第4話 いつからお前達が狩る側だと勘違いしていた?

 生い茂る森の中、立って輪を作る三人がいた。

 ジャック、ミルティナ、ティルの三人だ。

 特に隠れることもせず、堂々と話をしていた。


「さて、敵の位置は完璧に把握した。一つずつ潰していくぞ。まずは残りの『クロウ』だ。あいつらをさっさと狩った後、『ホース』に合流しようとしている『ドッグ』を追跡して、可能であれば潰す。無理なら牽制だけして撤退だ。いいな?」

「了解。作戦はどうするの?」

「俺が初手で撹乱する。ティルは退路を断て。ミルティナは近くで待機だ」

「わかりました。ちなみに、現在位置はどこか分かりますか?」

「この森を越えた先にある丘で準備をしている。ティルは先行して西へ行けないようにしてくれ」

「了解。捕まえなくていいよね?」

「ああ、既に『ドッグ』の位置は把握している。生かす必要はない」

「兄様、私はどこで待機している方がよいですか?」

「ここから右手に林がある。そこに潜伏してくれ。俺の攻撃を合図に側面から奇襲だ。――行け」


 ジャックの掛け声と共にティルとミルティナは行動に移った。ティルは森の中を疾走。ミルティナは平原を目で追えない速度で駆けて行った。

 二人を見送ったジャックは、自分の影に声を掛けた。


「シン。現在位置は変わりなしか?」

『先程も伝えただろう。変わっておらん。暢気に準備をしておるわ。まさか、自分達が追い込まれているとは思いもすまい』

「だな。お前も先行して影に隠れろ。最早、奴等に安息は無い」

『我が牙が血に塗れることを期待しよう』


 言葉が途切れた直後、一瞬ジャックの影が膨張したかのように見えたが、目の錯覚だったのか元の大きさに戻っていた。それと同時に、辺りに満ちていた重苦しい空気も霧散していた。



※※※


「隊長、武具の手入れ終わりました。いつでも出発できます」

「わかったわ。予定通り日暮れと同時に出発。夕闇の中、別動隊の陽動が始まってから乗り込む。迎撃に十分注意しながら街を探索して隠れ家を探す。場合によっては殺人もありだ」

「了解です。……必ず、仲間の仇を討ってやる」

「私怨はひとまず置いておけ。任務は重要人物の暗殺だ。失敗は許されない」

「はっ!」


 随分と逸っているわね。暗殺を生業とし、味方を捨て置いても任務の遂行を優先するべき我々が、仲間の仇討ちなど笑い話にもならないが、それも致し方ない。我々とて人間だ。長年寝食を共にし、同じ任務をこなしてきた。仲間意識だって芽生える。それゆえに、この燃える憎悪に身を任せてしまいそうになる。だが、ここで感情的になって任務を失敗する愚を犯すわけにはいかない。無念のうちに死んでしまった彼らのためにも、やり遂げなくては!!――――ゾクッ


「今日は随分と冷えるわね」

「そうですかね…?焚火で温まってはどうです?」


 部下は特に感じなかったようだけど、寒気がしたのは確か。言う通り、焚火で温まるとしましょう。先程の寒気も、緊張のせいかもしれないわね。

 はぁ……らしくないわね。私も、自分で思っている以上に感情的になっているのかしら。部下の事を言えた立場じゃないわね……ん?なんだか火が揺れめいているような――マズい!!


「焚火から離れなさ――」




 彼女が声を出して警告をしようとしたその時、焚火が突然爆発し、周囲で待機していた男達に次々と飛び火していった。一度点いた炎はなかなか消えず、辺りは呻き声と叫び声で溢れていた。

 阿鼻叫喚で誰も彼もが混乱しているその場に、疾風の如く駆けて近付く人影が一つ。誰もその存在に気付く者はいなかった。彼らの命を刈り取る死神が、その刃を振るうその時まで。



※※※


 予想していたよりも随分と大きな成果が得られたな。

 まさか、ギリギリまで魔法の兆候に気付かないとは思わなかった。

 ……もしかして、王国では魔法を使える者がいないのか?

