第9話 馬鹿な姉と阿呆な弟
昨夜は、何もなかった。勇者に夜這いされかけて鎖で縛ったのも、いつの間にか布団の中に潜り込んでいた聖女を〈寝かしつけた〉こともきっと夢のはずだ。
「おはよう。御姉様は……予想通りお前の部屋に行ったみたいだな」
「飼い主ならペットの管理はしっかりしろ」
「いやいや、昨日の時点で飼い主はお前に移っただろう?」
「え…?マジで?」
「飼い主の部屋にペットがいるのはおかしくないだろう?そういうことだから、頑張れ。まあ、侵入者は全て斬り伏せる最強の番犬だから問題ないよ。安心して寝れるな」
最強であると同時に飼い主にとって最恐なんだが…?
斬り伏せた後は飼い主に跳び付いて体を擦り付けようとしてくるんだが!?
「――師匠、寝不足?」
「お前はいいな。一人静かに寝れて」
「ジャック、イリナがお前の所に行かなかったか?」
「おい、ヴェルナ。聖女の手綱はお前が握っているはずだろう?ど・う・し・て、聖女が俺の布団の中に潜り込んでいたんだ!!」
「そ、そんなことをしていたのか!?」
「でも、怒っているということは彼女も縛り付けたの?」
「いや、野獣ではなかったから〈寝かしつけた〉」
「なるほどね。男としては羨ましい限りじゃない?……そう睨まないでよ。それで、二人はまだ部屋に?」
「ああ、起こすと面倒だからな」
「――旦那様、どうして置いて行かれたのですか?目が覚めた時、旦那様の御姿がなく、不安になったのですよ?」
いつの間にか、聖女が背後に立っていた。
自分よりもだいぶ身長が低いからか、子供が朝起きて親がおらず不安で泣いているようだ。俺、未婚なんだが。
そういえば………
「それは悪かったな。あまりにもぐっすりと寝ていたから起こさないように配慮したんだ。それはそうと、どうして『旦那様』なんだ?」
「ああ、それはですね……」
「とりあえず朝食を食べない?腹が減ってしょうがないんだよね」
「それもそうだな」
勇者を除くメンバーで、聖女専用の食堂へと向かった。
どうやら昨日のうちに全員分の椅子を用意してくれたようだ。
朝食はスクランブルエッグとベーコン二枚。バスケットにはトーストやらクロワッサンやらと、パン類がたくさん盛られている。
それなりの量があったはずなのに、一時間もしたら全て無くなってしまった。
勇者の分は残さなくて……いいか。
「それで、これから俺はお前と一緒に教皇に会えばいいんだよな?」
「はい。教皇との謁見にて状況報告。その後、準備をしたのち北に居座る魔族達との戦いに向けて出発します」
「俺達がなんで勇者みたいなことをしないといけないんだ?」
「勇者はいるけどね!」
そこは一応譲らないのがアレの専属メイドとしてのプライドなのだろう。
とてもくだらないし、価値はないけど。
「――魔王が勇者……ぷぷっ」
「それを言えば、魔女なんて呼ばれてるのにその御手伝いをさせられる私はどうなの?どんな皮肉よ」
「ま、まあまあ。リーン姉様が悪い人でないことはこの私がっ!! しっかりと説明してきますので、安心していてください!!」
「そ、そう……あまり誇張しないでね?」
「任せてください!!」
魔女が不安そうにこちらを見てきた。
おそらくストッパー役をお願いしたいのだろうが、知らん。面白くなるようなら放置する。
口角を上げると、魔女は絶望したような表情を露わにした。
ふっ、俺一人に全てを任せるからそうなるのだ。
「――師匠、悪い顔してる。魔王みたい」
「まあ、魔王だからな」
それにしても、俺の今の表情ってそんなに悪く見えるのか?
「朝食を食べたら馬車にて教皇庁に向かいます。すでに謁見の許可は取っていますので、すぐに御会いすることになります」
「面倒だな。早く終わるのか?」
「報告と、教皇からの質問という事を鑑みると……一時間はかかるかと」
「その間、僕らはここで休んでていいんだろう?」
「ええ、どうぞ御自由に。準備はこちらで進めておきますので、皆様は御寛ぎください」
「弟子よ、あの獣が解き放たれてもお前が喰い止めてみせろよ」
ヤツが乱入して来ようものなら、全てが台無しになる予感しかしないからな。
あと聖女も暴走しそう。
「――師匠」
「なんだ?」
「――無理」
「いや、そこは師匠のために頑張ってくれよ……」
「まあ、問題が起きない限りは僕らで適当に抑えておくから、気にせず行ってらっしゃい」
「ああ、お前なら信じられる。頼むぞ、ティル」
「任せておいて」
相変わらずのメイド姿ながら、最も信頼できる姿に少し救われた。なんでオカマが一番頼りがいがあって、最年長の魔女が役に立たないんだよ………。弟子も最近は評価がうなぎ登りだったのにガタ落ちだよ。
「お前だけが頼りだ。頼んだぞ。マジで!」
「ちょっと。私は?これでも最年長なんだけど?ねえ?」
「――師匠、さっきのは冗談。私も頑張るから」
頼りにされていないと気付いた二人が言ってくるがもう遅い。
今回……というか今までで頼れたのはティルだけだ。
「そろそろ時間ですね。行きましょうか」
「粗相のないようにしろよ、ジャック。まあ、私の弟だから多少の事はどうにかなるかもしれないけど」
「そういえば、お前の弟が教皇なのか。………大丈夫か?この国」
「どういう意味だ!!」
「そのままだが?」
「なんだとーっ!!」
いやだって、馬鹿な姉が乙女として崇拝されていることからして、弟もロクでもない可能性は否定出来ないどころか、そちらの可能性の方が高いだろうよ。
「教皇様はまともな方ですよ。ヴェルナがやりたいようにやっているため、彼が尻拭いをしてあげてます。姉思いの良い弟ですよ」
「「「「…………」」」」
「そ、そんな目で見ないでくれっ!! 弟が何をしてもいいと言ってくれるんだ!」
弟の優しさに付け込んだ最低の人間じゃねえか。いや、これでもまだマシな方なのかもしれないな。もっと悪化していたらどうなっていたことか。こいつの親の顔が見てみたいわ。
「甘やかしすぎじゃねえか、これ?」
「――諦めて放任していた可能性がある」
「もしくはシスコンの可能性も……」
「馬鹿な姉に阿呆な弟だったりしたらもはや救いはないね」
「貴様ら好き勝手言い過ぎではないか!?」
「事実だからな」
俺の一言にヴェルナ以外の全員が頷いた。
「さ、さっさと行くぞ! あれでも教皇なんだ。忙しいからな」
イリナとティルまで同意したため反論できず、結果、目一杯抗議の目を向けて先導を再開した。納得していないのは足取りと気配から察せられた。
聖殿から馬車にて三人で移動。道中は謁見時の注意事項等を教えられた。儀礼とか面倒くさいからどうにか出来ないのかね?
