第10話 縁は縁でも因縁

 二人と別れ、一人で街へと向かってみると、逃げ惑う人々と、人々を守るためにその場に居合わせた聖騎士たちと冒険者が頑張って侵略者と戦っていた。

 相手は……骨?それにゴブリンのようだ。他にもリザードマンやガーゴイルにハーピィまでいる。

 ただ、数は多くともそこまで強くはないらしく、ギリギリのところで戦線は保たれているようだ。


 しかし、どうやってこの街の結界を通り抜けたんだ?

 間違いなく、この街には最硬度の結界が張られていたはず。容易には壊せないレベルのモノだ。

 どうやって……


『グググ……こんなところに一人でいるトハ』

「ガーゴイルか。どうやってこの街に侵入した?」

『今から死ぬモノに教えるト思った、カ――』

「――師匠、追いついた」


 一人見晴らしの良い建物の屋上で観察しているとガーゴイルが飛んで来たのだが、突如前のめりに屋上に落下した。痛そうだな~。


「早いな。ヨルハはどうした?」

「――オカマと一緒に前線に向かった」

「そうか。リーンは?」

「――結界の様子を確認しに行ってる。それが済めばこっちに来るって」

「わかった。それで、こいつの記憶を盗み取ることは出来るか?」

「――どうだろう。魔物に使ったことはないから」

「人間には使ったことがあるのか?」

「――なんのことやら」


 こいつ、実は結構ヤバい奴なんじゃないか?

 人に対して平気で魔法を使っていることを考えると、一番危険な気がする。

 喰らったのがヨルハだから問題なかったが………


「――ん。あった。たぶんこれかも」

「どうだ?」

「――嘘」

「どうした?」

「――あの時の吸血鬼がいる」


 まさか、こんな場所で再び対決することになろうとは。


「他には何かないか?」

「――吸血鬼は二人いる。一人は前の時の女。もう一人は男みたい」

「……待てよ。『夜の王』?女王ではなく?」

「――まさか、男の方が危険?」

「恐らく。あの情報が正しければ、ヤバいのは男の方ということになる」

「――師匠はどうするの?」

「加勢しないわけにはいかないだろう。お前はリーンと合流しろ」

「――ん、了解。頑張ってね」

「お前もやれることはしろよ」


 言うと弟子は思いっきり嫌な顔をした。

 いやいや、このままだとお前死ぬぞ?いいのか?

 なんて言わずとも状況は理解しているようで、渋々ながら合流するために移動を開始した。



「さて、まずは気晴らしに大きな一撃でも放つか。〈煌く光 連なる稲妻 降り注ぐ万雷 一は万に 万は一に〉『拡雷電連チェーンスパーク』」


 青天にもかかわらず突如降り注いだ雷は、街に侵入した魔物たちのみを狙って落ちた。

 空を飛んで獲物を狙っていたガーゴイルとハーピィは雷に撃たれて地に堕ちる。

 地を駆け冒険者と切り結んでいたリザードマンは絶命。

 群れをなして聖騎士たちを押し潰そうとしていたゴブリンたちは降って来た一発の雷によって十体が黒コゲに。

 際限なく復活するスケルトンたちは骨を焼かれて灰に帰った。


 ジャックの魔法によって少しずつ状況が好転しかけていたその時――


「――また貴様か」


 ジャックの立っていた場所に漆黒の槍が突き刺さる。槍が飛来していたことに気付いていたジャックは悠々とそれを避け、放ってきた相手を見据える。


「まさか、いきなりボスが出てくるとはな」

「誰よりも貴様が危険だから――なっ!?」

「ダーリンに色目使ってんじゃないわよ、このババア!!」


 ジャックと吸血鬼の女王が話をしていると、どこからかヨルハが駆けて来て女王に斬りかかった。後ろにはティルもいる。


 女王は空中で態勢を立て直してから三人を睥睨する。


「久しぶりね、吸血鬼の死にぞこない。今度こそ確実に殺して――」

「――ルナリア。そいつらが例の危険人物達か?」


 三人の前に新たに一人の男が、蝙蝠が集結することで姿を現した。


「ロード、彼女達――特にあの男が危険です。即時抹殺を進言します」

「そう焦るな。折角愉しめそうな人間がいたのだ。少しは会話を愉しむ努力をした方がいいぞ――さて、初めましてだな、人間たちよ。我は吸血鬼の王、ヴァンパイア・ロードなどと呼ばれている」


