第11話 慣れないことはするもんじゃない
「これから旅立った時から今日までの事をもう少しだけ詳しく話させてもらうけど、質問は終わってからにしてね」
「わかった」
今、この場にいるのは俺、ミルティナ、フレイ、弟子、サクラにタチバナ。それから先ほど合流したティルの計七人だけだ。部屋には俺の防聴結界を張っているため余人を気にする必要はない。
俺達全員(フレイは就寝中)が頷くのを見て、ティルは話し始めた。
「まずはそうだな――
聖国で別れてから二日で僕らは王国まで着いた。馬に無理をさせて急いだ結果ではあるけど、不眠不休で王国まで向かった。
到着した僕らを待っていたのは、王国の第一から第八までの王子・王女たちだった。いや、それだけじゃなかったね。王国軍の元帥、大将、中将、少将なんかもいた。もうね、見た瞬間に嫌な予感がビンビンして、キナ臭い感じがプンプンしたよ。だってね、彼らは常に殺し合いをしている連中なんだよ?武器を構えず一緒にいることが異常事態なんだよ。御姉様はさして気にした素振りは見せなかったけど、あれは多分裏切るつもりは無いということを示したんだと思う。その後は王城に連れてかれて王の御前に行くことになった。僕はあくまでも補佐役という扱いだったから玉座の手前で引き留められたよ。
そこからはしばしの自由行動。僕は久々ということもあって自分の足で街中を見て回った。以前と変わり映えのしない、首都とは思えないほどまばらな人通り。裕福そうな恰好の人が歩く活気のない市場と、逆にボロ布を纏った人で溢れる闇市場。道端で寝転がる痩せ細った大人子供。何も変わってなかったよ。
街を見て回った後は自分の家に行ったんだけど、こっちは酷かった。入ると目に付いたのは荒らしに荒らされた自分の部屋。机の引き出しは全部床にひっくり返されてた。服を入れてたところは全部服を床に放り捨てられてた上に、元の色が分からないくらいにグチャグチャに踏まれてた。で、ベッドはひっくり返された挙句バラバラに解体されてた。椅子もバラバラ。置いてた持ち物は全部没収されてたし、食べ物は食い散らかされてて散々だったよ。
事が起こったのがその日の夜。部屋で寝る気にはなれなかったから外で泊まったんだけど、そこを襲撃された。監視が付いていた事には気付いていたけど、まさか街中で襲われるとは思わなかったよ。多分御姉様を王城に監禁した時点で僕は用済みになったんだろうね。もしくは内通者扱いで叛逆罪かな?とりあえず、そんなことがあって王国から脱出するハメになった。
それからはさっき言った通り。命からがら追手を振り切って逃げて来たってわけ。まあ、途中一回だけ御姉様が追手を妨害してくれたんだけどね。
話は以上かな。それじゃあ、聞きたいことがあればどうぞ」
ティルは話し終わると、目の前に置かれている自分のお茶に口を付けた。あ――
「何でもいいよ――ぶっ!! 熱っ!!?」
昔読んだ演劇のお手本のような動きを見せたティルに、不覚にも笑ってしまった。なんとか湯呑みを落とさなかったが、口に含んだお茶を盛大にミルティナの顔に吹きかけたのは、なんという神のイタズラだろうか。
よく見ると、サクラとタチバナも無表情の奥で必死に笑いを堪えているのが、ピクピクと動いている頬から察せられる。弟子は俯いて顔は見えないが、体が揺れているから笑っているのだろう。
「ご、ごめん! ミルティナ……ミルティナ?」
「ふふっ……ふふふっ……ふふふふふっ♪」
「あ、えっと……じゃ、ジャック…?」
ティルが今まで見た事のないほど怯えた表情でこちらを見てくるが、俺もかなり動揺しているのか何をすればいいのか分からない。
不気味に笑い声をあげている、普段は頼りがいのある我が妹が、今は得体の知れない幽鬼のようだ。ティルがお茶を噴いたあたりから目覚めたフレイが、今は怯えて俺の背後に隠れている。うん、分かるぞ。今のミルティナは今までのどの存在よりも怖い!
