第11話 兄の意地を見せる時
道の真ん中で、ジャックとミルティナは互いを見据える。
お互いに右手に武器を持ったまま下げ、左手にて即座に魔法を発動できるようにしている。違うのは、ミルティナの人差し指には指輪が嵌められていることくらいだ。
魔法剣士の常識として、利き手に武器を持ち、空いている方の手は魔法を発動できるように何も持たない。
基本的に、魔法の発動は言葉だけで済むが、それを展開する時には手を使わなくてはならない。
武器を触媒にすることも不可能ではないが、魔法剣士同士の戦いでは致命的な隙を作ってしまうことになりかねないため、武器を持っていない方の手を魔法用に空けておくのが常識である。
「カッコつけはしたものの、俺は魔法剣士ではないんだよな」
「にぃ…さま……」
「ただ、妹を助けるために少しくらいは頑張ってみるか」
「あぁぁうぅぅ……『愛憎の炎嗟』」
壁に反射しながら、尖端に刃が付いた六本の鎖がジャックを襲う。反射した壁はあまりの熱量に融けてしまっている。
魔法の発動後、一拍置いてミルティナは空中からジャックに肉薄する。
「怖えよ。なんだ愛憎って。憎まれる覚えはないぞ?」
「あの、女………」
全てを回避して距離を取ると、地上に降りたミルティナは再び剣を構えて前傾姿勢を取っていた。
「いや、そんなこと言われても――なっ!」
「あし……おと、す」
一瞬で間合いを詰めてきたミルティナの剣を、ジャックはギリギリのところで弾く。弾く。弾く。
「おう、ヤベエこと言ってんぞ!『劫焔鳳凰』」
弾いた力を利用して後退しつつ、青い火の鳥をミルティナに向けて放つ。
「じゃ、ま…!『穿つ四刺剣』」
これに対してミルティナは、剣に魔力を纏わせて切り裂く。直後に風を集めて作ったレイピア四本をジャックに向けて放つ。狙いは全て足。
「あぶねえ、なっ!『三叉燕』」
風魔法で足場を作ってギリギリ回避したジャックは、これまた風魔法で作った三羽の燕を三方向からミルティナに向けて放った。三羽は生きているかのように飛翔しながら急襲。
「うぅぅ……『飛来刃』!」
ミルティナは、風魔法で生み出した三枚の風の刃によって撃ち落としつつ、ジャックを、さらに生み出した三枚の刃で攻撃。そして自身も突貫。
「魔法は今のところ互角か。『飛沫黒炎』」
ここで距離を詰められることを良しとしなかったジャックは、黒炎を散弾のように放つことで接近を防ごうとした。
「ふぅぅぅ……『風陣烈火』!」
黒炎を危険と判断したミルティナは、炎を纏う風でもって防ぎつつ突貫を続けた。彼女の炎が黒炎をギリギリのところで防いでいる。
「おおう……二属性魔法か。スゴイもんだ」
「うで、も……おとす」
「足の次は腕かよ!『乱枝岩槍』」
黒炎を無視して突っ込んできたミルティナに驚きはしつつもしっかりと迎撃の準備をしていたジャック。簡単には近付かせない。
「 にぃ、さまは……わたしのも、の」
「ヘンな所だけそのままだなっ!『凶水尖牙』」
地を駆けるだけだったミルティナは、壁を使って立体的に動き始めた。その動きに合わせるように、ジャックは周囲から八本の黒い渦の槍を生み出してミルティナの動きを制限しようとする。
「いま、あのおんな、の……じゅばく、から……かいほうする」
「ありがたい話だが、それで両腕両足を落とされるのは勘弁だ!!」
渦を掻い潜ったミルティナは瞬時にジャックとの距離を詰めて鍔迫り合いに持ち込む。魔法の撃ち合いでは分が悪いと判断しての行動であろう。
「よけ、ないで」
「いや、誰だって避けるだろ」
「『
自身の攻撃を辛くも防ぎきって後退したジャックに対し、ミルティナは光速の一撃を放とうとした……が、魔法は展開されなかった。
「ようやくか。やはり、血の繋がりがあるのかもな。魔眼も含めて」
「ん……はっ!……どうして?」
ミルティナはもう一度魔法を放とうとするが、展開されない。
「言っただろう?俺は魔法剣士ではないと。そもそも、剣の扱いなど十年以上も前のことだ。そんな俺が本気で勝てると思うか?」
「……………」
