第5話 閑話休題
『クロウ』を殲滅し終えた後、『ドッグ』を追跡しながら駆けている道中の何気ない、緊張感もない会話。
「ねえ、聞きそびれたんだけどさ、どうしてあの時タロウが色々言ったのに何も反応しなかったの?」
「ん?ああ……別に人にどう思われようと気にならんからな。フレイに悪影響が無い限り無視する。それだけだ」
「なんて言うか……ジャックも父親が板についてきたね。再会してからというもの、フレイに構ってるジャックをよく見かけるからねぇ~。似合ってるよ」
「そのニヤニヤした顔をやめろ」
「ですが、ティルの言っている事は事実かと。最近の兄様はフレイの扱い方が上手になりましたし、穏やかな表情を浮かべるようになりました」
「だよね! 今まではしかめっ面か無表情かの二択だったから、今の穏やかな表情なんて見た事なかったよ」
ジャックは二人に同じ事を言われ、しかめっ面をするのだった。
「あっ。またしかめっ面。もう少し笑った方がいいと思うよ?」
「……今は作戦中だ。笑う必要はない」
「そうですね。でも、私も兄様には笑っていてほしいです」
「……………」
またしても二人に同じことを言われ、先程よりも渋い表情を浮かべるジャック。若干眉間に皺が寄り、口はへの字になっている。あえて表現するなら、大きなお世話だ、だろう。
「話を戻すけど、あの時の空気は相当ピリピリしてたよね。喋ってた当人はまったく気付いてなかったけどさ、サクラは無表情過ぎて怖かったし。アズマはその後の展開を危惧して顔が青くなってたし。まあ、無表情っていえばミルティナもだけど」
「兄様に許可されれば、あの場で斬るつもりでしたよ?」
「……ミルティナってさ、ジャックの事だと一切の躊躇がないよね?」
「迷う必要がありますか?」
「ねえ、ジャック。なんか言ってやってよ」
「兄思いの良い妹じゃないか」
「兄様……帰ったら撫でてください。フレイの時のように…♡」
「それはしない」
「あっはっは! そこまでは甘やかさないってさ――いえ、何でもありません」
背後からのただならぬ殺気に反射的に謝るティル。ミルティナが目を細め、射るような目で殺気を放っていた。先日の一件が尾を引いているのだろう。これから先も、ティルはミルティナには頭が上がらないだろうことが今の関係から容易に想像出来てしまう。
「あと一時間もすれば奴等の目と鼻の先だ。十分に警戒しろ」
「了解。一応偵察に行こうか?僕、忍だし」
「……そういえばそうだったな。忘れていた」
「それはさすがに僕でも泣くよ!?存在意義ないって言われたようなものだからね!!」
「そういえばそうでしたね。てっきり、斥候なのかと……」
「それ、僕に死んで来いって言ってるの!?」
「いえ、ただ……あまり役に立った記憶が無いので………」
ミルティナの本気とも思えるあんまりな物言いに、ティルは本気でショックを受けているらしく、若干涙目になっていた。
「聖都で僕は、えーっとなんだっけ……そう、ルナリア。彼女を倒したのはぼ、く……」
「はて?トドメをさしたのは私だったような…?」
「い、一度は僕が倒したよ! ……本当だよ!?」
「つまり、仕留め損なった。生死を確認しなかったがために、お前を庇ったミルティナは生死に関わる怪我をし、結局ミルティナがトドメをさした、と」
先程まで無言だったジャックは冷めた声で、けれど容赦なく事実を突きつけてティルを糾弾した。
そこには唯一の肉親であるミルティナの身を危険に晒したティルへの怒りが籠っていた。
「あっ、えっと……その……ごめん。あの時庇ってくれて。ミルティナのおかげで無傷で済んだ。仕留め損なった僕に代わってトドメをさしてくれて、ありがとう」
「結果的に無事でしたから、気にしてませんよ。それに、あの時はあの選択しか頭にありませんでしたから。一つ予想外だったのは、私自身に不思議な力が宿っていたことでした、ねぇ~」
前半はティルに向けて、後半はジャックに向けて話していたのだが、ジャックに対してはジトっとした目で見詰めながら話していた。
視線を向けられていたジャックは、その意図を理解していたため、顔を明後日の方向へ向けていた。
「うん、アレには驚いたよ。一瞬で傷口が塞がったんだから! あと、傷口に漂ってた不気味なモヤモヤも焼き払ってたっけ。みんなビックリしてた」
「そうですよね。まさか、自分が知らない不思議な力が宿っているとは思いませんもの。死を覚悟したんですからね?」
「……悪かった。その件だが、もう少しだけ待ってくれ。確証が得られた時に必ず教える。それまでは待ってくれ」
頭を掻きながら謝罪するジャックの顔は、申し訳なさそうな表情をしていた。
「あまり虐め過ぎると、悪い妹って思われそうですからこのくらいでやめておきます。で・す・が! 今後は私に対して秘密を作らないようにしてくださいね?それが、たとえ受け入れがたい真実だとしても」
「ああ、約束する。俺はお前の信頼を失いたくはないからな」
「私が兄様に愛想をつかすことなど未来永劫あり得ませんよ?」
「ああー、はいはい。兄妹でイチャイチャするなら他所でやってね。僕はそういうの嫌いだから」
「あらあら。愛しの『御姉様』とはイチャイチャしないんですか?」
「に、ニヤニヤするなぁー!!!」
「喧しいっ!!」
道中騒がしくも着実に目標との距離を縮めていく三人。
目標は既に目前まで迫っている。
かつての仲間。兄を追いかける妹。御姉様。
それぞれに思いを抱きながら、刻一刻とその時が近づいて来ていた。
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