俺達が謎の恐怖に支配されていると、ミルティナはゆっくりと顔を上げたかと思うと次の瞬間には笑顔を見せていた。
「何をそんなに怯えているんですか?私はこの通り、平気ですよ?」
本人は平気と言っているが、俺達から見ると底知れない不気味さが宿る笑顔でしかない。ティルなんか顔が青褪めている。フレイはミルティナを直視出来なくなり、俺の後ろで服を摘まみながら子鹿のように震えている。弟子は直感的に怖いと思ったのか、顔を背けながらも居住まいを正していた。サクラとタチバナはヤバいと思ったのか一瞬腰を浮かせたが、ミルティナの笑い声に腰を抜かしたのか逃げ出す機会を失ってしまったようだ。
「ミルティナ、とりあえず顔を拭け」
「はい。――綺麗になりましたか?」
「ああ、いつも通りの女神のような顔だ」
「…………」
『…………』
………あれ?冗談のつもりだったんだが。え?みんな真面目に受け止めてしまったのか?俺の性格的に言いそうに無い言葉だろう?
な、なんか言われたミルティナは赤面したまま口を開閉しているし、ティルと弟子は信じられないモノを見るような目で見てきた。サクラとタチバナは何故か言われていないのにこれまた赤面していた。
「冗談のつもりで言ったんだが?」
「そ、そうだよね!? 冗談だよね!! いやー、ジャックが口にするのも憚られるような気恥ずかしいセリフを口にしたから、ついにジャックも頭がイカれたのかなって心配したよ!」
「酷い言われようだな……」
「――師匠、らしくない事はしない方がいい」
「そうだな。もう二度と口にしない」
俺が決意を新たにしていると、背後の乙女二人が何やら不穏な会話をしていた。
「ジャック様の睦言……」
「いけませんよ、大巫女様。巫女は清くあらねばならないのですから」
「い、一度くらいはあのような睦言を言われてみたくない?」
「そ、それは……」
言わないぞ。俺はもう二度と、あのような世迷言は言わない。誰が何と言おうと絶対に言わない!!
結果的にミルティナの不穏な気配は鳴りを潜めてくれたから、俺の世迷言は決して無駄ではなかったという事にしておこう。そうしよう。
「さて、仕切り直そう。ティル、お前は脱出する時にあいつに助けられたと言ったな?」
「そうだよ。あの時助太刀してもらえなかったら僕はここに来れなかっただろうね。いや、だろうじゃなくて九割方死んでた。それで何が聞きたいの?」
「俺は助けに来た事に疑問を覚えた」
「――師匠、別に変じゃないと思うけど?」
「いや、話を聞く限りあいつにそんなことをする余裕はなかったはずだ」
俺の言いたい事が理解出来なかったのか、全員頭を傾げていた。
「ティルの話の中で、あいつは王城へと向かい、ほぼ監禁も同然の扱いを受けているはずだった。なのに、ティルが逃げ出す時に助太刀をすることができた」
「…………確かに変だ。あの連中の目を盗めるほど御姉様は器用じゃない」
「――交渉した?」
「その可能性が限りなく高い。今日相対してみたが、以前と異なり重装だった。それに、感情が表出していなかったのも、今考えれば異常だった」
「ティルを助ける代わりに自分を生贄にした、兄様はそう考えているんですね?」
「ああ。でなければあいつが今日、あんな姿でやって来るわけがない」
「……私はあの鎧に何かあるのではと考えていますが、どう思いますか?」
「分からん。あの時は対処するので精一杯だったから他の事に気が廻らなかった」
ミルティナと二人で状況確認をしていると、置いてきぼりになっていたティルが口を挿んできた。
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ何、僕のせいで御姉様はあんな姿になってしまったのか?」
「あいつが戻らざるを得なかったことを考えれば、お前の責任ではないはずだ」
俺の慰めの言葉もティルには響かなかったようだ。これは当人が納得しなくては解決しない問題だ。考える時間を与えるべきだな。
「今日はもう寝るぞ。俺とミルティナは戦闘で疲れたし、ティルも逃げるので疲れただろう?」
「……そうだね。今日はゆっくりさせてもらうよ」
そう言うとティルは隣の部屋へと消えていった。さて、俺も寝――フレイが服を握り込んだまま寝てるな。……仕方ないから一緒に寝るか。
俺がフレイを抱えて立ち上がると、ミルティナ以外の面々も立ち上がってそれぞれの部屋へと帰って行った。
「女神のような………うふふっ♪」
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