 だから、誰も反応出来なかったのかもしれない。

 これは………



 ジャックが今考える必要のない事で頭を使っている間に、『クロウ』の残存隊員は段々と減っていた。今残っているのはたった三人だけだった。


「クソッ! 何者だ!」

「――何者か、と言われて答えるとでも?まあ、私のことは知っていて当然でしょうけど」

「……二代目勇者か! 裏切り者めっ!!」

「どうでもいいです。王国に未練はありませんし、特に恩義も感じていませんから」

「貴様が……貴様がダルスを殺したのか!?」

「ダルス…?知りません。それに、暗殺を生業とする者達が仲間意識など……笑わせますね」

「殺してやる…っ!!」


 ミルティナと対峙する女は、憎悪を宿した目で睨みつけながら、自分の得物である短剣二本を逆手で握り締める。

 今にも歯軋りの音が聞こえてきそうだ。


「戦場に感情など不要。感情を殺せないのなら貴女は所詮その程度という事です」

「殺してやるっ!!!」


 女隊長は深く沈んだ体勢から一気にミルティナとの距離を詰めるが、無造作に振るわれた剣を前に即座に後退。

 ギリギリで避けたものの、身に付けていた革の鎧は斬り裂かれていた。


「あら、意外と冷静なんですね――なんですか、いきなり。そういうの、無粋って言うんですよ」

「ラーナ隊長! ここは俺が抑えます。あなただけでも――」

「雑魚に用はありません。まあ、貴女も殺すんですけどね?」


 最後の生き残りの男がミルティナとラーナの間に割って入ったのだが、一秒ともたずにミルティナに斬って捨てられた。いや、斬るは語弊がある。

 一撃で心臓を貫かれ、膝からくずおれた。

 残るは隊長のラーナのみ。


「ミルティナ、さっさと終わらせろ。時間が勿体無い」

「っ! 馬鹿め! 貴様だけでも道連れにしてやる、『魔王』!!」

「――それを私が許すとでも?」

「なっ!? くそっ――は?」


 背後に現れたジャックに驚きつつも、最後の悪足掻きでジャックに襲い掛かろうとしたラーナ。

 しかし、即座に背後へと迫ったミルティナに対し、両短剣を構えて防御しようとしたものの、虚しく両断されて左肩から右脇腹にかけて大きな太刀傷を負った。

 血は止めどなく流れ、死ぬのも時間の問題だろう。


「どういう……なぜだ?この短剣は純銀製の……」

「私にとっては何でできていても関係ありませんから」


 負傷し片膝をつくラーナを見下ろしながら、ミルティナはそう言い切った。

 目を青色に輝かせながら。


「その目……そんなモノを隠していたのか…!!」

「私は一度たりとも貴女方を信頼したことはありませんから。当然、自分の情報は可能な限り隠してました」

「この、裏切り者…め……」


 呪詛を吐きながら、ラーナは最後までミルティナを憎悪の目で睨みつけていた。

 ミルティナはそれを感情のない目で見返しながら、こと切れたのを確認してジャックに顔を向けた。


「兄様、全員の抹殺を確認しました」

「よくやった。ティル、移動するぞ」

「僕の出番がなかったじゃないか……」

「次はある。それぞれに担当があるからな」

「……わかった。でも、僕も鬱憤が溜まってるんだからな?今みたいな役回りは無しだからな?」

「当然だ。次の相手は先程比べるまでもなく大部隊だ。俺とミルティナだけではやりきれん。期待しているぞ」

「! 任せてよ。僕の忍術の凄さ、しっかりと見せてあげるから」



 三人は無残に転がっている死体の数々を一瞥もせず、早々にその場を離れた。


 死臭が漂うだけとなった場所に影が蠢いた。まもなく夕暮れ時。辺りは徐々に闇が支配し始めていた。闇は広がり、やがて全ての死体を覆っていき、そして。残ったのは、そこにあったモノを証明する死臭のみだった。





『やはり、活きの良い獲物の方が美味いな。死体は不味い』

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