第三章

第1話 女って怖い

 俺達は二週間かけてようやく聖国の南方区域に入ることが出来た。本来なら一週間で済む道程を、二週間だ。それまでに様々なことがあった。あり過ぎた。



 馬鹿弟子の新魔法で呼び寄せられたのが魔物どもで、馬車を壊されないために駆除をしなければならなくなったり。突進してくる魔物だったから避けるわけにもいかず、全部迎撃することになったのは一種の悪夢だった。いつ終わるのかと軽く絶望したくらいだ。

 次は、川で水分補給のついでに休憩をしていると、なぜか勇者が全裸になって水浴びを始め、水かけで全員をずぶ濡れにしたせいでその日一日服を乾かすために時間を費やしてしまったり。その後にはかけあいという名の魔法の撃ち合いが始まったのは想像に難くないだろう。

 あとは、車内で魔女から逃げていた馬鹿弟子が馬車から落ちて森へと転がり落ちて行って、偶然にも洞窟内に転がり込んで魔物の巣窟に突入していったり。慌てて魔女が助けに行って、弟子と共に魔物どもを引き連れてきた時は、本気で切り捨ててやろうかと思った。

 他には、勇者がいつの間にか採って来ていた山菜のせいで全員体調不良になったり。俺とテイク――オカマのことだ――と魔女が交代で調理を行っており、その日は魔女の当番だったのだが、魔女が目を放した――弟子の姿を見ていたらしい――一瞬の隙に、旅の途中で拾ったキノコを放り込んだらしい。馬鹿過ぎだろ………



 まだまだあるが、本当に散々な目に遭った。まともなのは唯一テイクだけだった。魔女は問題を大きくさせていて役に立ったためしがなかった。


 そんなこんなで、ある意味予定通りに2週間で到着できたことが奇跡だった。ただ、聖女がいる聖国の首都まではさらに一週間ほどかかるが。

 

「しかし、改めて考えると、俺は聖国のことはまったく知らない。誰か詳しく説明してくれないか?」

「私も知らないわ、ダーリン♡ 一緒ね!」

「抱き着こうとするな、鬱陶しい。テイク、お前はどうだ?」

「残念ながら。僕の行動範囲は南方くらいだ。聖国には行ったこともないし、興味もなかったから知らないよ。それに、それこそよく知っている人間に聞けばいいでしょ?」

「だそうだ。別に機密情報を聞いているわけじゃないんだ。教えてくれてもいいだろう?」


 今の旅が始まってからまったく話さない「光の乙女」に話を振ってみたものの、無視してきた。何もしてないのだが。


「ダーリンが聞いてんでしょ、返事くらいしなさいよ! 殴るわよ?」

「な、殴る!? せ、せめて、痕が残らないようにしてくれ……」


 殴られることは受け入れるのか。やっぱり、こいつは………


「魔女、お前なら知っているか?」

「いいえ。私もよく知らないわ。太陽教の総本山である大聖堂が首都にあって、『光の乙女』率いる聖騎士部隊が守っていること。あとは、聖女が大聖堂で毎日礼拝をしていることくいらいね」

「国については何か知らないのか?」

「急いであの国から離れたから、全く情報はないわね」


 困ったもんだ。誰も情報を持っていないなんて。


「……この縄を解いたら話してもいいぞ」

「は?誰がそんな言葉信じると思ってるの?馬鹿じゃないの?」

「わかった。テイク、縄を解いてやれ」

「了解。でも、逃げたらどうするの?」

「そこに番犬がいるだろう?」

「ガウッ!!」


 もはや犬という単語に反応するようになった勇者がいれば、まあ逃がすことはないだろう。変態的な嗅覚と聴覚と視覚を持ってるからな。能力は折り紙付きだ。俺が体験したからな!


「……痕が残ってる。まあいいわ。それで、何が知りたいんだっけ?」

「聖国に関することならなんでもだ。知らずに行って犯罪者にでもされたおちおち観光も出来ないからな」

「――師匠、観光する気なの?」

「いや、だって俺達に使命なんてないだろう?」

「「「「…………(魔王が、観光??)」」」」


 俺と勇者以外の全員が怪訝な顔をしている。俺、何かおかしなことを言ったか?言ってないよな。勇者は満面の笑みでこちらを見ているが、以前のことがあるので信用しない。あの顔の裏には欲にまみれた妄想をしているはずだ。


「何かヘンか?」

「――だって、師匠は魔王」

「魔王が観光とか……」

「魔女の私でも、ねえ?」

「私は何も言わないぞ」


 弟子、テイク、魔女、乙女からおかしな者でも見る目で見られる。おかしいか?


「ダーリンはいつでも素敵よ♡」

「ええいっ! くっつくな! 胸を押し付けるな! 離れろ、この変態!!」


 少し傷付いた表情をしたら、慰めるという体裁で背後から抱き着いてきた。弟子よりは小さいが、それでもそれなりに柔らかい感触があって、運転している最中に急に抱き着かれると大変困る。困るのだ。不意の柔らかさに神経が背中に行ってしまうからな!


