第11話 このメンバーに平和は似合わない
ガタッ ガタッ ガタッ ガタッ ガタッ ガタッ
旅はやはりこうでなくてはな。のんびりと移動しながら、ゆっくりと流れる自然の景色を眺める。最高の余暇の使い方だ。こんな日々が続けばいいな………
「――師匠、約束。………や・く・そ・く!」
「あら、彼は御者として働いているのだから、私が代わりに一緒に読んであげるわ。さあ、こっちにいらっしゃい?」
「――え、遠慮しておきます。し、師匠、昨日の補助魔法教えて?」
人を隠れ蓑にするな馬鹿。それに胸が当たっているぞ。あと、折角のんびりしていたのに気分が台無しだ。ただでさえ狭い御者台に三人なんて………
「なあ、次の町まであとどれくらいかかるんだ?」
先に御者台で俺の左隣に座っていたオカマが聞いてきた。暑苦しい。
「まだまだだな。半日はかかるはずだ」
「そろそろ食材を買っておきたいんだけどな。持って来てた食材もそろそろ底をつきそうだから」
「もう少し我慢してもらわないとな。さすがに馬ではそこまで早くない」
「もっとこう、伝説の生き物的なのは無理だったのか?」
伝説の生き物を再現しろだと?馬鹿なんじゃないか?召喚魔法はただでさえ、面倒かつ魔力を食うというのに。
「いいか?創造魔法とは言っても、何でもかんでも生み出せるわけではない。生き物であれば、生き物らしさがなければ存在が破綻してすぐに消滅する。魔剣等の物であれば、材質や能力を正確に表現できなければ簡単に壊れる。重要なのは、限りなく本物に近い存在を創るように心掛けることだ。だから、空想の産物ははっきり言って創れない。分かったか?」
「魔王にも不可能はあるってことがよく分かった」
「――師匠、人間は作れないの?」
「無理だ。ついでに言うと、自分の分身であっても創ることは不可能だ」
「――なぜ?」
「人の心は、簡単に変化するからだ。青天の海がいきなり大時化に変わるように、他人が予想だにしない変化をする。そんなものを創造で生み出すなど不可能だ」
「――なるほど?」
「今ので理解出来ないのか……」
俺は自分の事を完璧に把握出来ているとは思えないし、そもそも、自分の事を十全に認識できている人間など存在しない。それが出来ているなら、何をすればどの分野が向上するかなど簡単に予測できるはずだ。
だが、それが出来ていない。俺も随分と世間から離れていたはずなのに、ヴァンパイアに連れて行かれかけた弟子を見て感情的な行動をした。人間らしさなど無いと思っていたのにな。やはり、人間というものはままならない。
「ねえ、ダーリン。これからどうするの?」
いつの間にやら背中に凭れ掛かってきた勇者が唐突に聞いてきた。随分と曖昧な質問だな。
「言っただろう。聖国までこいつを送り届けると」
「ううん、そうじゃなくて、今後の方針。その後はどうするつもり?」
今の勇者は妙に大人しいな。いつもなら抱き着いて来てもおかしくないのに。
「さあな。行ってみないと分からん。無事に国を出れれば今度は魔導院に足を運んでもいい。久しぶりに会ってみたいからな」
「魔導院ね……私は一度も行ったことが無いわ。大きいの?」
「それなりだな。俺のいた城の三倍くらいの広さはあった。ほとんどが研究棟だたがな。俺も一時期はそっちにいた」
「――私は行ったこと無い」
「だろうな。学生ではまず立ち入れないし、一般人も入れない。国の要人くらいだろう、あそこに部外者で入れるのは」
昔、貴族が無断で入ろうとして騒動になったことがあったな。
「そういえばさ、義妹ちゃんのこと心配じゃないの?」
「心配するだけ無駄だろう。お前と互角に渡り合えるのだからな。まあ、お前は本調子じゃないのかもしれないが」
「……気付いてたの?」
「どういうこと?」
さっきまで弟子を熱い視線でハァハァしながら見ていた魔女が、唐突に会話に加わってきた。急に真顔になられると怖いな。
「こいつの武器はあくまで修行用といったところだろう。確かに魔石が埋め込まれてはいるが、そこまで質の良い物ではないのは魔女ならば分かるだろう?」
「ええ、それはすぐに分かったわ。でも、それでも十分なくらいの質よ。なのに、彼女の剣は修行用?」
「全属性魔法を扱うために用意された物だろう。本来、魔剣に複数属性付けるメリットはほとんどない。あえて挙げるならば、魔物の対処に苦慮せずに済むくらいだ。だが、その分耐久力が相応に求められる。耐久力を求めれば、必然的に剣としての質は大幅に下がる」
「なるほど。彼女は剣技の方が優れているのだから、剣としての質を落とすくらいなら、魔石がない方が合理的ね」
魔石なり、宝珠を用いた魔剣は耐久力が求められる。剣としての役割よりも魔法発動のための触媒という意味合いの方が強いからだ。魔剣が生み出されたきっかけは、元々剣を握っていた人間が、魔法を簡単に発動するためだ。
しかし、この世界では、魔剣とはすなわち弱者を意味する。剣の腕が未熟で、けれど前線で戦いたいがために生み出された、苦肉の策とでも呼ぶべき武器。この勇者にこれほど似合わない物はないだろうな。
「そうよ。これはあくまで繋ぎ」
「お前が本当に握るべき剣はどこにある?」
「一本は祖国に保管されてる。他に何本かあって、聖国にも一本あると聞いているわ。本当かどうかは知らないけど」
「なら、好都合だな。道程の途中で必要な物が手に入るのだから」
「でも、簡単には手に入れられないわ。聖女との謁見の後、認められて初めてもらうことが出来るの」
「その条件は?」
「分からないわ。試練を課される事もあるし、見定められる事もあるとしか聞いていないわ。人によってそこは変わるみたい」
その場合、聖女と巫女に関しては、確実に一筋縄ではいかないだろう。それこそ、魔女の首なり魔王の首などと言われるかもしれない。
うわっ、そう考えるとこいつを置いて逃げたほうがいいんじゃないか?
