第8話 想いは時に人を狂化させる

「おい、魔王。どうするつもりだ?残念ながら、僕は竜を相手にしたことはないし、武器も魔法も役に立たないぞ」

「とりあえず、私が仕掛けてみるわ。《戒めよ》」

「ふ~ん。あの茨、切っても再生するのね。それに、魔力を栄養として成長するんだ。魔女にはピッタリの道具ね」

「私が丹精込めて育てた植物よ。道具なんて言わないで」

「あら、ごめんなさい。でも、私には不要だからこれっぽっちも興味がないの」

「女子力がないのね。それじゃあ魔王に振り向いてもらえるわけがないわね」


 なぜ臥竜を目の前にして口喧嘩が出来るのだろうか。

 まあ、一時的にではあるが、茨のおかげで臥竜も身動きが取れてないから問題はないが……いや、問題ではあるか。

 

「オカマ、お前の自慢の剣でも傷付けられないのか?」

「残念ながらね。目でも抉れたらよかったんだけど、キッチリと弱点を守られてるから無理だね」

「そうか……おい、勇者。お前ならば斬れるだろう?」

「ダーリンたらっ、名前で呼んで♡ もしくは……ハニーって。キャッ!」


 この変態は、自身を除く三人が顔を歪めていることに気付いていないようだ。

 どんだけ頭の中がお花畑なんだ。


「こいつは放って置いて……どうする?」

「私の魔法では決定打にはなり得ないでしょうね」

「となると、魔王に決めてもらわないとな」

「そうなるよな。仕方ないか……」

「僕はそうなると……陽動?」

「私は足止めね」



 竜種は物理にも魔法にも強い。それゆえに、竜は災厄と呼ばれる。

 そして、臥竜が空を飛ぶ力を手に入れた時、「龍」となって神と崇められる。


 触れてはならぬ存在。

 舞い降りれば、ただ通り過ぎることを祈り、全てを奪われても恨んではならぬと言い伝えられている。

 現在確認されているだけで「龍」は、海龍・天龍・邪龍の三体。

 今の人類では到底太刀打ちできるような存在ではない。


 「龍」が神と崇められる理由の一つに、魔物を追い払った伝承がある。

 昔々、北方での魔物との戦いのさなか、海に近い戦場だったこともあってか、海龍が現れて魔物を薙ぎ払ったことがあったらしい。口から放たれた大地を裂くほどの威力の息吹――水流によって魔物は跡形もなく消し飛んだらしい。

 どんだけの威力だよ。



 で、今目の前にいるのは、その「龍」になるかもしれない竜。

 息吹ブレスは吐けないし、空も飛べない。

 一度住処を決めると滅多に動かないため、場所さえ分れば脅威にならない。

 相手にするのは楽に聞こえるかもしれないが、実際は違う。

 魔剣であろうと、上位魔法であろうと、その頑強な鎧のような鱗の前には意味を成さないのだ。

 だから、竜の存在が確認された時点でその区域を隔離し、可及的速やかに対処を求められた場合に限り、持てる全戦力を投入して退する。

 そう、撃退という形でしか対応できないのが現状なのだ。


「仕方ないか。エンチャント《風切り鎌》《風来坊》」

「もしかして……付与魔法?」

「陽動するにも脅威として認識してもらわないと意味が無いからな」

「私には無いのかしら?」

「ふむ……エンチャント《領域の支配者》《庭園の主》」

「これは…?」

「簡単に説明すると、前者はこの地を最も支配している者にさらなる力を与える。後者は植物魔法を扱う者に様々な恩恵を与える。使ってみろ」

「わかったわ……《茨よ 縛れ》」

「へぇ~。もう少しで千切れそうだった茨が成長してより強く巻き付いてる。僕の方も試させてもらうね」

「私だけでは臥竜の足並に太くはならないわ。凄いわね!」


 

 付与魔法――他者に魔法による恩恵を与える補助魔法。

 ただし、何でもかんでも付与出来るわけではない。被付与者の持つ属性によって、付与できる魔法は異なる。風なら風魔法、水ならば水魔法といったように、付与できる魔法には限度がある。

