてからでいいだろう?さっさと行くぞ」
「しかしジャック様、どのようにして魔導院へ?私は行き方を聞いたこともないのですが」
「それなら簡単よ。転移門を用意するから」
『……え??』
皆が知らないのも無理はない。行き方は部外秘になっているから、院外で知っている人間などごく少数に限られている。
「魔導院へ行くには三つ……いや、二つの方法しかない。一つは、唯一魔導院へとつながる転移門を持つ王国からが一つ目。転移門を作り出す結晶を持つ教授か准教授に認めてもらうことが二つ目だ」
「ちなみにですが、三つ目は何だったのですか?」
「……魔境の森を抜けてくる方法だ」
「随分と命知らずな方がいたものですね……」
「ぷっ………だそうよ?」
ジェミニー、覚えていろよ?
その意趣返しに色々と昔のツケを足して倍返しにしてやるからな!
恥ずかしくなったジャックは、ジェミニーに転移門の準備を急がせた。
その姿にニヤニヤと笑みを浮かべながらも、満足気に準備に取り掛かり始める。
準備から一時間後、転移門は問題なく完成した。
「さて、行きましょうか。空間を繋いでられるのも十分がせいぜいだから」
「そうだな。サクラ、タチバナ、世話になった。アズマ、今度会うときは戦場かもしれないが、その時はまたよろしく頼む」
「我々の方こそ多大な恩がありますから、困った時にはいつでも頼ってください」「こちらこそ、戦場ではよろしく頼む!」
ジャックを先頭に次々と転移門をくぐり、最後にジェミニーが通った直後に転移門は閉じた。
この場に集まった、サクラとタチバナも含めた巫女たちとアズマ率いる神剣隊の面々は敬意を表して、長い時間深々と頭を下げて見送るのだった。
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