第6話 眩しい光景

「兄様、ただいま戻りました」

「……随分と楽しんだみたいだな」


 疲れた表情のジャックは戻って来た二人を恨みがましい目で見ながら話し掛けた。二人はその視線を特に気にすること無く社の中へと入って座った。


「パパっ!!」


 戻る途中で目を覚ましたフレイは、社に着くと真っ先にジャックの元へと走って行き、そのままダイブするように抱き着いた。ジャックももう慣れたもので、飛び込んでくる勢いを殺しつつフレイをしっかりと抱きとめる。


「そうでもなかったですよ。戻る直前には大変不愉快な思いをしましたから」

「それはどこでですか?我々の不手際であれば謝罪しなければなりません」

「あれは……ある意味で貴女方『巫女神楽』の影響力の低下を意味しているのではないでしょうか。どう思います、ラルカさん?」

「――えっ、私?うーん……確かに、あれはどうかなって思った。賄賂、だっけ」

「賄賂?なんだ、つまり金で融通を利かせていた人間でもいたのか?」

「ユーズー?」

「ゆ・う・づ・う、だ。発音はちゃんとしないとダメだぞ?」

「あいっ!!」

「それで、そんな人間に会ったのか?」

「下層と呼ばれる場所にまで足を運んだのですが、そこで、まぁ……不愉快な人間と出会って、いえ……偶然偶々どんな天の采配か顔を合わせてしまいました。ええ、それはもう筆舌に尽くしがたいほどに醜悪な存在と」


 ミルティナの想像していなかった毒舌っぷりに、ジャックとサクラはある意味当然として、一緒に行動していたラルカも目を丸くして驚いていた。さすがに三人の反応に素面ではいられなかったミルティナは、頬を赤く染めながら咳払いをした。


「た、大変見苦しい姿を御見せして申し訳ありませんでした。それほどまでに私としては気分を害した出来事であったと認識していただけると幸いです」

「ママ、カワイイッ!」

「あまりそう言う事を言うものじゃないぞ、フレイ。ミルティナが複雑な表情をしているじゃないか。言われた本人としてはどう反応していいのか迷うから、ああいう時は見守ってあげた方がいい」

「見守るっ!」


 ジャックの言葉を受けてジッと見てくるフレイに、ミルティナはさらに居た堪れない気分になって顔を明後日の方向へ向けていた。フレイの純粋な視線にそわそわするのか、時々だが足が少し動いていた。


 これ以上は妹が可哀想だと思ったのか、ジャックはミルティナを放置してラルカの方へと顔を向けた。フレイはママが気になるのか、ハイハイしながら近付いていた。


「それで、どうしたんだ?」

「――ミルティナが成敗した。加減ナシで」

「加減ナシということは……殺したのか?」

「――ううん。さすがにそこまでは。でも、腰を抜かしてた」

「腰を抜かした、ということは剣でもチラつかせたか?」

「――相手が警告を無視して近付いてきたから、ミルティナが剣を抜いて脅した」

「随分と不用心かつ馬鹿な奴だな。それで?」

「それでも近付いてきたから、今度こそミルティナが剣で斬り捨てようとした」

「……なんとなく想像できてしまうな。それをお前が止めたのか?」

「――さすがに問題を起こすとマズいから、ね」


 苦い笑みを浮かべながらフレイを抱き上げていたミルティナにラルカが視線を投げると、ミルティナはまたしても視線を逸らした。フレイに「ママ?」と声を掛けられても逸らしたままだ。さては、言った当人がやらかしたな?


「名を名乗ってはおりませんでしたか?」

「――言ってたかな?ミルティナは覚えてる?」

「…………いえ、覚えていません。それどころかあの時の記憶は先程羞恥心とともに消し去りました」


 ラルカに話を振られたミルティナは、視線を宙に向けたまま無表情にそう宣った。その姿を見てジャックは哀愁を感じ、フレイはポカーンとミルティナの顔を見上げていた。

 そんな三人を見ることなく、サクラは一人顎に手を当てて考え込んでいた。ラルカは買ったブレスレットを見詰めていた。


「それを買ったのか?」

「――もしかして、ダメだった?」

「いや、別に俺にはお前達の買い物を制限する権利はないからな。買い過ぎない限りは特に何も言わんさ。しかし、珍しい物を買ったな。魔力を感じるぞ」

「――魔力を刻んだ金属を使ったブレスレット」

「ふむ……研究材料として大変興味深いな。後で俺も買いに行ってみるか」

「――なら、案内する」

「ああ、頼んだ」


 ジャックに頼まれると、ラルカは目をキラキラさせて頷いた。ジャックから多少の買い物は許可されたから、おそらく自分もいくつか買うつもりなのだろう。それを分かっていてジャックもお願いしたようだ。