 俺みたいに全てを扱えれば全ての付与を行うことが出来るし、付与してもらうことも可能。付与魔法は、術者と被付与者の属性が合って初めて意味を成す魔法だ。

 だから、オカマは風属性を得意とするから風属性の付与を、魔女には土属性と水属性、領域支配の魔法を付与した。


 領域支配は、結界を張っている範囲のことを指す。

 今回なら魔女の屋敷を覆う結界がこれに当たる。

 魔女の結界内において、魔力と結界を強化するという限定的だが強力な付与魔法。条件が課されると、その分能力の上昇率は上がるのだ。



「この結界内ならば魔女もこれまで以上の力を出せるだろう」

「存分に暴れさせてもらうわ。屋敷の塀を壊された恨みを晴らすついでにね!」


 塀を壊したのは『乙女』たちではなかったか…?

 まあ、なんでもいいか。


「勇者、お前にも一応付与しておく。《剛力》《韋駄天》《耐火の衣》」

「ダーリンが私を抱擁してくれてる! ぐふふ……」

「戦えよ。そのための魔法なんだからな」

「あの駄竜に私達の愛の結晶をお見舞してくるわ! 夫婦初めての共同作業が駄竜退治なんて……最高じゃない!!」


 怖い怖い。しばらくはこいつに近付かないでおこう。


 勇者に付与したのは火属性と身体強化の付与魔法。

 勇者と呼ばれるだけあって全属性は扱えるらしい……中級程度だが。

 それに対して、身体能力が異常に高いので身体能力の補助を優先した。


 身体強化の付与魔法に関しても、被付与者の能力次第で増加の幅は大きく変わる。勇者と弟子を比較した場合を想定すると、おおよそ100倍の差が出るだろう。当然といえば当然で、勇者とオカマを比べた場合でも、約10倍の差があるだろう。


 付与魔法の中でも被付与者自身の能力を上げる魔法はかなり難しい。

 術者は被付与者の存在を理解出来ていないとそもそも付与出来ない。

 だから、身体強化は自身で行うことが一般的だ。



「魔王! 時間はないぞ!」

「勇者でも無理か?」

「ダーリンが見つめてくれてる! 期待してくれてる! ふふふ……愛は無限よ!!」

「なんか能力値が軽く5倍以上に上昇したんだが?」

「……あんなことが出来るのは御姉様くらいだ。僕には無理だよ、っと。危ない危ない。尻尾が掠っただけで骨が砕けるからね」

「私の茨では鱗を削るのが限界ね。といっても、すぐに再生されちゃうけど」

「動きを止めてくれるなら、俺は遠慮せずに上位魔法を発動させるとしよう。ついでにあの変態諸共消し飛ばすか」

「御姉様なら喜んで受けるだろうな。そして、多少の怪我だけで生還しそう」

「……容易に想像出来てしまうのが哀しいな。まあいい、倒すことを優先するとしよう。《開闢の光 天地創世の光 迷える者を照らす光 生命の恵たる光 夜空を照らす光 今この時は 敵対者を裁く 光の御柱とならん》 『裁きの光ジャッジメント』」

「「は?」」


 

 天体魔法『裁きの光』。

 天候に関係なく、空から光の槍を落とす魔法。槍と呼んでいいのかは分からないが、とにかく、収束させた大出力の太陽光を対象の直上から照射する魔法。

 対象だけでなく周囲の地形と天候を変える、非常に危険な魔法だ。

 ゆえに、俺は早々に屋敷に戻って耐火結界を屋敷全体にかけて引き籠っている。対象が焼失するまで止まることのない、究極魔法だ。

 というか、天体魔法自体が究極と言える。



 空から一直線に落ちてきた光が消えたのを確認して外に出ると、魔女とオカマが大層不満そうな顔をして立っていた。

 土埃を被ってはいるが、二人とも無傷のようだ。無事で何より。


「――おい、魔王。なぜ一人で逃げた?」

「危険だと分かっているからな」

「せめて僕らには避難勧告をしろよ!! 危うく消し炭になるところだったんだからな!?」

「髪が少し焦げちゃったじゃない。どうしてくれるのよ」

「それはすまなかった。後で何か御詫びをしないとな。髪は女の命、というくらいだ。それとオカマ、言葉には気を付けろ」

「なんだよ。本当のことを言っただけだろ?」

「後ろを見るんだな」

「後ろ?……っ!――さて、魔王。竜の遺体を確認しに行かないか?御姉様もどうです?それとも、二人きりの方がよろしいですか?でしたら、僕がここで周囲の警戒をしておくので、御二人でごゆっくりどうぞ!」


