第2話 ああ、弟子が………
俺にだって血気盛んなときくらいあるさ。若かったんだもの、しょうがないよ。創った魔法を試したかったんだ、人間でさ。人には誰にだって黒歴史がいくつもあるはずだ。俺だけじゃない、俺だけじゃない、俺だけじゃあ………よし、大丈夫だ。少し立ち直れた。
「話を戻そう。それで、他には何かあるのか?」
「各街道沿いにある町や村には必ず教会があるわ。それから旅人であっても、教会を訪れれば必ず一人につき一つのパンと一杯のシチューが約束されているわ。太陽教の最初に出てくる言葉、《他者に優しくあれるように いつでも心にゆとりを持ちなさい》、の教えを実践しているの」
「信者を集めるための宣伝行為みたいね」
魔女が嫌悪感を隠さない表情で吐き捨てた。それに対して乙女は一瞬眉を吊り上げたが、無視することにしたらしい。
「風習や慣習、しきたりなどはあるのか?」
「鐘がなるんだけど、朝の七時、昼の一時、夜の七時の三回、教会で御祈りをしないといけないわ。それから、女性は20歳を迎えるまでは結婚禁止。例外なくね。私は今年ようやく20歳になったからもう結婚出来るわ」
「こんな痴女と結婚する男なんているのかしら?」
「御姉様、あまりそういうことを言ってはいけませんよ。本人はだいぶ気にしているでしょうから」
「内緒話をしてるつもりかもしれないけど、しっかり聞こえてるわよ!!」
「え?聞えるように話してたんだけど?」
乙女は持っていた剣を抜こうとしたが、ギリギリで踏み止まった。片膝を立てた状態で勇者の殺気を感じて引いた、というのが正しいだろう。
「それを言うなら、あなたたちはどうなのよっ! 全員どうせ未婚でしょ!?」
「私にはダーリンがいるもの。ね、ダーリン♡」
「近付くな。見詰めるな。二度と目を見えなくするぞ」
「それはイヤよ! ダーリンを見つめられなくなったら私……記憶に焼き付いたダーリンを再生して興奮しないといけないじゃない!!」
「止めろ! 俺を穢すんじゃないっ!!」
いつも通り暴走した勇者に襲われる魔王を四人は遠目から眺めていた。もはや誰も魔王を助けようとはしていない。魔王が必死に弟子の名を呼ぶも、弟子も魔導書を読むことで無視した。テイクは助けようか悩んだが、一瞬勇者から視線が飛んできて諦めた。他二人は呆れた目をして無視した。
「……二人は置いといて、あとの二人は?」
「――私はまだ16歳。男に興味なんてない」
「私はそもそも出会いが無いもの。だ・れ・か・さ・ん・の、せいでね?」
今度はこちらで火花が散り始める。魔女がジト目を向け、それに対して乙女が睨み返す構図が出来上がった。
「――オカマはいないの?相手」
「あ?ああ……親が決めた婚約者がいたけど、御姉様に付いて行くときに婚約を破棄した。正直興味なかったし。未練もない」
それからしばらく、ハアハアと息の荒い勇者と冷や汗を流す魔王の攻防と、言葉を交わさずに目だけで会話をする魔女と乙女の視線の争いが繰り広げられた。一向に終わる気配がしなかったため、弟子は馬車へと戻って魔導書を枕にして寝て、テイクはせっせと二人分のテントを用意して自分用のテントに入って寝た。
魔女と乙女は、二人が寝てから一時間経ってようやく睨み合いを止め、乙女は木に凭れ掛かり、魔女は馬車に入って弟子の隣で寝た。直後に弟子は最大限魔女から離れて魔法で壁を作ったのち寝付いた。残念そうにしながら魔女も寝た。
勇者と魔王は、結局日が昇るまで逃走劇をしていたようで、魔王は乙女から離れた位置にある木に凭れ掛かり、勇者は川で汗を流していた。危険を察知したのか、勇者が裸になった時点で魔王は這うようにしてテントの中へと急いで入った。