「この剣は俺専用の魔剣だ。魔法を扱うための剣であって、これそのものは戦うための物ではない」
「……まさ、か」
「察する程度には知能は残っているんだな。そうだ、俺は魔法師。魔法の扱いにおいて他と一線を画す存在だ。相手の魔力を喰らう魔法を持っていてもおかしくはないだろう?」
「っ!」
「気付いたところでもう遅い。今の段階で魔法制御に支障をきたしているようでは、このまま戦うにはあまりに不利だろうな。まあ、逃がしはしないが」
「『風刃乱――』」
「遅いぞ。剣の素人である俺に近付かれるほどに焦っているのか?」
「ぐっ……」
状況を不利と悟ったミルティナは、魔法を放って距離を取ろうとしたが失敗した。ジャックが自らに掛けていた補助魔法によって、一瞬で間合いを詰められて剣の一撃を防いでしまった。
「なぜ剣技で押し勝てないのか、不思議に思っているようだな」
「っ!!」
ミルティナは焦っていた。先程の情報で動揺はあったものの、それを抜きにしてもジャックに接近戦で勝てないのだ。
「簡単な話だ。手本がいるなら真似すればいい。常人には不可能でも、俺ならば動きを模倣して自分用に調整するくらい造作もないことだ」
「っ! ……あの、おんなっ!!」
答えは単純だった。自分で不可能ならば真似てしまえばいい、と。
魔法に精通しているジャックだからこそ出来た事であって、普通の人間には到底思い付かない事ではあるが。
「剣で受ければ魔力を喰われ、離れて魔法を使おうとすれば距離を詰められる。さて、どうする?」
「ぐっ……かはっ!!?」
戦場にあって一瞬の迷いは致命的。
行動の選択に迷ってしまったミルティナは、ジャックの剣の攻撃をまたも防いでしまった。
防いだ直後に膝蹴りを腹部に受けて大きく後ろに飛ばされた。
「そうそう。俺に魔法剣士の常識は一切通じないと思え。俺は口さえあれば魔法を展開できるからな」
「ぐぅぅぅぅ!!!」
ジャックから距離をとってみたものの、取れる手段を奪われ続けてしまい歯噛みするしかないミルティナ。
「そろそろ潮時か。〈結べ〉」
「?……っ!!?」
「これで詰みだ」
場所が悪かったと言うべきか、それとも全てはジャックの思う壺だったという事なのか。ミルティナは路地裏の影に両手両足を縛られてしまった。今度は纏めてではなくバラバラに。
「リーン!」
「任せて!〈巡りて縛れ 廻りて結べ〉『巡廻茨陣』!」
隠れていたリーンから放たれた魔法は、またも茨だった。
しかし、今度は少し違う。
黒い茨には朱の紋様が浮かんでいる。まるで呪われているようだ。
「弟子、守りを剥がせ。その後は俺がやる。一応……〈血の戒めよ〉」
「――〈曝け出せ〉!」
「この呪いの茨も長くはもたないわ! 急いでちょうだい!!」
ラルカの発言にさすがのジャックも苦笑いを浮かべたが、すぐに真剣なものへと変えた。まだまだ油断できる状況ではないのだ。
「――いけるよ!」
「〈暴く光 不正を糾せ〉『
「あ、ああああああああ!!!!!!!」
ミルティナが影の帯、呪われた茨の拘束を無理矢理引き剥がそうとしている。再び瞳が青く光っていた。リーンも必死で抑えようとしているが時間の問題だ。
「まだ暴れるか!!間に合えっ!!」
二重の拘束が解けるかと思われた瞬間、ミルティナの動きが止まった。
「――成功?」
「なんとかな。だが、呪いが解かれたことで意識を失ったようだ。あとは頼むぞ」
「どこへ行くの?」
「ヨルハを助けに行く。おそらく苦戦しているはずだからな」
そう言うと、ジャックは汗を拭って立ち上がると、いまだ戦闘が繰り広げられている方向へ向かおうとする。
「――付いて行くべき?」
「私も行くわ!」
「いや、お前達はティルの――」
「いえ、御三方には私の護衛をお願いします!」
ジャックが振り返って二人に新たな指示を出そうとしたその時、聖女が三人の元へと駆けて来た。護衛は見当たらない。
「――護衛?」
「どこかに行くのか?」
「魔族が現れた、と聞きました。しかも幹部クラスの者が。であれば、勇者に聖剣を託さねばならない時が来たという事。そのためにも皆さんには郊外の聖堂へと連れて行って欲しいのです」
