第7話 因果は巡る
「いいのか?ここに連れて来て。ここは巫女以外では俺達のような特別に招かれた人間しか来れない場所だろう?」
「状況が状況ですから。今回は特例でここに呼びます。とは言ったものの、正確にはここではなく、少し下りた場所にある祭儀場ですが」
「分かった。弟子とフレイはここで御留守番だ。いいな?」
「はいっ!」
「――寝てていい?」
「フレイの相手は誰がする?」
弟子に問うと、キョロキョロと周りの三人を見比べた後、俺を見てきた。
「――……師匠?」
「お前も少しは働け」
「兄様。ラルカさんも当事者ですから、一緒に連れて行くべきでは?」
「――え?私も?」
「はい。私一人では少しめんど――コホン……か弱いですからね♪」
さらっと本音を言ったな、この妹。面倒だからついでに弟子を巻き込もうとしてやがる。言われた弟子は複雑そうな表情をしてるな。まあ、そうだろう。
ミルティナが嫌悪するような男と会わなければならない苦痛と、当事者だからという義務感。俺なら迷うことなく放り捨てるな。
「――仕方ない。私も行く」
「では、全員で行きましょう。私が案内致します」
「パパ、かた!」
……俺も慣れたもので、フレイが「かた」という時は肩車のことで、今では言われてすぐに体勢を取ってしまうほどだ。
そんな俺の姿を見て、サクラとミルティナは温かい目を向けてきて、弟子は憎たらしい笑みを浮かべていた。腹が立ったから歩いている時に後ろから手刀を頭に落としてやった。やった直後にフレイに怒られてしまったが、構わない。弟子は涙目で睨んできたが……はっはっは、自業自得だ。
サクラに案内されてやって来たのは、俺達が転移してきた建物の最上階だった。ここがそうだったのか。ちなみに、十階建てのこの建物は、この世界では巨大建築物に含まれる。これ以外だと……魔導院の建物群や聖国の教会なども巨大建築物だ。
閑話休題終了
「もう来ていますか?」
「はい。座敷にて御待ちです」
巫女のタチバナから待っていると言われてもサクラは急がなかった。これが大巫女であるがゆえなのだろう。相手を待たせても咎められない。
俺達は一時的に身を隠し、タチバナに案内された場所で聞き耳を立てていた。
「御待たせしました」
「おおっ! 御待ちしておりました、大巫女様! 謁見出来た事、恐悦至極でございます。しかしながらお互いに多忙な身。無用な世間話はせず、本題に入りましょう」
「ええ、そうしましょう。私も忙しいですからね。聞かせてください」
「はい。数刻ほど前、大巫女様が足を運ばれない下層にて、私は街を見て歩いておりました。そこで、見慣れぬ服の者達がいたので声を掛けると、突如持っていた剣を抜いて私に向けてきたのです。私は敵意がない事を示したのですが聞く耳を持たず、それゆえ命乞いをした次第なのです」
「……この国は他国の者の入国を禁止しておりませんから、この国とは異なる服装の者がいてもおかしくないはずですが?」
「その者は怪しい挙動をしていたのです」
「怪しい…ですか。具体的にどのようなものだったのでしょうか?」
ふむ……相手の男の声には敬意が籠っていないな。格下の、御しやすい女子とでも認識しているのだろう。自分の思い通りに話が進まないことにほんの少しずつではあるが苛立ちを募らせているな。
「その者は人を観察しておりました。おそらく何かしらの悪事を働こうと考えていたはずです。だからこそ、私に見つかった時にすぐに剣を抜いて脅してきたに違いありません!」
「……それで、私にどうせよと?」
「あっ、大巫女様に直接何かをしていただこうなどとは考えておりませぬ。ただ一つ、お願いがあります」
「なんですか?」
「下層にて、不埒者を捕らえるために侍たちの出動の許可を願いたいのです」
「私に痴れ者を捕らえるように下知を出せと?」
「いえ、あくまで私が依頼する時の口添えを頂ければと」
「……その願いは却下です」
「……は?あっ、いえ……そ、その理由を御聞かせ願えますか?」