日が昇り、目覚めたテイクが見たのは、隣のテントに入ろうと魔王の結界を必死に破ろうとしている勇者だった。この旅で見慣れたはずだが、テイクはいつもこう思っていた。
「御姉様、そろそろ魔王が発狂しそうなので程々にした方がいいですよ。というか、もう許してあげて!!」
一緒に旅を始めた頃、こういうことが毎晩続き、魔王が見るからに衰弱していたので似たような発言をしたが、勇者は聞き入れなかった。それ以来、テイクは何も言わなくなった。そして、今日も言わなかった。その代わり、少し魔王の手助けをする。その方法は………
「御姉様、朝食が出来たので味見してもらえますか?」
「ええ、いいわよ。………まあまあじゃな――Zzz」
食事に睡眠薬を入れて勇者を眠らせるという方法だ。忍者だけが持つ強力かつ無味の薬を盛るのだ。
「これは御姉様のため。御姉様のため。これは、御姉様を救うため。そう、これは御姉様の威厳を保つためなんだ。だから大丈夫」
テイクは毎回、自分にこう言い聞かせて薬を盛っている。ちなみに、勇者がまったく気付かないのは、飲む前後の記憶諸共消しているからで、普通の人間であれば副作用が出るが、勇者は頑丈なためそのへんは問題ないらしい。
「――御姉様への愛情がスゴイ方向に向かってない?」
馬車から起きてきた弟子は、開口一番そう言った。まだまだ眠そうだ。
「大丈夫、こんな愛情の形もあるはずだ。いや、僕が先駆者になろう。それに人の道を踏み外したわけではないのだから、先程の御姉様よりもマシだ」
「あら、二人とも早いわね。そして……二人はいつも通り熟睡中なのね。昨日もお盛んだったみたいだし、仕方ないわよね」
弟子が起きたからか、魔女も次いで馬車から下りてきた。
一つ捕捉をしておこう。勇者と魔王がお盛んだったにもかかわらず、三人が問題なく寝れたのは、魔王の指導の下、事前にテントと馬車に『
物に付与させるのは、物質の動きを阻害しないように付与する必要があるため、想像以上に難しい。例えば、糸を編んで作られる物であれば、糸同士が擦れる動きを阻害してはならない。でなければ服の概念、服は着ている者の動きに合わせて伸縮する、という意識されない概念を阻害してしまうからだ。物の表出しない概念を阻害する場合、付与魔法の定義が破綻し、付与は発動出来なくなる。これらも合わさって、付与魔法は他の魔法に比べて圧倒的に難易度が高く、扱う者が極めて少ない。
だから、この機会にと魔王は弟子に、修行の一環として付与魔法を教えた。結果は、テント一個をようやく付与できる程度だった。ただ、付与魔法をすぐに扱えるだけでも十分に才能があると言えるが、魔王は鼻で笑った。そして弟子は憤慨したのは予定調和。
「今日もお昼から旅を再開かしら」
「御姉様と魔王が起きるまでは再会できないな」
「――この道を行けば、町があるの?」
「あるわ。旅人ならば問題なく迎え入れてくれるはずよ。私もいるから心配することはないわ」
乙女も起きて来ていた。目のクマから察するに寝付けなかったのだろう。
「――逃げないの?」
「逃げられるとは思わないし、聖都まで連れて行ってくれると言うのなら、一人よりは安心だから渡りに船よ。まあ、一緒にいたくない人が一人いるけどね?」
「あら、文句があるなら面と向かって言ってくれるかしら?それに一緒の空間が嫌なら、馬車から下りて歩けばいいじゃない。今みたいに休憩中ならそこの木陰にいればいいじゃない。顔が見たくないなら見ないようにしたら?」
魔女と乙女はこんな感じで常に睨み合っている。些細な事から言い合いになり、険悪な雰囲気になっては魔王に下位魔法をぶつけられるというのが一連の流れ。しかし、今は魔王は就寝しているため、誰も止める者がおらずどんどん雰囲気が悪化していっている。残された二人は慣れたもので、テイクは調理に戻り、弟子は魔導書の続きを読み始めた。
