第7話 馬鹿と勇者は使いよう

「貴女を殺したところで意味はない。彼女を殺したところであの子は蘇らない」

「殺すなら殺しなさい。辱められるくらいなら死んだ方がマシです!」


 さて、どうするつもりだ?

 それはそうと、左腕の圧迫が強すぎてそろそろ壊死するか折れそうなんだが!?


「ねえ、あの二人は放って置いて、私とイ・イ・コ・ト、しない?」


 こいつは一人頭の中がお花畑のようだ。

 さっきから胸を押し当てたり、下半身を擦り付けて来やがる。盛った犬か!!

 おおぅ、目がヤバい……このままではこの場で押し倒されて、公衆(三人)の面前でヤラれてしまう!!


「おい、オカマ! この頭お花畑勇者をどうにかしろ!!」


 俺が言った瞬間、事情を全く知らない二人が同時に俺の方を見てきた。

 しまったな……完全に忘れてた。



「……勇者?今、勇者って言いましたか?」

「ねえ、あなたの仲間って勇者だったの?」


 二人がそう訊ねてきた瞬間、オカマが額に手を当てて溜め息を漏らした。


「おい、馬鹿。折角隠していたのにバラしたな?」

「……重要な事か?俺の命より! 」

「勇者! この魔女を斬りなさい! 彼女は太陽教、いいえ、人類の敵よ!!」

「私、別に敬虔な信徒じゃないし、人類の敵とかどうでもいいわ。ダーリンの敵なら、誰であっても斬るけど。特に女は念入りに」


( 本当の魔女はここにいたぞ…… )

( 愛の為せる技と言え!――まあ、さすがに僕もちょっと引くけど )


「二人で何こそこそ話してるのかしら?」

「なに、他愛ないことだ。気にせずそのまま『光の乙女』の相手をしてくれ」

「そうです、御姉様。他愛ないことですから、そのままジャックの敵を両断してやってください!」

「……へぇ。名前で呼ぶんだ。へぇ………」


( 急に目が据わったぞ! あれはもう一つのヤバいモードじゃないのか!?)

( ぼ、僕に言われても困るぞ! 御姉様の御機嫌取りをしてくれ!)

( そんなことを急に言われてもな…… )


「ねえ、二人でなに楽しく話してるのかしら。私も交ぜてくれない?」


 顔は微笑んでいるのに目が据わったままだから余計に怖い。

 さっきの性獣モードもヤバかったが、こっちの真剣モードもかなりヤバいな。

 こう……下手なことを言ったら、手とか首が飛びそうなくらい、目がヤバい。

 実はこっちが本性で、いつものあれは油断させるため……とかじゃないのかと思えてきた。


「は、話は後で出来るから、とりあえず、この状況をどうにかしよう、な?」

「将来の話はまた後で……ベッドで交わりながら話し合いましょうね?」


( 魔王、お前って実は凄く勇気ある存在だったんだな。尊敬するよ。自ら野獣に食べられに行くなんて。お前のことは一生忘れない )

( いや、まだ誰も肯定してないんだが……。それと、勝手に喰われることを前提とした話をするな。誰があんな奴と一緒に寝るか )


「痴女のくせに『乙女』なのね。驚いたわ。何人の男と寝たの?」

「下品な話をしないでくれる?出来の悪い『勇者』。貴様もまた、人類の敵。必ずや、光の裁きが下されるでしょう!」

「やれるものならやってみなさいよ。ダーリンと私の愛は何人たりとも侵すことは出来ないわ! 私達は運命の赤い糸じゃなく、魂同士で求めあってるんだから!!」


( お前の魂は既に御姉様の物らしいぞ )

( やめてくれ。穢れるじゃないか、俺の純粋な魂が )

( 魔王のくせに純粋な魂を持っているのか?)


 こいつは人をなんだと思って……魔の王か。

 なんとも簡単なことだ。


( 俺は秘境にある古城で暮らしていた。俺以上に純粋な魂を持つヤツがいるか?)

( 僕も秘境の森で育ったんだけど?)

( 俺は一人だったぞ )

(……なんか、ごめん )


 人に哀れまれたのは初めてだ。

 哀れまれる事自体なかったから。


「それで、あなたは死にたいの?死にたくないの?どっちなの?」

「私は英雄の娘です。誇りがあるんですよ、貴女と違って! だから、辱められるぐらいなら、死んだ方がマシです!」

「誰もあんたなんて欲しくないでしょ」


( 同じ女としては、今の一言はかなり傷付くわね……)

( なんだ、戻ってきたのか )

( 彼女のせいで馬鹿らしくなったの。今更こんなことに我を忘れることが )


 ムキになったことを恥じているのか、若干目元が赤くして視線をこちらに合わせようとしていない。


( でも、仇なんでしょ?)

( 彼女自身は何もしてないわ。彼女の母親には恨みつらみはあるけどね?だから、この場で彼女に怒りをぶつけても意味が無いって気付いたの )

( まあ、お前の判断だ。俺は何も言えないし、他の者にも言う権利はない )

( 御気遣い、感謝するわ )

( 気にするな。事実を言ったまでだ )

( なんか、相思相愛の夫婦みたいだね )

( き、急に何を言うの!?私達は家主と居候よ?ね?)


