第9話 勇者と魔王と勇者
『さあ、時間だ! 裏切り者を差し出せ!!』
『いないと言っているだろう! 王国からやって来た人間はいない! 即刻立ち去れ!!』
現時刻は朝の10時。前日のこともあり、神皇国側はピリピリと緊張状態を維持したまま今朝を迎えた。武士たちは一睡も出来ず、この場の誰よりも緊張しているようだ。まあ、戦うことになれば前線に立つのは彼らなのだから当然と言えば当然か。緊張し過ぎて倒れたら笑い物だがな。
「兄様、悪い笑みを浮かべていますよ」
「おっと、表情に出てしまったか。次からは気を付けるとしよう」
「はぁ……反省するところが違いますよ。それで、準備は出来ているんですか?」
「ん?ああ、問題ないぞ。準備万端だ。いつでも使える」
「そうですか。なら、問題ないですね。私も準備は出来ています。いつでも斬りに行けます!」
「まあ待て。逸るな。状況次第だ」
隣に目をやると、ミルティナはすでに剣を抜いていた――どころか、剣に嵌め込まれている宝珠が少し輝いていた。臨戦態勢どころか、俺が一言「行け」と言えば、すぐにでも敵へ襲い掛かって惨殺するだろう。
今のミルティナを止められる人間は少ない。
「――あまり勝手な行動はしないでいただきたい」
「おおっ、あんたか。たしか……神皇国軍神剣隊大将、アズマだったか」
「うむ。神剣隊とは、我が軍の中でも精鋭中の精鋭が集まっている!」
「その部隊の大将か。実質的な軍のトップはあんたじゃないか?」
「何を言う。我が軍の元帥は神皇様だ。私は駒遣いに過ぎん」
「……あんたがそう言うならそのように納得しとくよ。それで、何の用だ?」
「そうだった。貴殿らの護衛を、私が巫女神楽から命ぜられた。あまり勝手なマネをされて怪我を負われると私が罰せられるのだ」
「それは困るな。俺達の行動で罰せられる必要のない人間が罰せられるのはあまり良い気分ではない」
「兄様……聞く限りは反省しているように聞こえますが、全く考えを改めるつもりがありませんよね?」
「気のせいだ、ミルティナ。アズマ、俺達は奴らが攻撃してきた時には迎撃させてもらう。アレは俺達に少なからず関わる事案だからな」
「それなのだが……大巫女様より言付かっている。貴殿らの行動を監視するだけに留めよ、と。つまり、貴殿らが戦闘行為を行おうしても止める権利は私にない」
「……つまり、俺達が暴れるなら自分も一緒に?」
「はっはっは! 構わんだろう?」
「気に入った。いいぞ。ただし、足手纏いは御免だからな?」
「我を誰と心得ておる。実力はこの国でも一、二を争うぞ?」
二人で暗い笑みを交わすと、横で見ていたミルティナから白けた目を向けられてしまった。先程まで狂犬が如く涎を垂らして戦闘を待ち望んでいた奴にそんな目で見られる謂れはないぞ。
「それで、現状はどんな感じなんだ?」
「それがなぁ……どうも向こうさんは退く気が一切ないようだ。それどころか、今にも門を突破して直接捜さんばかりの気迫だ。いつ戦いが起きてもおかしくない」
「そこまで必死になる理由が分からんな。そんなに亡命者は重要人物なのか?」
「分からん。事実として、この国にそのような人物はいない。いれば間違いなく手厚い保護を受けているはずだ」
「敵は話を聞く気は無く、平行線のままか」
「うむ……」
王国側は重要情報を握っているだろう亡命者を可能なら確保したい。最悪殺すことも辞さないだろう。
対して、神皇国側は戦争をするつもりはない。そして、亡命者もいない。だから穏便に事を収めたい。
だが、王国側はこちらの話を聞かずに一方的な要求を繰り返している。このままでは戦争とまではいかないが、小規模な戦闘は不可避。今も巫女神楽含め、神皇国側の上層部はてんやわんやの中、必死に頭を働かせているところだろう。
「動きがあったようだぞ」