「姉だろう?」って投げかけたら、「謁見時はそうもいかない」と言われた。
使えない奴だ。
馬車でも教会までは20分ほどかかった。出迎えたのは司教らしかったが、そこは「光の乙女」。敬語で話し掛けられていた。
俺達の時とは違って敬語を話している姿を見ると違和感しかない。見事に仮面を被っているな。
「まもなく教皇が参ります。今しばらく御待ち下さい」
案内された先は、祭壇で立ち話かと思われたがそうではなく、教皇用の応接室だった。教会なだけあって装飾は華美になり過ぎないように配慮されていた。
つまり圧迫感や居心地の悪さはないという事だ。
三人とも椅子に座って待っている。
三人掛けにはイリナとヴェルナが座っている。
俺はイリナの横に置かれていた一人用の椅子に座っている。
「まだなのか?」
「待て。教皇はそれなりに忙しいのだ。来客を待たせてしまうこともある。これくらいは許容範囲内だぞ」
「だが、聖女様が来てるんだぞ?」
「…………」
さすがにこの事実には閉口せざるを得ないようだ。
ヴェルナが口を開こうとした瞬間、俺達が入って来た扉とは逆の扉から、俺よりもやや背が低く痩せた男が入って来た。
「御待たせして申し訳ない、聖女様。姉上、御無事なようでなによりです。それで、彼が……」
「はい。天使様の預言にあった救世の英雄になる御方です」
「愚弟、お前の力で魔王と魔女の名をどうにかしろ」
「あ、姉上……さすがに私の権力だけでは厳しいのですが」
「やれ」
「ええー。や、やれるだけの事はやるので睨まないでください」
こいつ、弟に対してだけは物凄く強気の態度なんだな。
「俺が魔王だ。聞かれたら不味いからジャックと呼んでくれ」
「私の旦那様です♡」
「いや、そこに関しては俺は認めていないぞ」
「えっ………私では、満足できませんか?」
「言い方に悪意があり過ぎだろう!?」
ヨルハとは別方向で面倒なヤツだな!!
「姉上、彼は本当に魔王なのですか?」
「実力は折り紙付きよ。魔王と言う名もあながち間違いではないわ。魔法に関して、他を圧倒するレベルの技術を持っているから。竜さえ屠ってみせたのよ」
「竜を!?歩く天災を倒せるほどの実力……なるほど、救世の英雄と預言されるだけの力はあるという事ですか。魔王――ジャック殿については魔神の存在を公表するのと同時に訂正しようと思うのですが、どうでしょう?」
「それが一番妥当ね」
「魔女に関しては……正直根深いかと。魔族を追い払ったという功績をもってようやく打ち消せると思います」
「……わかったわ。でも、準備だけはしておきなさい。戻った時に用意出来ていませんでした、なんてのは通じないわよ?」
ほほう……俺の汚名は雪がれるのだな?つまり、もう俺は戦う意味は無いと。
よかったよかった。これであいつらから離れることが出来――
「ダメですよ?魔族を追い払って、ようやく魔王の汚名は雪がれるのですから。ここで離脱は許されません
「……俺の嫁を名乗るのならば、俺の意思を尊重してくれるものだろう?」
「約束を果たしてこそ、です。不誠実は人の最も重い罪です」
「いや、だって俺は一度だってやるとは――」
言い返そうとしたその時、大地が大きく揺れた。
部屋にあった本棚は揺れ、置かれていたピッチャーの中の水は左右に大きく揺れている。
「まさか!」
「あ、姉上!!」
「ジャック様。これは……」
「勇者ではないだろう。魔力を感じる。魔族だ」
急いで教会を出てみると、外円部から煙が見えた。
すでに街に被害が出ているのだろう。
しかし、結界が張られているこの街にどうやって……?
「私は聖騎士たちの所へ向かう! 愚弟、貴方は住民の避難を指揮しなさい! ジャック、手伝ってもらうわぞ!!」
「傍観しているわけにもいかないか。イリナ、お前は聖殿へと向かって仲間たちを呼んで来てくれ」
「わかりました!」
さて、嫌な予感がしてしょうがないぞ。なんというか、因縁を感じる。
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