「……今は何時くらいだ?」
「まだ昼前だよ。今日は少し早めに出発出来そうだね。ちなみに、御姉様はまだそこの木陰で寝てるから安心していいよ」
「――御飯が少し冷めてる」
「そうか。まあ、食えるだけマシだな。用意してくれ……」
魔王はテントから出て顔を洗おうと川に向かおうと思いつつ、二人が見当たらないなと思って辺りを見回すと、二人の姿があった……予想外の体勢で。
「どうして魔女と乙女は木から吊るされているんだ?」
「僕じゃないよ。そっちで本を読んでる根暗だよ」
「あの魔法はどうしたんだ?」
「――これに載ってたから試した。五月蠅かったし」
二人の状況を説明すると、魔女は顔に麻袋を被せられ、体は蛇でキツく縛られてるようだが、苦痛を感じるほどではないようで呻き声は聞こえてこない。
乙女の方は
「そうか。素晴らしい出来だ。だが、出発する時には解放してやれ………いや、あのまま馬車に放り込んでおけ」
魔王は難しい顔をしながらも、一応弟子を褒める方向にしたようだ。
「――了解。まだまだ試したいモノがあるから、ふふふっ………」
弟子は不気味な笑みを浮かべながら木に吊るされている二人を見たので、魔王とテイクは顔を引き攣らせた。
「弟子の教育は師匠の務めだぞ。歪む前に矯正しておけよ」
「その時はその時だ。まあ、こんな奴らに囲まれていてはこうなってしまっても仕方ないだろうがな」
「……僕は手を貸さないぞ?」
「大丈夫だ、任せておけ。教育は得意分野だ」
「……洗脳は教育じゃないからな?」
「俺を何だと思っているんだ?そんな面倒なことはせんさ」
テイクはジトっとした目で魔王を見たが、本人はいたって真面目な顔をしていたのでもう何も言わず、そのまま魔王の分の朝飯を用意し始めた。
その後、勇者は太陽が頂点に来る頃になってようやく目を覚ました。全員(魔女と乙女を除く)で昼食をとった後、再び旅を再開した。旅の最中、魔女と乙女は魔王の言葉通り縛られたまま馬車の中で寝転がっている。
そして、勇者も魔王に縛られて転がっている。両手両足を縛られていることからも、どれだけ警戒しているのかが窺える。あと、目と鼻と口は布で覆われていて、耳にも《静音》を付与した布が被せられている。見る人が見れば、囚人か?、と思わずにはいられないくらいの厳重さである。
事の顛末は、魔王に抱き着こうと後ろから近付いた瞬間、あらかじめ弟子が用意していた魔法陣が発動。しかしそこは勇者、素手で魔法陣を引き裂いてそのまま魔王に抱き着こうとした。だが、流石は魔王で、弟子の魔法陣に加えて自分の魔法陣を二重展開していたのだ。弟子の魔法陣を囮とした三段構えで勇者に対処したおかげで、無事勇者は捕縛されて今に至る。
「流石は魔王だな。御姉様を捕縛してしまうとは」
「人間頑張ればなんでもやれるものだ。たとえ人外一歩手前の怪物相手でもな」
勇者、魔女、乙女の女三人が縄で縛られた状態なので、検問に見られたら誤解されること間違いなしだが、魔王と弟子とテイクはさほど気にすることもなく、流れる風景と天気の話をしながらのんびりしていた。
「なんか、奴隷商人か死体運搬をしている気分だ」
「気にしたら負けだよ。それに、三人とも微妙に喜んでるし」
「――縛られてて当然。世に出すべきではない」
弟子はゴミムシでも見るような目で後ろの三人を見て言った。
少しずつ弟子がやさぐれ始めているようだ、と心配になる魔王とテイクだった。
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