「理由は簡単です。一つ、貴方の説明には嘘があること。二つ、武士は秩序の守護者。なのにそれを私用に扱おうと言うのですか?三つ、目が見えないからと御行儀があまりよろしくないようですが、気付いていますからね?」
言われた当人は引き攣り過ぎて顔が痙攣しているようだ。顔も青褪めている。それはもう、白状したのと同じだぞ。
しかし、随分と不用意な奴だな。盗撮・盗聴されている可能性を一切考えていなかったようだ。まあ、大巫女がいる部屋を誰が盗撮・盗聴するんだっていう、そもそもの話だけど。
「う、嘘ではありません! 私は剣を向けられて!!」
「ええ、そうでしょう。観察というのもあながち間違いではありません。脅した、というのも合っています」
「!?」
「ですが、大事なことを忘れていますよね?」
「な、なんのことでしょうか…?私には皆目見当もつか……」
「彼女達に言い寄ったのは下心があったからでしょう?」
「――――」
男は今度こそ絶句した。青褪めていた顔も、今では白を通り越して土気色にまで変化してしまっている。まるで死人のようだ。
何か言わなくては、と必死に口を動かそうとしているがパクパクと動くだけで言葉を発していない。サクラの表情には落胆と失望の色が見える。
「もう結構です。タチバナさん、連れて行ってください」
「――承知しました」
男は申し開きも出来ずに帰された。これで一件落着か?ミルティナと弟子は結局出番ナシだったな。
フレイは――ミルティナの膝枕で就寝中。寝る子は育つ、とはよく言ったもので、フレイも立派に育つことだろう。弟子は本を枕にして就寝中。どの段階からかと言うと、男がサクラに具体的なことを訊かれて答えていた時からだ。お前当事者だろ。
大馬鹿者を追い出したタチバナが戻ってきて案内されたため、今は先程の謁見の間に来ている。あくびをするな、馬鹿弟子。
「聞いていただいた通りです。折角御足労頂いたのに、下らない事で煩わせてしまい申し訳ありませんでした」
「出番がなかったのは残念だが、いまだ大巫女の威光は強いことを確認できた良い機会だったんじゃないか?」
「そうかもしれませんが、虚しさと悔しさを実感しました。いずれは何者かが神皇を担ぎ上げて叛乱を起こす時が来るのでしょう。そうなれば我々巫女は無力です」
先程のやりとりと、それ以前の謁見の申し入れについて、サクラは大いに憂慮しているようだ。当然と言えば当然か。
これまでなかった神皇以外の者との謁見。公的権力に一般人の影響力が出てきている証拠だ。心中穏やかではいられないだろう。
黙々と考えを巡らせていると、駆け足でこちらにやって来る足音が聞えた。余程緊急の出来事が起きたようだ。
「大巫女様! 大変です!!」
「そんなに慌ててどうしましたか?武士が叛乱でも起こしましたか?」
「いえ、それよりももっと大変な事態でございます!」
「……落ち着きなさい。何が起こったのですか?」
「は、はい! ふぅ…………先程国境を守っている者達から緊急伝令です。王国が軍を派兵し、国境を突破されました。おそらく我が方の兵は全滅したかと。偵察によると、王国軍は一直線にここを目指しているとのことです。ただ、規模は小さく、三十人程度とのことです」
「急ぎ迎撃の準備を。それから、他の国境警備隊には厳戒態勢を!」
「はっ!」
王国が神皇国を攻めてきた。時期的にみて、俺達絡みの予感がするな。
もしかしたら、攻めてきている部隊にアイツがいるかもしれない。
「兄様、私達はどうしますか?」
「客人の御手を煩わせるわけには――」
「外の様子を窺える高台みたいなのはあるか?」
「ありますが、どうするおつもりですか?」
「これが俺達絡みだった時に対処する。行くぞ」
「フレイはどうしましょうか、兄様?」
「……弟子に任せる。俺とミルティナで行くぞ」
「はい♪」
「部下に案内させます。どうか御武運を」
「すまないな」
……おそらく俺の予感は正しいだろう。ティルがいればあちら側の状況も分かるんだが、無いものねだりをしても仕方ないか。
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