第3話 本人が前にいるんだけど……

「それで、今日は何を話し合うんだ?」

「本日は先に攻めて来た者達、『デス・ホース』でしたか?彼らの動向の報告と、先程ティル様より報告のあった『ロット・クロウ』……でしたでしょうか?そちらの件について、計二件ですね」


 サクラの背後に立つタチバナが滔々と議題内容を述べた。後半の部分でジャックの眉が一瞬吊り上がったが、それ以外では特に誰も反応を示さなかった。


 集まったのはサクラ、タチバナ、アズマ、それから神皇であるタロウが神皇国側の出席者だ。加えて、ジャック、ミルティナ、ラルカ、フレイ。そして情報提供者であり、今ではジャックたちと同じく国賓扱いのティル。計9名が長机を中心にして左右に分かれている。ちなみにフレイはジャックの上で大人しく座っている。



「それで、『ホース』の動向はどうなっている?」

「うむ。彼奴等はここから少し離れて北にある森に野営をしておる。今のところ動く気はないようじゃ」

「増援の兆しはあるのか?」

「いや、新たに派遣した守護隊からは何も情報はない。……彼奴等だけで再び攻めてくると思うか?」

「常識を備えていれば、攻めてくるはずがない。だが、脳筋な連中だ。強行突破を仕掛けてくるだろう。おそらく頼みの綱は勇者だ」

「勇者! 勇者がここに来ているのか!? では、こちらには一切の勝ち目がないではないかっ!! 聞けば、三月程前に魔王を討ったと聞くではないか!! 悪逆非道! 残忍冷酷! 人を人とも思わぬ鬼畜生とかっ!! 女子供を好んで喰らうとも聞く! 一国の軍隊を壊滅させたなどというそのような化け物を退治した、あの勇者だぞ!!? ああぁ……なぜこのような事になってしまったのだ………」



 神皇の、場を弁えず喚き散らすような言葉の数々に、アズマは顔面が蒼白になり、タチバナは目を閉じ顔を下に向けていた。サクラは恐ろしいくらいに無表情で、まるで能面のようである。

 ティルは無表情ではあるがこめかみがピクピク動いているため笑いを堪えているのだろう。ミルティナは目を閉じていた。こちらは感情を押し殺しているのか、机の下では拳が震えていた。ラルカはジャックの方を心配そうに見ていた。

 当の本人であるジャックは――


「そうだな、勇者は恐ろしい。だが、アレも人間。弱点はある。そこを突けば倒すことは出来ずとも撃退することは可能だろう。勇者ならば仲間を守るはず。ヤツを狙わずとも撃退する手段はある。現状を嘆くよりも打開する策を考える方が賢明だ」

「むっ……貴殿は随分と冷静だな」

「今の状況よりももっと厳しい状況を経験したことがあるからな」


 ジャックが意外なほど冷静に神皇と話し合いをしていることに、アズマは安堵の溜め息をこっそり漏らした。実は、タチバナは緊張で力み持っていた報告書を強く握りしめていたのだが、今はその紙を気にしていた。サクラは無意識に握っていた服の裾を、誰にも気付かれないように手放していた。その頬が若干桜色になっていたのは御愛嬌。

 笑いを必死に堪えていたティルは、ようやく治まったのか少し表情を和らげてジャックと神皇のやりとりを眺めていた。ミルティナは変わらず目を閉じて下を向いている。ラルカはミルティナを見てますます心配になったのか、ジャックと神皇をやりとりをハラハラした心境で見守っていた。


「『ホース』に関しては、向こうに動きがあるまでは静観している方がいいだろう。追い出そうと部隊を派遣して返り討ちにあっては目も当てられない。今は専守防衛に徹するのが妥当だろう」

「しかし、ジャック様。それではいつまで経っても打開出来ないのでは?それでは先程仰った事と矛盾するかと……」


 サクラは、これ以上タロウと話させるわけにはいかないと判断したのか、タロウに先んじて問いかけることで聞き手を無理矢理交代した。タロウはそれに気付いた様子もなく、二人の会話に聞き耳を立てていた。


