第9話 面倒事は避けては通れない

「さて、こいつをどうするか、だが……」

「――木に縛り付けて放って置けばいいと思う」

「木からぶら下げてエサにするのもありじゃない?」

「私とダーリンを祝福する十字架にするのもありじゃないかしら?ほら、『光の乙女』だし、ちょうど良いでしょ?」

「お前ら、こいつに恨みでもあるのか?」

「「「いや、まったく」」」


 まったく恨みはないのにそんな非人道的なことをよく言えるな。


「彼女が戻らなければ、この場所へ聖十字騎士団が大量に送り込まれるでしょうね」

「そうなればお前は屋敷に居られないだろう?どうするんだ?」

「私も旅について行っていいかしら?」

「私は反対よ! ダーリンの目に毒だから!」

「お前は黙ってろ………わかった。居候させてくれた礼があるしな。あと、弟子の面倒を見てもらったり」

「――師匠、約束」


 そういえば、あとで一緒に魔導書を解読するって約束していたな。


「わかってる。だから、俺は問題ない」

「ありがとう、これからよろしくね。簡単な料理くらいは出来るから、野営の時は任せてちょうだい」

「助かる。俺達はまともに料理できないからな。野営の時は味気ない食事ばかりだったから、これからはまともな食事にありつけると考えると、最も重要な戦力が加わったとも言える」

「――御飯は美味しい方がいいもんね」


 勇者が一回だけ作った劇物鍋はいまだに思い出すだけでも血の気が引くからな。あと、弟子の作った意味不明な味の薄い鍋もなかなかに衝撃的だった。唯一、オカマだけはまともだったことを覚えている。

 俺?俺は菜食主義だから、野菜以外食わない。というか、住んでいた場所が場所だけに肉や魚を取れる場所がなかったので、野菜を植えて育てるしかなかった。


「それで、話を戻してだ。こいつをどうする?」

「逃がしても構わないけど、一度彼女に会いたいから、この子を連れて聖国に行ってもらえないかしら?」

「構わないが、大丈夫か?」

「彼女なら、みすみす娘を見殺しになんてしないはずよ。だから、行きは安全が確保されているようなものよ」

「帰りはどうするんだ?まさか、強行突破なんて言わないよな?」


 さっきから四つん這いで勇者の椅子扱いされていたオカマが突然問いかけた。直後に勇者にケツを叩かれ、弟子が笑った。なんだこのメンバー。


「どうでしょうね。ついでに聖女にも会おうって思ってるから、それ次第じゃないかしら?」

「聖女に会うのは大変よ。それこそ、大司祭にでも取り次いでもらわないとまず会えないわよ。私は勇者ってことで会えたけど」

「まあ、まともな方法では会えないってことだな」

「でも、『光の乙女』なら問題ないはずよ。それほどに影響力は大きいのだから」


 先程から二代目『乙女』が喋らないことを不思議に思う事だろう。しかし、仕方がないのだ。なぜなら、勇者が本当に猿轡を噛ませて正座させているのだからな。


 若干、頬が上気しているのは、決して、縄で拘束されて猿轡を噛まされて正座させられているからとか、そんな理由ではないはずだ。もしそうなら、とんだ変態がいたものだと戦慄することになるだろう………違うよな?マゾじゃないよな?


 微妙に恍惚とした表情になり始めているように見えるが、気のせいということで無視しよう。これ以上変態が増えられても俺が対処するのに困るだけだからな。 


「とりあえずの行動方針は北へ向かうということでいいか?」

「――師匠に従う」

「私はダーリンについて行くだけよ……死の果てまでね♪」


 死してもなお俺を束縛しようと言うのか!! この悪魔め!