聖剣の名を聞き、三人は一斉に聖女を見た。さすがの聖女も三人の真剣な眼差しを受けて少したじろいだが、なんとか踏み止まった。
「……悪いが、俺は助太刀に行く。二人はミルティナを安全な場所に連れて行った後、聖女を護衛してやってくれ」
「――ファイト」
「ジャック様、御気を付けて。ラルカ様、リーン様。馬は既に用意させてあります。急ぎましょう」
現状があまり楽観できる事態ではないことを察した聖女は、ジャックを引き留めるようなことはしなかった。
「分かったわ。妹さんの事は任せて、思いっ切りやりなさい」
「三人を頼む。〈疾く駆けよ〉」
一度、リーンの膝で眠っている妹を見ると、ジャックは魔法は発動して戦場へと戻って行った。
ジャックが元いた場所では、ヨルハとヴァンパイア・ロードが戦闘を継続していた。しかし、状況はヨルハの不利。左手からは血が滴り、右足からも僅かにではあるが出血しているのが見受けられる。
対してロードは無傷。衣服にも一切の乱れがなかった。
「この程度か、勇者よ。これならば、まだあの娘の方が愉しめたぞ」
「勝手な事言ってくれるじゃない」
「もう終わりにしよう。お前も我が手足にしてやる。喜べ」
「私はダーリン以外の男の物になんてならないんだから!!」
ロードが魔眼を発動しようとしたその時、銀色に輝く八本もの大きな針がロードを襲った。ロードはそれに触れることはせず、回避した。
「――よく耐えたな。『魔を払う聖弾』」
「ぬっ!?――貴様、妹はどうした?まさか殺したか?ならば傑作よなっ!!」
ジャックの放った光魔法の十二発の弾丸は、これまた全て回避されてしまった。
しかし、それも策の内。ヨルハとロードの距離を離し、ヨルハのすぐそばにジャックは降り立った。
「なわけねえだろう、クソがっ」
「では、どうした?まさか、我が隷属の呪いを解いたとでも言うのか?」
「そのまさかさ。解呪に関しては簡単だったぞ。兄妹だからというのもあったが」
ジャックの言葉を受け、ロードは一瞬驚いたような顔を見せたあと、すぐに憤怒の表情を露にした。
「へえ……いつもの余裕の態度はどうした?まさか、人間如きに自分の自慢の呪いが解かれたことに怒っているのか?器の小さい王だな」
「キサマ……っ!! 手足を斬り落とした後、貴様の目の前でそこの小娘を辱めてから殺してやろう! そして、絶望した貴様はその次だっ!!」
「そんな未来は来ない。《破魔聖輝》《疾風迅雷》《斬裂》」
「むっ!?――貴様、エンチャンターか!!」
「魔法師さ。またの名を魔法使いの王――魔王だ」
「貴様には過ぎた名だ!!」
激昂したロードの魔力が増大したのが大気の振動で伝わってくる。怒りに呼応したのか、瞳が真っ赤に染まっている。
「ダーリン……義妹ちゃんは無事なの?」
「お前達のおかげでな。さて、補助魔法を掛けた。これで問題なく戦えるはずだ。頑張れるな?」
「ダーリンの愛があれば、私はいつまでだって戦えるわ!! 元気百倍――どころか千倍よ!!!」
「――あまり魔族を舐めないでちょうだい」
吸血鬼の女王の声がしたと同時に、ジャックたちの側に飛来するモノがあった。
「ティル!?」
「うっ ……だ、大丈夫ですよ、御姉様。まだ……戦えます」
「無理しない方がいいわよ?肋骨が折れているのだから」
「………《輪廻活生》《獅子風迅》」
ジャックの付与によってティルの傷はみるみるうちに消えていった。見ると、ヨルハの出血も止まっており、傷も塞がっていた。
「すまない、ジャック。さっきも言ったけどまだやれる。あのババアは僕がやるから、御姉様とジャックはあいつを倒してくれ」
「任せなさい。……無理するんじゃないわよ」
「ええ、御姉様の御世話係は僕だけですから」
ここが最終決戦。ジャック、ヨルハ、ティルが打倒するか、吸血鬼たちが蹂躙するか。戦いの結末は二つに一つ。街での小競り合いも収拾しかけている。戦いの終わりは刻一刻と近付いている。
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