 後ろの存在を察したのか、早口でまくし立ててこの場を逃れようとするとは。

 しかも、俺を勇者のエサにして。許せんな。


「魔法が消えたということは、竜は焼失したということだろう。ならば、確認するまでもない」

「いや、ちゃんと確認しないと――」

「――ねえ、ティンクル」

「はい! なんでしょうか、御姉様!」

「私が言ったこと、覚えてる?」

「な、なんのことでしょうか。最近物忘れが激しくてですね……」

「次はない。そう言ったわよ、ね?」


 お~、怖い怖い。

 今にも鞘から剣を抜かんとしながら迫っている勇者は、さっきの変態と同じ人間には見えないくらい似合っている……似合っているか?

 あれでも一応勇者なのだが。


「お、御姉様……先程の発言は、御姉様を信頼してこその言葉です。決して、死んでも問題ないよね、なんてこれっぽっちも思っていませんよ! 太陽神ルイスに誓って相違ありません!!」

「……次は、容赦なく、斬り落とす」

「心に刻んでおきます!!」

 

 ここ最近は勇者の勇者らしい(?)姿をよく見るな。

 これであの変態性が消えたら、さぞ尊敬されるだろうに。


「――師匠、終わった?」

「ああ、終わったぞ」

「――じゃあ、助けて」

「そうか……は?助けて?」

「この娘を殺されたくなければ、今すぐ馬を用意しろ!」


 おかしいな、ちゃんと縛っておいたはずなんだが………まさか、あの馬鹿弟子が何かやらかしたか?


「ここから逃げられると思っているの?無駄な抵抗はやめ――」

『君達、彼女は渡してもらうぞ!!』

「……誰?」

「確か……聖騎士とか呼ばれてる、聖国の騎士たちですよ、御姉様」


 聖騎士――太陽教の教えの元、光属性魔法を扱える騎士だけが集められた、教会のための騎士たち。

 鎧は真っ白で、甲冑と盾、剣には十字架があしらわれている。


「『光の乙女』様、救援に参りました。今、お助けします。皆の者、付いて来い!」


 役者のようなセリフをよくもまあ恥ずかしげもなく言えたものだ。

 雑魚がカッコつけているようにしか見えない。


「――な、しまった! 人質が!」

「敵を前にして気を抜くなんて、馬鹿じゃないの?」

「――ありがとう」

「どういたしまして。ま……ジャック、本気でやれるぞ」

「ダーリンの手を煩わせるまでも無いわ。伴侶たるこの私が旦那様の敵を排除すればいいだけの話よ。見ててね、ダーリン♡」


 誰が伴侶だ、誰が旦那様だ。寒気がするわ。

 今も鳥肌が立って止まらない……


「フハハッ! 太陽神より賜りしこの力、見るがい――ぶはっ!!」

「目障りだし、不法侵入だから排除させてもらったけど……よかったわよね?」


 問答無用で茨をぶつけるか……。

 しかも、後続の騎馬たちも巻き込まれて、一瞬で部隊が壊滅してパニックになっているではないか。弱すぎだろ。


「それで、さっきの続きといきましょうか、『乙女』さん?」

「今度は縛るだけじゃ飽き足らず、猿轡さるぐつわと目隠しをするつもりでしょっ! この変態鬼畜引き籠り悪魔! この身は汚せても私の心までは穢せないわよ!」


 このアホは何を言っているんだ?

 しかも、俺のことを悪魔だの言ったか?


「へぇ~。心までは…ねぇ。試してみる?」

「やれるものならやってみなさいよ! 太陽神の信徒の力、見せてあげるわ!!」


 変なところで新たな闘いが始まったしまった。

 なぜこうも上手いこと話が進まないのだろうか………変態同士だからか。



 新たな真理。

 趣向の違う変態同士では、話は通じない。

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