第8話 降りかかる火の粉

 今いるのは敵の一団がやって来ている北の門が見える物見櫓。周囲には見張りの者が三名と、俺達の案内役兼護衛の者が二人だけだ。盗み聞きしていた建物から少し移動したところにある高所の監視塔で、見晴らしは抜群だった。


「見えた。あれが言っていた一団か」

「ですね。速度を重視した魔闘騎兵団。通称『デス・ホース』」

「魔工品を馬に付けまくって無理矢理戦場を突破する部隊か」

「ただ、みたいですけど」

「魔工品でありとあらゆる加護を与えて、自分たちは全身魔法付与の甲冑で突撃か。脳筋だな。どっかの馬鹿も似た思考をしている」

「同じ国の出身ですから、思考も似たモノになりますよ」

「まあ、雑談はほどほどにしてだ。アレ、お前ならどうする?」

「そうですね……まずは足止めですかね。次に馬の撃破。最後に乗り手といった感じですかね」

「正攻法だな。ただ、さっき自分で言ったようにあらゆる事態に対処するために魔工品を身に付けさせてるんだぞ。どうするつもりだ?」

「そこは兄様の偉大な魔法でパパっと……」

「俺を頼るのか」

「……ダメ、ですか?」


 ミルティナが目をウルウルとさせながら上目遣いでこちらを見てきた。男なら簡単に頷くだろうが、残念ながら俺は兄だ。落とせると思ってもらっては困る。


「泣き落とししようとするな」

「兄様の意地悪。甲斐性なし。頭デッカチ。女誑し」

「ヒドイ言われようだな、おい」

「いいじゃないですか。兄妹初の共同作業! 容赦なく、それぞれの得意分野で相手を叩き潰す!」


 妹が拳を握りしめながら力説しているが、日頃の鬱憤が溜まってるのか?特に何か負担を掛ける行動はしていないはずだが………まさか、弟子やフレイが負担に?いや~、そこまで勝手気ままに行動する二人ではないからな。


「久しぶりに全力で暴れられます!」


 妹はただの戦闘狂だった。


「御二方。まもなく敵の射程範囲内です。中へ御戻りを」

「ん?ああ、気にするな。自分の身は自分で守れる。それに、ここにいる方がなにかと動きやすい」

「しかし……」

「それに、強行突破して来ようとした場合、俺達も加わった方がいいだろう?それとも、国境警備隊を殺すような奴ら相手に無傷で防げるか?」

「……わかりました。ここにいて構いません。しかし! 戦いが始まり、万が一にも門が突破された時には我々の指示に従って避難してください」


 それではこの首都がたかが三十人に占領される、という事態と同義なんだが、こいつ分かっているのか?


「分かった。その時は従う。無理を言ってすまないな」

「では、私は門に向かいますので。後のことは部下に任せます」


 兜を被った男――首都防衛北門守護隊隊長――はそう言い残すと足早に移動した。今は街全体に緊急警戒が発令されて武士以外は皆家で待機しているか、役所で情報収集に当たっている。現状を鑑みて、まだ王国に使者は出されていない。行ってむざむざ殺させるわけにはいかないからな。

 


「兄様、間もなくです」

「分かっている。それと、アイツもやっぱりいるようだ」

「……戦闘になるでしょうか?」

「この国に来た理由が分からないからな。何とも言えない。ただ、国境警備隊を全滅させたということは、戦争をするつもりなのかもしれない。もしかしたら、後続の大部隊が控えている可能性もある」

「私の知る限り、王国と神皇国は敵対国ではなかったはずですが」

「何かしらの要因で心変わりしたのか、お上は元から戦争するつもりがあって時期を見計らっていたのか。真実は分からんが、とにかく、今は戦争状態に突入する可能性がかなり高いということだ」



 二人して黙って考え込んでいると、門の方から魔法で大きくされた「声」が聞えてきた。どうやら交渉ないし話があるようだ。 


『我々は王国軍魔闘騎兵団である! この国に我が国の裏切り者が逃げ込んだ! 速やかにその者を差し出せ!!』


「どう思いますか?」

「裏切り者、ね。もっともな理由だ。だが、根拠がない。それに国境警備隊を全滅させた理由としても弱い。滅茶苦茶だ」

「ですね。もしかして、理不尽な言い掛かりを付けて戦争をしようとしていたりは……」

「無くはない……いや、国境警備隊を全滅させた事を考えるとそちらの方が合理的か。なら、後続がすぐそこに控えているだろう」

「戦争ですか……」

「そうなれば俺達はこの国を離れる必要があるな。今は情報を集めるぞ」

「分かりました」


『そのような者はこの国にいない! 即刻ここから立ち去られよっ!!』

『彼の者がこの国にいることは明白だ! なにより、その痕跡を辿って我々はここまで来たのだ! のこのこ帰れば我らの首が無い! さあ、早く裏切り者を差し出せ!!』


「どうあってもここから引く気はなさそうですね」

「みたいだな。さて、こちらはどう出るか……」


『我々はここで一日待つ! それまでに裏切り者を差し出せ!!』


 部隊長らしき男はそう言うと、先導して引き返して行った。おそらく近場に野営地でも築くつもりだろう。随分と一方的だな。

 この間にこっちは対策を講じなければならないだろう。王国からの亡命者を探し出すか?いや、そんな暇はないし、そもそも今の時点で見つかっていない以上、探しても見つからないだろう。

