第10話 魔法師の専売特許

「兄様、下がってください」

「あなたに用はない。そこの男に用がある」

「……残念ながら、貴女の相手は私です」


 これまでのヨルハは胸部と腕部、脚部にのみ防具を付けていたと記憶しているが、今は全身を甲冑で覆っている。しかも、これまで身に付けていた物とは全く異なる、漆黒の鎧を纏っている。この前戦った吸血鬼の王、カイゼルを彷彿とさせる様相だ。


「単騎で攻めてくるとは、なんという心意気! しかし、今は敵ゆえ覚悟せよ!」

「気を付けろ。そいつは勇者第一号で、しかも今は魔工品の甲冑を身に付けている。生半可な実力では相手にもならんぞ」

「――邪魔をするなら斬り捨てるだけ!」


 言うや否や、ヨルハは魔法で加速された速度のまま、俺に突撃か。

 それを黙って見ているわけもなく、ミルティナが横合いから薙ぐ。

 突撃を阻まれたヨルハはその攻撃を横に避けてミルティナと対峙。


「随分と鈍重そうな見た目をしてますね。以前とは大違いなようで、守りを意識し過ぎじゃないですか?」

「ミルティナ、おしゃべりしている暇はない。さっさと倒すぞ」

「ワシも交ぜよっ!!」


 ヨルハからして正面に俺、右にミルティナ、左にアズマの布陣だ。アズマの武器は薙刀だ。こちらは武器そのものではなく、装飾に魔道具が使われているようだ。


「何人来ようと同じ。まとめて掛かって来い」

「では、遠慮なく!」

「オウッ!!」

「〈羽ばたき 瞬き 煌きを〉『耀鵬』」


 俺がキラキラと光を放つ鳳凰を放つと同時に、ミルティナとアズマも突撃。

 ヨルハはそのどれも無視して跳躍し、俺の目の前にやって来た。

 鳳凰はというと、空中で弾けて下にいた者達に光の矢となって降り注いだ。


「来ると思っていた。だが、少し予測が甘いぞ?」

「終わり! ――っ!?」

「魔法師が剣を持たないのは、身軽な方が戦いやすいからだ」

「兄様から離れろっ!!」

「隙ありっ!!」

「チッ!!」

「逃がすか。『炎蝶』」

「っ!! はぁっ!!」


 ただの魔法師と侮った俺に攻撃を防がれ、さらに背後からミルティナとアズマによる攻撃を受け、再度跳躍することでその場から離脱したヨルハだったが、俺の追い打ちで見張り台から落ちていった。『炎蝶』は斬られてしまったが目論見は成功だ。


「直撃は免れたが爆風で吹き飛んだな」

「追いかけますか?」

「いや、一度無理にでも撤退してもらうとしよう」

「しかし、どうやってだ?」

「こういうことは魔法師の得意分野だ。〈集う風 吹き荒れろ 天まで昇れ〉『暴風天領』」


『な、何事だ!?』

『も、門に近付けません! それに風で前も見えません!!』


「これはこれは。見事としか言い様がないな」

「はぁ……流石です、兄様」


 下の状況を見ていたアズマとミルティナは、思い思いの事を口にした。まあ、ミルティナに関してはうっとりとした表情で宙を見ているが……。


「むっ……勇者が態勢を整えたぞ。どうする?」

「やることは変わらんさ。『風牙』」

「ほほう……なるほど。ヤツは魔法で近付かせんということか」

「そういうことだ。『炎蝶』」

「しかし、ここまでやって退いてくれるかの?」

「知らん。これでも突破して来ようとするなら、今度こそお前達で潰しに行け」


『ぐっ……退くぞっ! 退却しろ!!』


「退いて行ったな」

「うむ。これで当面は大丈夫であろう」

「では、私達は戻りましょうか、兄様」

「そうだな。後のことは頼む」

「色々と手を貸してくれて感謝する!」


 深々と頭を下げるアズマに見送られながら、俺とミルティナは見張り台を後にした。結界は一応継続させているから、また突撃して来ても問題ないはずだ。




 ラルカとフレイがいる宿に戻ってみると、なんとサクラとタチバナが座って待っていた。しかもみんなしてお茶を飲んでゆったりと寛いでいた。なんて奴らだ……


「俺の目がおかしいのか?この国のトップとその側近が、俺達の部屋で休んでいるという非現実な光景が広がっているんだが。なあ、ミルティナ。俺は夢を見ているのか?」

「兄様、現実から目を背けないでください。今目の前に広がっている光景は現実ですよ。私も信じられませんが」


 俺達が面倒くさいモノを見るような目でいると、さすがにきまりが悪かったのかサクラとタチバナは頭を下げてきた。弟子は目を逸らしている。買収されたな?フレイはというと――