「ダーリンは私を置いて行かないわよね…?」
そんな上目遣いで見られても困るんだが……。お前の本性を知ってしまっているから、今のお前は猫を被っているのが丸分かりなんだよな。それなのにまだ、乙女のように振る舞われてもな。
それに、さっきからちょっとずつ手がこちらに近付いて来ているのは気付いているからな?何をするつもりなんだ?俺は今、馬の手綱を握りながら全員と会話をしていて動けないから、手を出されたら手綱を握って瞬時に馬に飛び移るしかやれることはないからな?
「ん?ジャック、この先で魔物が待ち構えてるみたいだぞ」
「みたいだな。先行して倒して来てくれ」
「僕が?」
「そう、お前が。もしくは後ろで怪しい動きを見せている勇者か」
俺が全く取り合わないと判断すると、実力行使に出て来ようとしている勇者。脳筋過ぎだろ!
「御姉様、少しは身体を動かしてはどうです?ずっと馬車の中にいては身体が鈍ってしまうでしょうから」
「ティンクル……いい度胸ね?」
「少しは役に立つところを見せてもらいたいところだな。今のところ全く役に立っていないのだから。まだ、こいつの方が役に立っているぞ」
「えっ………」
もうわかった。こいつは俺の言葉は無視できないことが。ただし、代償が必要になるがな。俺から代償を提示するか、こいつに奪われるか。そんなの、選ぶまでもないだろう?
「……わかった。行ってくる」
「ちゃんと出来たら頭ぐらいは撫でてやる」
「本当!?」
「ああ、本当だ。だから、さっさと倒してこい」
「行ってくるわ!!」
俺が代償を提示するとすぐに機嫌を直して突撃していった。チョロいな。
「――いいの?あんなこと言って」
「あいつの事は犬とでも思えばいい。命令すればちゃんとこなす。ただ、その見返りに跳びかかって来られたらひとたまりもない。だから、俺の方から報酬を提示して操れるようにすればいいのだ」
「――飼い慣らすつもり?」
「あれほど都合良く動くペットはいないだろう。何より、実力は折り紙付きだ」
「御姉様に対して何という不遜な物言い! 罰が当たるぞ!」
「――確かに。罰が当たりそう」
「そうね。罰が当たりそう」
「どうしてそこだけ取り上げるんだ?」
どうして罰が当たるところを強調するんだ。俺が悪いとでも?まさか。
「ダーーーリンッ!! 頑張ったわ!! 褒めて褒めて!!」
――ぐふっ!? 撫でてやるとは言ったが、誰が抱きついていいと言った!
「離れろ。でないと、頭を撫でないぞ」
「それは困る……はい!」
正面から一瞬で突っ込んできて抱きついたかと思ったら、瞬時に馬車内で正座して待ての体勢でいる。本当に犬のように従順だな。頭をこちらに突き出すようにして待ってやがる。マジか、こいつ……人としてのプライドはないのか?とりあえず、撫でてやるのが先か。体捻じるの面倒だな………(ナデナデ)
「ワオーーーン!!!」
「本当に犬になりやがった!!」
「――どちらかと言うと狼」
「そうね。寝込みを襲う危険性を考えると犬じゃなくて狼よね」
「男を襲う牝狼か。上手いことを言ったね」
こいつら…自分たちは無関係だからとあれこれ言いやがって………
「あら、ティンクル。死にたいの?」
「い、いえ、御姉様。まだ、死にたくないです」
「ダメよ! 可愛い子を虐めちゃ!」
「――し、師匠…なぜか目線がこっちに来たんだけど……」
「だからといって俺を隠れ蓑にするな!」
「ダーリンに胸を押し付けるんじゃないわよ!!」
「子供を怒鳴っちゃダメでしょ!!」
「「…………」」
喧嘩をするなら馬車の外でやってくれよ?中でやられて馬車を破壊されたら復元するのは面倒なんだから………
「はぁ……勇者、ステイ」
「わん!」
「――リーンさん、争いは嫌い」
「ハゥッ!ご、ごめんなさいね、ラルカちゃん。これからは自重するわ。だから、そんな悲しい顔をしないで、ね?」
勇者の制御の仕方はなんとなくわかったが、魔女の扱いは弟子かオカマに任せるか。それらしい趣味の持ち主みたいだから。
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