 だが、先程の態度から考えると王国側もそう易々と引き下がるはずがない。となれば戦争か。あるいは内に入れて探させるか?いや、危険が多い。敵をわざわざ懐に入れる危険を冒す必要はない。

 果たしてどういった対応を執るのか……。


「兄様、戻りましょう。ラルカさんとフレイが待っています」

「そうだな。ここでじっとしていても俺達には何も出来ることはないか。――おい、俺達は戻ると伝えてくれ」

「はっ!!」


 新米なのか、余所者の俺達にまで敬礼してきた。まあ、無視されるよりかはマシか。しかし、随分と見張りが少ないが大丈夫なのか、この国は?



「――おかえり」

「大人しくしてたか?」

「――子供扱いしないで」

「パパーっ!!」

「ぐふっ!――フレイ、全力でお腹にタックルはやめような?」

「えー!!」

「いいじゃないですか、兄様。それも子供ならではの愛情表現ですよ」

「ママっ!」

「はいはい、抱っこですね」

「――それで、どうだった?」

「ああ、それなんだが――」

「ジャック様、居られますよね?」


 高見の見物の後、俺とミルティナは山頂の社に向かわず宿に向かった。すでに用事は済ませたからもう用はないと考えてのことだったが、どうやらまだ休ませてはくれないようだ。


「サクラか。どうした?」

「御意見を伺いたく存じまして、こちらへ参りました。皆様の御意見も御聞かせ下さい」


 やって来て早々にサクラは頭を下げた。さすがに場を弁えて土下座はしなかったが、それでも俺達としては衝撃的だった。まさか国の長が食客に国の方針の助言を求めに来るとは思わなかった。


「頭を上げてくれ。俺達相手なら気兼ねなく声を掛けてくれていい。権力とは無縁の存在だからな。それで、何が聞きたいんだ?」

「ありがとうございます……御聞きしたいことは、先程の事です。アレをどう思いましたか?」

「二つ考えられる。戦争のための口実か。もしくは、本当に捜しているか」

「ですが、彼らは警備隊を全滅させています。戦争のため、と考えるのが自然ではないでしょうか?」

「俺達もその考えに至ったが、わざわざ一日待つ理由が分からない。戦争をしたいなら準備が整っていない今が絶好の機会だ。待つ必要はない。違うか?」

「……確かにそうですね。今来ている彼らだけでも十分に門を突破する力はあるでしょう。それこそ、あの瞬間に突撃されていてもおかしくなかった」

「それに加えて、勇者一号がいましたからね」


 ミルティナが目を細めてそう言った。おそらく刃を交える事を予期しているのだろうな。かつては一応仲間であったからこそ一切の容赦なく斬り捨てられるように、今、心を切り替えようとしているのだろう。


「――アレがいたの?」

「ん?……ああ、知らないのも無理はないか。そうだ。今日やって来た一団の中にアイツがいた」

「――戦うの?」


 ……一緒に行動して多少の仲間意識があるからこその言葉なのだろうな。あと、戦えるのか、とも訊いているのだろう。仲間と戦場で、本気で戦えるのかと。


「戦うさ。かつては仲間だったこともあったが、今は敵だ。こちらに刃を向けるのならこちらも刃を向けるだけだ」

「兄様の剣たる私が御相手します。兄様はあの変態が地に這いつくばる姿でも見ていてください」


 ミルティナはミルティナで俺に気を遣ってくれているのだろう。情けを掛けるかもしれないと。……無用な心配だというのに。


「さっきも言ったが問題ない。戦いに私情は持ち込まない主義だ。やるからには全力でやる。それに、手加減をして勝てる相手ではないからな」


 俺の言葉に、ラルカとサクラは目を見開いた。ミルティナはジッとこちらを見ていた。その目には悲しみが見え隠れしていた。


「アイツと戦えば死闘になる。ミルティナでもだ。だが、それでも俺達がやらねばならない。多少は俺達の責任でもありそうだしな」

「兄様は私が守ります。ですから、兄様が私を守ってくださいね?」

「任せろ。兄らしいところを見せてやる」


 二人で緊張感のない話をしていると、ようやく緊張が解けたのかラルカとサクラの顔が柔らかくなった。やはりこの二人に荒事は似合わないな。

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