 と心の中では思っても口にしない。こいつは俺に罵られたら喜ぶからな。


 しかし、なぜだろう……変態の扱いにだんだんと慣れてきている自分がいる。それはさておき、常識人の魔女がパーティに入ってきてくれてよかった。これからは俺だけでこいつらに対処しなくて済むのだから。

 大丈夫、常識人のはずだ。オカマと馬鹿弟子を見る目が若干アレな気がするが、きっと気のせいだ。俺は疲れている、疲れているんだきっと。究極魔法を使ったからな。



「リーン、馬車を用意出来るか?」

「馬はいるけど馬車は狭いわよ?これだけの人数が移動するとなると。」

「大丈夫だ。持ってきてくれ」

「まあ、いいなら持って来るけど……大人だけ歩くなんてイヤよ?」

「我儘な女ね。ダーリンが持って来いって言ってるんだからさっさと持って来なさいよ」

「貴女は徒歩で十分ね。その熊みたいに太い足があるのだから」

「引き籠ってるからそんな枯れ枝みたいな細い足になるのよ。それと、私の足はそこまで太くないわ」

「「……………」」


 こんなところでも喧嘩するのか……。弟子とオカマの次は、魔女と勇者とは。どいつもこいつもガキか!!

 面倒だったので自分で馬車と馬を連れて来た。


「馬鹿弟子、見ておけ。『打ち出の小槌』」

「――おおー! 馬車が大きくなった! どうして?」

「これも補助魔法だ。お前ならすぐにでも出来るはずだ 」

「――教えて教えて!」


 弟子が珍しく食いついて来た。おそらく覚えていらんことに使うのかもしれないが、覚えておいて損になる魔法ではないからいいか………これは断じて、責任放棄ではないぞ。


「大きくなったのはいいけどさ、強度に問題は無いわけ?」


 どうやら、御仕置きの人間椅子は終わったようだ。一見平静な表情をしているが、よく見ていると無意識に掌を擦り合わせている。勇者は重かったのか。


「そこも問題はない。『万人の箱舟』」

「なるほど、さっきと違って丈夫だ。これなら全員乗っても問題なさそうだね」

「――師匠、ベッドはないの?」

「あると思うか?」

「私はダーリンと一緒に寝れるならそれで十分よ。も・ち・ろ・ん、二人っきりでテントの中、熱い夜を過ごすのも――」

「無いな。そうなるくらいなら立って寝る」

「断固たる決意だな」


 オカマは感心したように言ったが、その横で勇者が睨んでいるぞ。気付いていてあえて無視しているようだ。成長したな。


「ふかふかのベッドはないけど、ラルカちゃん一緒に寝ない?」

「――い、いいです。一人で寝れます……はい」


 何かを感じ取ったのか、弟子が魔女を避けて俺の後ろに移動してきた。


「そう、残念。ティンクル君はどう?」

「僕も遠慮するよ」

「あらあら、お姉さんフラれちゃった。魔王君慰めて?」


 ……こいつは酔ってるのか?


「私のダーリンに近付くんじゃないわよ、この引き籠り!!」

「あら、魔王君に相手にもされない貴女に口出しする権利はないんじゃない?ストーカー勇者さん?」


 またも勇者対魔女の戦いが勃発した。なんだろう、勇者の後ろに龍が、魔女の後ろに虎が見えるぞ。疲れてるのか。きっとそうだろう。そうに違いない。とりあえず、寝よう。


「おやすみ。喧嘩が終わったら起こしてくれ」

「――師匠、それは現実逃避! 二人を止めて。馬車が壊れちゃうから!」

「…………」

「――寝ちゃった」

「打つ手なしだな。僕も寝るよ。おやすみ」

「――あっ……二人とも寝ちゃった。どうしよう……私も寝よう」



 次の朝、目覚めると周りの景色が一変していた。馬車は茨で潰されていて、馬はどこかに逃げてしまったようだ。

 そして、勇者と魔女は互いに距離を置いて倒れて寝ていた。魔力を使い果たしたのだろう。

 最後に、弟子が添い寝していた。オカマも一緒に。結果から言うと、三人で川の字になって寝ていたようだ。


「どうすんだこれ?」

「むー! む、むー!!」


 どこからか声にならない声が聞えたので辺りを見回してみると、乙女が茨の下敷きになっていた。マゾっぽいし本望だろ。二度寝しよ。

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