 吸血鬼の女王――ルナリアの背後に現れたのは、彼女をしてキングと呼ぶ吸血鬼の王、ヴァンパイア・ロードであった。

 マントを羽織り、長く白い髪を後ろで一つに束ねるその姿は、王の風格に相応しい存在感を放っている。


「ねえ、ダーリン。こいつらは斬ってもいいのよね?」

「なんだ、少しは会話をしようとは思わんのか?」

「魔族と話すことなんてないわ」

「そうか?では、彼女はどうだろう?」

「は?何のこと――嘘でしょ?どうして貴女が……」

「以前の戦闘にて、殺すには惜しくてな。我が魔眼にて隷属させた。なかなかに愉しめたが、残念ながら我の本気を出すまでもなかったよ」


 二人の吸血鬼の側に現れたのは、だった。

 以前の戦闘の時に対峙して敗北してしまい、そのまま隷属させられたようだ。

 今も意識があるのなら、勇者としてはさぞ屈辱に歯噛みしていることだろう。


「ほら、以前の仲間に何か言ったらどうだ?」

「………にぃ…さ、ま?」

「ほう?貴様の妹なのか?」

「分らん。そいつが勝手に言っているだけで、俺には妹がいたなんて記憶はないからな。人質にされたとて加減はしない」

「薄情だな。可哀想な妹だ。折角久しぶりに会えたのに、無下にされたのだから」

「――ロード、危ない!!」

「ふん。この程度で我が傷付くものか」


 ジャックが会話をしている間に奇襲を仕掛けたのはティルだった。

 影から影へとナイフを移動させ、敵の死角を突いたのだが、ギリギリで勘付かれて奇襲は失敗。

 奇襲に気付いたロードは、マントをはためかせてナイフを弾いてみせた。


「無駄話はもういいでしょ。どうやら盛り返してるみたいだし、後はこの二人を倒せば終わりでしょ」

「我らを倒せると言うのか」

「出来るよ。二人なら」

「他人任せかよ」

「だって、僕は基本的に決め手に欠けてるからね。二人に任せるしかないよ。彼女は僕が抑えるから全力でやりなよ」


 ティルがミルティナを抑えるつもりのようだ。

 それならば、とジャックは正面に視線を向けた。


「それが最も効率が良いだろうな、任せるぞ。ヨルハ、お前がロードと戦え。もう一人の方を倒したらすぐに加勢する」

「任せてダーリン! 頑張っちゃうわ!!」

「跪かせて靴を舐めさせてあげる!!」

「ふははははっ! 退屈させるなよ、人間!!」

「に……にぃさまああああああああ!!!!」


 いざ、それぞれの相手と戦おうとしたその時、ミルティナはジャックに向かって疾走。

 ティルが妨害しようとしたものの、枝葉のように軽々と弾き飛ばされてしまい、ミルティナはそのままジャックへと一直線に駆けた。


「くそっ! ティル、お前がそいつをやれ!」

「わ、わかった!!」


 突進してきたミルティナは、突っ込んで来た勢いのままジャックと一緒に、ゆうに30メートルは離れたところにある屋根の上に吹き飛んだ。



「痛てぇな、馬鹿野郎。死んだらどうしてくれんだ」

「にぃさま……にぃ………」

「どんな精神してんだか。俺を認識することは出来るんだな。普通に怖えよ。あいつと良い勝負だな、まったく」

「あ、い…して、る」

「それは以前にも聞いたような気がするな。それで、どうするんだ?俺を殺すのか?」

「にぃ、は……わたし、の…もの」

「俺は誰かの所有物ではないんだがな」


 会話は一応成立している。ただ、見えているのはジャックだけのようだ。

 目は虚ろで視点が定まっているようには見えない。

 理性が働かず、感情に忠実になっているように見受けられる。


「ミルティナ、聞こえるか?」

「にぃさま…?」

「本気で来い。お前の自尊心を圧し折ってやる」

「……にぃさまああああああああああ!!!!!」

 