「いや、それは違うぞ。今のはお前達神皇国の話だ」

「む?我々?」

「そうだ、アズマ。俺達は一度ここを離れる」

「なんと! しかし、貴殿らはどうするのだ?」

「狩り残した『クロウ』と、近くで嗅ぎまわっている『ドッグ』を潰してくる。余裕があれば『ホース』にもちょっかいをかけて来ようと思う」

「それは願ってもない申し出だが、よいのか?ここより外は危険地帯。国境守護隊を暗殺した者どもがどこに潜んでおるかもしれぬのだぞ?それでも貴殿らは行くのか?」

「ああ。俺は待つのは嫌いな人間でな。ティルとミルティナを連れて行く。一応、期限は三日としている。見つけられなければここに戻る」

「ふむ……その間に再度の攻撃があった場合、我々のみで対処しなければならんわけか」

「保険はかけておく。俺の弟子にいくつか魔法を教えておく。存分にこき使ってやってくれ」


 ジャックのとんでもない発言に、ラルカの顔が絶望に染まっていたが、ジャックはそれを見ないことにした。


「フレイは?」

「フレイはラルカと一緒に留守番だ。俺とミルティナが戻ってくるまで大人しくしているんだぞ?」

「うぅ~……はぁ~い」

「良い子だ。帰ったらフレイにも魔法を教えよう」

「いいの!?」

「ああ、約束だ。だから、大人しく、みんなに迷惑を掛けないで留守番できるな?」

「あいっ!!」


 ジャックとフレイのやりとりに、頬を緩ませる神皇以外の6名であった。



 その後、昨夜あった『クロウ』との戦闘をジャックが簡単に説明して会議は御開きとなった。次々と部屋から出て行き、残ったのはティル、ミルティナ、ジャックの3名のみとなった。


「それで、具体的に作戦はどうなってるの?」

「まずは『クロウ』を狩る。目星は付いてるからこちらは楽だ。もう一つの方、『ドッグ』に関しては、もしかしたら『ホース』と合流している可能性がある。見付けるのも手間が掛かるから後回しだ」

「しかし、兄様。どうやって探すのですか?相手は暗殺を生業とする者達。簡単に見付けられるとは思えないのですが…?」

「問題ない。こちらにも『犬』がいる。そいつに追わせれば『クロウ』はすぐに見つかるし、『ドッグ』も追跡出来るだろう」

「追わせるって……目印はないんだよ?追跡しようにも痕跡はないんだし……」

「何を言っている。痕跡なら潤沢にあるだろう?」

「え…?」

「お前だ」


 ティルは呆けた顔で自分の顔を指差した。要領を得ないらしく、ミルティナにも顔を向けたものの結局分からず、考えるのを諦めてジャックに訊ねた。


「なんで僕?僕は彼らと関わりが無いんだよ?」

「別に必要なのは物的なモノだけではない」

「あの、兄様。私も分からないので、分かるように説明していただいてもよろしいですか?」

「……そうか、想像出来ないモノなのだな。これならば奴等にも一泡吹かせることが出来そうだ。――コホン。まず、『クロウ』の方。こちらは既に探しに行かせている。手掛かりは……仲間だ。そして、『ドッグ』。こっちはティルが鍵だ。ここまで言って分からないか?」

「うん……」「はい……」

「両方に共通するのはだな――」



※※※


 ヨルハを含めた『ホース』が野営しているのは、神皇国首都から北西にある森。

 そして、『ドッグ』と『クロウ』が待機しているのは北東部の丘陵地帯だった。


「ダルス副隊長率いる先遣隊が全滅したわ」

「なのに、貴様らはおめおめと逃げ帰って来たのか?」


 焚火を囲んでいるのは、黒外套を頭からすっぽりと被っている男と、布で顔を覆っている女の二人だけだった。他に周囲に人影はない。


「作戦の続行は無謀と判断し、貴方達との合流を優先したのよ。本当ならすぐにでも復讐してやろうと思っていたけど」

「なら行けばいいだろう。仕事を完了できねえ連中に居場所はねえよ」


 男は見下した態度で唾を吐き捨てながら相手を罵った。言われた女は一瞬片方の眉がピクリと動いたが、感情的になって声を荒げるようなことはしなかった。


「わかったわ。私達はこれから再度首都への侵入を試みる。さっきも言ったけど、陽動で構わないから少しの間彼らの気を逸らすように本隊に言っておいて」

「はっ! 二度も無様を晒すんじゃねえぞ?」

「……背後に気を付けておくことね。短剣が飛んでくるかもしれないから」

「格の違いを見せつけてやるよ」


 用件は済んだのか、女は立ち上がって闇へと消えていった。

 男は一瞥もせず、虚空に声を掛けた。


「お前ら、準備はできたか?」

「――あとは隊長だけだ」

「そうか。じゃあ、行くぞ。あの女が珍しく頭を下げて来たんだ。今回ぐらいは言う事を聞いてやろうぜ」


 男が立ち上がると、周囲にはいつのまにか数名の、同じく黒外套の男達が立っていた。リーダー格の男が先を行くと、男達も後に続いて闇へと消えていった。


 



『闇は我が領域なり。まずは主に報告せねばな』

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