「パパ、ママ! おかえりー!!」

「お、おう……ただいま、フレイ」


 俺達が部屋に入ってくるとすぐに立ち上がってタックルをしてきた。もう慣れたから注意はしない。しても聞かないから、ではないぞ。

 俺に抱き着いてきた後は、ミルティナにも抱き着いた。


「ただいま、フレイ。良い子にしていましたか?」

「うんっ!」

「そうですか、良い子ですね」


 フレイはミルティナが引き受けてくれるようだ。

 なら、こっちは話をさせてもらうとしよう。


「で、なんで二人がいるんだ?」

「そ、それはですね……」

「私は大巫女様の御供として参っただけですので御構い無く」

「にしては随分と寛いでいるな」

「…………」


 目線を逸らしたな?もう少し追及してやろうかと思ったら、サクラに話し掛けられてしまった。


「それで、彼らは退かれたのですか?」

「どこまでかは見ていないから分からんが、近隣にはいないだろう。国境まで退いてくれていれば有り難いが……」

「それは高望みでしょうね。しかし、撃退したのは事実。彼らも今後は軽々に攻めては来れないでしょう」

「……あいつらは、一応、亡命者捜しで来ているから、戦争ではないぞ?」

「ですが、実際のところ同じ事でしょう?」


 このタチバナという女、結構手厳しい事を言うな。現実的と言うか、交渉の余地が無いと言うか。とにかく、悪と断じたら決してその考えを改めるつもりがない。だから、今回の王国側の横暴も国としての立場など関係なくバッサリと切って捨てる。


「おい、こう言っているが神皇国としての立場はどうするつもりなんだ?」

「国境警備隊を一方的に惨殺したのですから、必要な措置は執らせていただきます」

「なるほどな――ミルティナ」

「フレイ、少しここにいてくださいね」

「――なに?」


 俺の言葉を受けてフレイを下ろすと、ミルティナは目で追えない速度で部屋の戸を開け、外にいた不埒者を捕らえてきたのだが――


「まさか……お前があいつらの狙いか?」

「イテテ……もうちょっと加減して欲しいね。これでも命からがら逃げてきた身なんだからさ」

「まさか、ティンクルさんだとは思いませんでした」


 その正体がなんと、ヨルハと共に王国へと旅立ったはずのティルだった。服装は別れた時とは異なっているが、それ以上に目に付くのが所々に付着している血の痕だった。服も斬られたのか肌の見えている箇所がいくつか散見された。


「その感じからして随分とやられたものだな。追手を撒くのは忍者の得意分野のはずではなかったか?」

「手厳しい皮肉をありがとう。でも、今回は言い訳させてほしいね」

「ふむ……それで、言い訳は?」

「先に順を追って説明させてもらうよ。――王国内で少しゴタゴタがあって、御姉様から国を出るように言われたのがつい四日ほど前のこと。僕としては御姉様を放って置くなんて出来ないから断ろうとしたんだけど、今回は御姉様の意思が固かった。多分何かしらの予感があったんだと思う」

「お前を逃がしたのは勇者なのか」

「うん。それで、準備を整えてジャックたちのいる神皇国を目指したんだけど、どういうわけか出国してすぐに追手が来たんだ。そこからはもう戦っては逃げての繰り返し。あいつらは僕を殺そうとしてるんだ」

「捕まえる気は一切ないと?」


 これまで黙って聞いていたミルティナが尋ねると、ティルは苦々しい表情でそれに応えた。


「そうだよ。ここへ来るまでに何度も捕捉されたけど、その度に致死の攻撃を何度浴びせられたことか。僕じゃなかったら簡単に死んでたよ」

「お前が捕捉された…?」

「ああっ、知らないのも無理はないか。ジャックたちが戦った『デス・ホース』以外にも、僕を追うための追跡部隊『ハウンド・ウルフ』も動いていたんだよ」

「『ハウンド・ウルフ』?」

「ミルティナなら知ってるんじゃない?」

「ええ、知っていますよ。別名『亡骸喰らい』。国の暗部で、違法行為を平然と行う犯罪者集団」

「そう。それが国境警備隊を殺した張本人たちさ。国境の門を開けて『デス・ホース』を素通りさせたんだ」

「そいつらはここに、すでに潜伏しているのか?」

「いや、無理じゃないかな。あいつらは殺しには精通しているけど変装とかはカラッキシだったはずだから」

「積もる話もあるかと思いますが、少し御休みになられてはどうですか?」

 

 これまで俺達の話を黙って聞いていたサクラがおずおずと提案してきた。

 確かに少し疲れたから休ませてもらうとしよう。考えるのはその後でいい。


「そうさせてもらう。風呂にでも入るか」

「じゃあ、僕も一緒に行くよ。ついでに服も着替えられるといいんだけど」

「では、服はこちらで御用意させてもらいます。タチバナ」

「分かりました。すぐに準備をして参ります」



 二人で風呂に入ってゆっくりさせてもらった。良い湯だった。

 二人して着替えているとティルから声を掛けられた。

 そこにあったのは……



 風呂を出て部屋に戻ると、弟子とフレイが戯れていた。


「戻ったぞ」

「…………」

「――ぷふっ」


 ティルを見て早々、弟子が笑ってしまった。ミルティナは何も言わない。気にする素振りも無かった。

 フレイはというと――


「可愛い!!」


 ティルの着物姿を、目をキラキラさせながら見ていた。着物姿を。

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