「ミルティナ様とラルカ様が御会いになったのは下層区画。そして商業区ということでしたから、商人なのでしょう。あそこを我が物顔で歩く人間は限られていますので、少し時間を頂ければ特定できるかと。しかし……賄賂ですか」

「競争の中で他者を蹴落とすための手段だな。金が絡むことでは切っても切り離せないものだ。しかし、大概の事例では時間の経過とともに腐敗をもたらす。早急に対処しなければやがては組織や国をも腐らせる要因になる」

「はい……。ですから、早急に調べさせて排除します」


 サクラは沈鬱な表情を浮かべながらも適切な判断を下した。これを冷酷無情と非難するものがいるかもしれないが、三人は一切口を挿まなかった。



 それからは、やって来た給仕役の巫女にサクラが先程の事を依頼している間、五人は給仕役が持って来たお茶とお菓子に舌鼓を打っていた。特にラルカはよく食べて、それを見たフレイも負けじと食べた。そんな二人を茶を啜りながら見ていたジャックが、自分とミルティナ、サクラの分が無くなりそうになって叱りつけたことでようやく競争は終わった。

 ラルカは夢中になっていた事を恥じて、先程のミルティナ同様明後日の方向を向いて茶を啜っている。叱られたフレイは涙を溜めてミルティナの膝の上に座っている。そんな二人を見てサクラは自分の分のお菓子をあげようとするも、ジャックに止められて今は申し訳なさそうにちょこちょこと食べている。

 ジャックとミルティナは何事もなかったかのように自分たちの分のお菓子を食べながら、巫女が戻ってくるのを待っていた。



「はぁ……申し訳ありません。来ていただいて早々に我が国の恥ずべき部分を御見せすることになってしまって。なんと御詫びすればよいか……」

「気にするな。ああいうことはどこの国でも起きることだ。早めに見つかって良かったと思えばいい」

「――関わったのは師匠じゃなくて私達だけどね」

「はて、そんなこともあったような、なかったような……」


 この話には触れたくないのか、ミルティナは記憶を失った体で貫き通すようだ。遠い目をして語る姿に、三人は何も言えなくなっていた。

 ジャックが茶を啜ろうとした時、下駄で駆けてくる音が聞えてきた。予想よりも早い報告に、サクラは訝しげな表情を浮かべながらも入室を許可した。


「大巫女様、先程とは別件ですが、おそらく関わりのある報告があったので参りました」

「なんですか?」

「下層区画に居を構えるイチノセ様より、不届き者が現れた、とのことです。見た目からして旅人だったから、即刻見つけ出した後処刑して欲しいとのことでした」


 この報告を受けサクラはミルティナとラルカをふり返った。ラルカは首を横に振り、ミルティナは明後日の方向を見ながらまだ茶を啜っていた。


「そのような嘆願をわざわざ我々に?」

「相当御怒りであると、神皇様の臣下より言付かって参りました」

「……すでにそこまで腐敗は進んでいた、と」

「そう判断してよろしいかと」


 サクラは目を閉じ、深々と溜め息を吐いてから深呼吸すると、目を見開いてやって来た巫女に伝言を伝えた。


「彼の者にここへ参るように、と。それから、調査を早急に行うよう伝えなさい。これは一刻を争います」

「わかりました。急ぎ伝えて参ります」


 そう言うと、巫女は無礼にならない早さで障子を閉じ、急ぎ足で駆けて行った。


「もうしばらくこちらに滞在してもらっても構いませんか?用が済めばすぐにでも屋敷へ案内させますので」

「関わった以上は責任があるからな。待つさ」

「――買い物は明日……」

「申し訳ありません、兄様、ラルカさん、フレイ。私の不始末でこのようなことに。こんなことならあの場で跡形もなく消しておくべきでした」


 ラルカの落胆に本当に申し訳ない気持ちになったのか、ミルティナは大変物騒な事を言い出し始めてしまいジャックとサクラは大慌てしたが、フレイが思い止まらせた。


「ママ、ケンカはメッ!」

「……そうでしたね。フレイは良い子に育って嬉しいです。ね、パパ?」

「兄をパパ呼ばわりしないでくれるか?まあ、フレイがちゃんと成長できているのは俺も嬉しく思う」

「――師匠デレデレ」

「喧しい」


 茶々を入れてきた弟子にジャックは容赦なくチョップを喰らわせた。 

 和気藹々としている四人を、サクラは眩しいモノでも見るかのように、見えない目で眺めていた。

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