アズマの声が聞えてきたため思考を中断し、櫓から門の方を見た。
『埒が明かない! これより門を強行突破させてもらう!!』
『なっ!? 総員、迎撃準備!!』
いよいよ痺れを切らして強硬手段を執ることにしたらしい。逆に、よく今まで我慢していたなと俺は感心している。ただの脳筋集団ではなかったようだ。
「ジャック殿!」
「任せろ。〈 四点に四天 鋼鎖で交叉 繋ぎて留めよ 〉『天四鋼陣』」
俺の魔法が発動すると、門にあらかじめ打ち込んでおいた鋼の楔が反応し、そこを起点に結界が形成された。楔の数は四つ。門の左右の柱の上下に一つずつの計四つ。楔も結界の内にあるため、結界を破壊できる程の力をぶつけない限り門は突破出来なくなった。
「ほほう! 見事な魔法だ。これで奴らも侵入できまい!」
「無駄がなく、けれど強固な結界ですね。それにあの楔は、私達が先日見た魔工品と同じような物ですね。自作したのですか?」
「一応な。念のために自作して打ち込んでおいた」
「ふむ……そこらでよく見る、魔法を付与した道具とどう違うのだ?」
「魔工品は金属を精製する時に製作者の魔力を混ぜるんだ。それに対して、あんたが言った物――魔道具はあくまで表面に魔法陣を刻んだ物だ」
「「???」」
「あー……つまりだな、前者は魔法を刻む余白を作るんだ。対して、後者は一度刻んだ魔法陣を変えることが出来ない。まあ、前者も魔法陣の書き換えは最大でも二回が限度だがな」
ミルティナは二回目の説明で理解したようだが、アズマはまだちゃんと理解出来ていないようだ。だが、これ以上説明していられるほど時間に余裕はない。門を突破出来ないと分かれば、次に何をしてくるか分かったものじゃないからな。
「それよりもさっさと門のところに行くぞ。場合によっては俺達で追い返さないといけないんだからな」
「そうであった! 後でまた説明してくれ。ワシにも分かるようにな?」
「わかったわかった。後でな。〈疾〉」
「では私も。『韋駄天』」
「わっはっは! 早いのう! 待たれよ!」
俺とミルティナは魔法による脚力強化で門まで一足飛びだったが、アズマは魔法を使わずに追いついてきた。まあ、到着時の地響きが凄まじかったが。
「あんた……魔道具を身に付けてるのか?」
「おうっ! ワシは魔法は不得手なのでな。補助が無ければお主らの動きについて行けんわい!」
魔工品と魔道具は異なる物だ。
魔工品は木もしくは金属で作られた物を指す。武器や防具が多いが使われていないのが現状。要因としては、製作者があまりいないこと。それから、製作する時にとにかく魔力を求められるため、一日に製作できる金属の量がかなり少ない。
魔道具の分類は幅広い。水晶、巻物、札、書物に身に付ける物。つまり、刻む方法でしか魔法を付与出来ないもの、ということになる。手間が掛かるため量産には向かないが、その分高名な魔法師などが作った魔道具は高く売れる。一例として、ある国で高名な魔法師が作った札一つに、生涯遊んで暮らせるほどの値がついたとか。
とにかく、結論から言うとどちらも貴重な物であり、軍の中でも相当上の人間か、国の重要人物か、はたまたお金持ちくらいしか持ちえない代物ということだ。持っているだけで厄介な事この上ない。
それを、王国の魔闘騎兵団とやらはふんだんに使っている。しかも一人で五、六個もだ。馬鹿じゃないか?
「兄様、見たところ無理矢理にでも結界を壊そうとしていますが、全く手が出せないようです。どうしま――っ!?」
「……まさか、単騎で突っ込んで来るとはな。変態勇者」
「――術者に死を!」
変態ことヨルハが、門を駆け登って俺達のいる見張り台にやって来た。しかも単騎でだ。狙いは結界の術者である俺らしい。さて、どうしたものか。
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