 ジャックが挑発すると、ミルティナはすぐさま疾走。

 ヨルハよりは少し遅いが、それでも人間の域を超えている。並みの者では目で追う事すら出来ないだろう。ジャックもなんとか追えている程度だ。


 ミルティナは一瞬で間合いを詰めたかと思うと、右手のレイピアを閃かせた。

 それを目でしっかりと捉えていたジャックは、右手に握る魔剣で辛うじて鍔迫り合いに持って行く。体勢は圧倒的にジャックの不利。


「身体能力は向こうの方がやや上か。だが、本当にお前は勇者なのか?」

「ああああああああああ!!!!!!!」


 劣勢であるにもかかわらず、ジャックは更なる挑発をした。

 すると、ミルティナの魔力が尋常ではないくらい増加。挑発は成功したようだ。


「『射貫く七つの光条』」

「クソっ! 問答無用かよっ!! 死ななければ何でもありかっ!!あと魔法は普通に発動できるのかよ!!」

「『狂い踊る炎輪』」

「ふざけろっ!!〈疾く駆けよ〉!」


 さすがに魔法と物理の両方でこられるとマズいと判断し、ジャックは魔法を使って無理矢理に一旦下がる。

 屋上には最初の魔法で穴が空いた箇所と、二つ目の魔法で燃えた木箱があった。

 

 状況は極めてジャックの不利。

 近接戦闘は言うに及ばず、戦闘中の無詠唱高速展開魔法によって徐々にジャックは追い詰められていた。

 今いるのは4つ目の建物の屋上。これまでに二つの建物が崩壊した。

 勇者の全力の一撃をもってすれば一般家屋など容易く吹き飛ぶのだ。


「『唸る竜槍』」


 風の渦が槍となってミルティナを襲う。


「やああああ!!!!」

「おおう、マジか。それでも突進してくるか」


 ミルティナは魔法に動じることはなく、勢いを殺すことなく剣によって槍を切り裂いて走り続ける。


「ふううううううう!!!!!」

「仕方ないか――『無間掩鎖えんさ』」


 路地の陰から黒い鎖が伸びてミルティナを拘束。


「!? あああああああ!!!!」

「もはや野獣だな。人から理性を取っ払ったらこうなるんだろうな」


 建物の上での戦闘は分が悪いと判断したジャックは、街中を駆け回り、路地を利用してミルティナの猛攻を凌いでいたのだ。

 そして、ついに彼女を捕らえることに成功する。

 路地裏の影から浮き出た鎖によって雁字搦めに。

 鎖は一つだけではなく、幾重にもミルティナに殺到する。もはや彼女の姿は見えなくなっていた。


「――師匠、これからどうするの?私達が彼女を監視するの?死ぬよ?」

「彼女が拘束を解いたら真っ先に私達が殺されるんだけど?」


 ミルティナが拘束されたのを確認したラルカとリーンが隠れていた路地裏から現れた。


「リーン、拘束魔法で更に縛り上げろ。馬鹿弟子、こいつの洗脳を解け」

「――本気?」

「分かったわ。〈地を這う茨 咎人の血肉を食め 我が領域を侵す者に報いを〉『茨縄しじょう縛鎖』」

「本気だ。たとえ魔族の強力な魔術であっても必ず解除する方法はあるはずだ。お前なら出来る――嘘だろ?」


 弟子と向き合っていたジャックは、突然生まれた光に顔を向ける。

 するとそこには、無傷のミルティナが浮かんでいた。

 リーンの茨によって更なる拘束を受けたのにもかかわらず、ミルティナはそれら一切をのだ。


「まさかあの目……あいつも魔眼を持っているのか?」


 ミルティナの瞳は青色に輝いていた。


「冗談でしょ……あれは『粛在しゅくあの魔眼』。あらゆるモノを見定める目。だから、あなたの【影の鎖】も、私の【茨】も斬れるモノとして認識して切り裂いたんだわ」

「物質を解析しているのか?」

「深くまでは不可能だけど、今回の場合は彼女の能力に合わせて斬れるモノ、斬れないモノで識別しているんだと思う」

「だからあの時、俺が兄だと分かったのか」


 初邂逅の時、ジャックという存在を確認し、解析したことで自分と同じ何かを発見したのだろう。それが何かは分からないが、そこまで分かるほどに自身の能力を掌握していることになる。


「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「――どうにかして動きを止めないと」


 戦闘能力がない二人は、顔を強張らせながらも何か出来ることはないかと思考を巡らせる。


「……やるしかないか」

「――何をする気?」

「物理を捉えるのなら、物理でなければいいんだろう?なら、やれることはある。その後はお前だ、弟子」

「――ん。任せて」


 このままミルティナが敵に操られた状態では、確実にジャックたちが不利になるだろう。圧倒的な剣技、ジャック以下だがそれでも十分に強力な魔法。ひょっとしたら女王より強いかもしれない。妹の実力を肌身で感じたジャックは腹を括ったようだ。ラルカとリーンも、ジャックの表情を見て覚悟を決める。


 ここがこの戦場の趨勢を決める大一番となるだろう。

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