「今日はもう暗いし、ここらへんで食事にしないか?」

「そうだな。さすがに疲れた。腹も減ってきたし、今日はもう休もう」

「――賛成。お尻痛い」

「何もしていない奴が文句を言うな」


 今の旅の間、弟子と魔女と勇者と乙女は何もしていない。魔物が現れてもテイク一人で対処している。こいつら、何の役にも立たねえな。


「ここらへんでいいか?川も近いし」


 さすがは俺以外で唯一の常識人枠で、かつ有能な人間。こいつさえいれば他の奴らいらねえ。早速単独で周辺の偵察をして来てキャンプ地を見つけてきてくれたらしい。キッチリ川まで探してくれたようだ。


「すまんな。こいつらが役に立たないばかりに」

「いいよ。もう諦めたし。魔王が働いてくれてるだけマシだと考えてるから」


 男二人、役に立たない女どもを養いながら今日も食事の準備中。


 食材は少し前に国境付近にある村で貰った野菜を干し肉がメインだ。内陸部だから海の物はない。

 お金は、俺が元々魔導院から渡されていた分と、勇者たちが持っている分を合わせたら当分の資金には困らないほどだった。そこにさらに、弟子の旅費と魔女の資産を加えた結果、今のところ全く困っていない。てか、勇者も大概だが、魔女の資産が凄まじかった。この世界で家一個買えるとかどんだけだよ!!

 


 俺の言葉に反対する者はいなかったから、馬車を川の側にある木まで寄せ、調理道具等を勇者とテイクに運び出させた。

 周りの安全確保のために結界を、弟子と二人で張り終えると、魔女とテイクの二人で調理し始めていた。勇者のアホな一件以降、二人一組で調理をすることになったのだ。


「メシが出来るまでの間、聖国の話を聞かせてくれるか?」

「太陽教は約束を破らないわ」

「――どの口が言うのかしら?」

「なに…?」


 魔女の一言に「乙女」が過敏に反応した。ここで険悪な雰囲気を出さないでくれ……。とりあえずだ。


「魔女、調理の途中で目を離すな。勇者がまた何か入れるかもしれないだろう?」

「そうよね、ごめんなさい」

「『乙女』、魔女の発言に一々反応するな。話が進まなくなる」

「分かったわよ……」


 女というのは、一度味わった恨みは決して忘れないというのは本当のようだな。


「それで、聖国ってのはどんな国なんだ?」

「聖国は太陽教を国教とする国だ。国民には週休二日、平日の仕事時間は朝の9時から夕方5時までと法で決められている。首都フリューデンスでは、国民の半分が聖職者だ。この聖職者には聖騎士も含まれる」

「聖騎士か。殺生は禁止されているのか?」

「いいや、宗教によって敵と定められたモノは殺してもいいことになっている。殺しても罪には問われないが、教会で一月の間毎日懺悔をさせられるがな」


 宗教における教典を自由に編纂出来る者の敵は国民の敵となるのか。権力者次第で裁きの対象が決まるとは、なんとも恐ろしく都合の良い国だな。


「他には?」

「聖国最大の誇りは、飢餓による死者はおらず、職にあぶれる者もいないことだ。弱者を見捨てない。さらに、他国からの亡命者も受け入れる」


 真実は残酷なモノかもな。弱者はあらかじめ排除、あるいは隠蔽。飢えて職にあぶれている者は、聖騎士なり自分たちの都合の良い駒に仕立て上げたりしているかもしれない。亡命者は他国の情報を持っている可能性が高いから一時的に助けるだけ。所詮、全ては権力者の道具でしかない。


「今のところ、教典に示されている〈敵〉は魔女と魔王と魔物。犯罪者に他国の兵士・騎士、魔族に通じる者ということになっている」

「俺が含まれているのか」

「太陽教は大陸にある多くの国に存在する。国教に指定している国すらある。それらの国々において、魔王とは悪の権化そのものとして扱われているぞ。ただ……」

「ただ?」

「……魔王のことが記述されている書物は一切ない。それどころか、何を根拠にしているのかも定かでないのだ」

「――魔導院の地位を貶めるための策」

 

 先程まで魔導書を読んでいた弟子が会話に参加してきた。


「なに?」

「――他国は魔導院の研究成果を欲していた。さらに、魔導院に所属する魔法使い、及び魔法師を恐れた。だから、他国は一致団結して魔導院の戦力を削る策に打って出た――ってお爺ちゃんが言ってた」

「その策の一つが、魔王認定?」

「それなら私の方が少しだけ詳しいわ」


 今度は勇者が参加してきた。さっきまで川で石ころを投げて水切りしていたのに。なんだろう、明日は嵐か?


「10年前かしら、いくつかの国の諜報機関が、大陸東部の秘境に魔導院の秘密兵器がいるって話が出たの。初めは誰も信じなくて、調査の名目で冒険者20名くらいを雇ってそこに派遣したの。一年経っても帰還しないから、今度は最も近い二つの国の騎士たちで構成された部隊が派遣されたんだけど、これも一年経っても帰還しなかった」


 10年前……なんか、そんなこともあったような、なかったような……。人間が大挙して押し寄せてきた時が二、三回あったような気がするが、もう随分昔の話だからな………


「――師匠は覚えてないっぽい。遠い目をしながら首を捻ってるから」

「まあ、私達からしたら人生の半分くらいだけど、ダーリンからしたら人生の三分の一くらいだものね」

「俺のことはいいだろう。続きだ、勇者」

「そうだったわ。各国は魔導院の秘密兵器を『魔王』と命名して、人類の敵として国民に流布したの。さらに、討伐した者には褒賞金と王女が贈呈されることになったわ。私たちの意見など一切無視してね」

「――魔導院はこれに対して、魔王への一切の関与を否定するとともに、魔王への諸々の補給を停止した、というのが私の知ってる話」

「聖国もまた、教典に人類の敵と明記して各国に通知したわ。聖国の影響はかなり大きかったはずよ」


 聞けば聞くほど、俺は何もしていないのに悪者扱いされた挙句、魔導院から一方的に支援を打ち切られたとか、可哀想過ぎないか?誰か同情してくれない?ただただ迷惑な話だよ。

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