 オカマに言われた瞬間、目に見えて焦った表情を浮かべ、大袈裟に手を振って慌てて否定した。

 それが逆に意識していたことを如実に表していることを本人は気付いていない。


( そうだ。一時的にここにいるだけで、別にここにずっといるわけではない )


「――ねえ、ティンクル。今、聞きたくない言葉を聞いた気がするんだけど?」

「き、気のせいですよ、御姉様! ええ、気のせいです。どうぞ、そのまま『乙女』をコテンパンにしていてください!」

「――次は無いから」


 怖い怖い。

 今度は瞳が細められて剣呑な雰囲気が伝わってきた。

 殺る気満々なのが伝わってくる――オカマを。



「も、もしもの時は助けてくれよ……?」

「はて、俺は関係ないからな。知らん 」

「裏切るつもりか!?」

「自分の失言だろう?俺に何か言われてもどうしようもないではないか。第一、俺は魔法は得意でも、剣技は不得手だ。相手になるわけがないだろう?」

「彼女に勝てる剣の腕を持つ人なんて、それこそ数えるほどしかいないんじゃないかしら?」


 『乙女』を一方的に倒すような剣士に対抗できる存在か。

 以前に戦って十分に実力は身に染みて知っているからな。

 あんなのがそうそう居てたまるか。


「思い当たるのは一人だな 」

「あれはちょっと……って、そういえばその本人は?」

「知らん。ここには馬鹿弟子と二人だけだ。それはそうと、どうしてここがバレたんだ?結界があったはずだろう?」

「たぶんだけど……何かしらの方法でこの付近まで近付いて、無理矢理結界を突破して来たとしか考えられないわ。茨諸共ね」

「僕達は結界が壊れている隙に侵入してきたんだ」

「だろうな。しかし、どうやって魔女の居場所を突き止めた?」

「……たぶん、私達に関する物を利用して、巫女の探知魔法――『千里眼』で探し出したんだと思うわ。精度の高さで有名だから」



『千里眼』――千里離れた場所であっても捜索対象を見つけ出すことが出来るからその名が付いた。

 一説には、一日が限度ではあるが未来を見ることが出来るとか。



「だけど、『千里眼』持ちの巫女って言えば、大陸南方の神皇国に仕えていて滅多に会えないんじゃなかった?」

「『光の乙女』の要請とあれば、否やとは言えなかったんじゃないかしら。渋い顔はしたかもしれないけど」



 大陸南方にある神皇国。

 あの国の最高意思決定機関は「巫女神楽」で、ようは巫女の集まり。

 神皇――あの国の皇は、神に選ばれた皇として「巫女神楽」から認められた者がなる決まりらしい。

 その決定は絶対で、拒否すれば極刑である死刑に処されるのだとか。

 理由は、不遜にも神の意思に逆らったということで。


 まあ、無駄話は置いといて。「巫女神楽」には簡単に会えるわけではなく、まして『千里眼』の巫女と言えば「巫女神楽」の長たる大巫女。

 王族でも滅多に会えない存在だ。



「僕はあの国は嫌いだ」

「そういえば、お前は南方出身だったな。行ったことはあるのか?」

「何度かね。でも、僕からしたらかなり住みづらい国だったのだけは確かだ」


 随分と苦々しい表情をしているな。

 何か嫌な過去でもあるのだろう……興味はないが。


「どんな風に?」

「封建的って言うのかな。とにかく階級主義で、僕のような外からの人間なんてのはかなり排他的な扱いを受けたよ。順番から言えば、大巫女・神皇・巫女・神職・大名・武士・平民・農民という感じ。で、外から来た者は平民扱いだよ」

「しかし、神皇と呼ばれながら巫女たちよりも立場が下なんだな 」

「あの国は、かつて奇跡を起こした巫女が創ったからね。巫女は絶対的な存在なのさ。誰も逆らえない」

「そこまでの存在なのか?」

「貴方はあの国の創生譚を知らない?神の力を賜りし巫女が、生命が絶えた大地に水を呼び、緑を生み出したという話よ。それがあの国の起源であり、巫女を絶対的な存在たらしめる由縁よ。だから、誰も逆らえない」


 神ねぇ……。

 俺は神を信じないから知らないが、昔の話をいまだに信じ続けるなんて馬鹿じゃないのか?


「今、馬鹿、とか考えたわね?」

「だとしたらなんだ。お前が裁きでも下すか?」

「……絶対に口にしないでね。あの国で巫女と神を侮辱したらタダでは済まないわ。それこそ、不敬罪として死刑ものよ。まあ、神を侮辱して不敬罪に当たるのは聖国も一緒だけどね」


 いるかもわからない存在を毎日崇めるなんて、とてもじゃないが俺には無理だ。

 よくもまあそんなことが出来るよ。見返りがあるわけでもないのに。

 まあ、権力者は自身の地位を確たるものとするために利用しているだけで、民はそんなことも知らず、無駄に時間を使ってとりとめのないことを願うのだろう。

 くだらない。本当にくだらない。


「――し、ししょー!! 何かわからないけど、物凄い勢いでここに接近する物体があるよ!!」

「は?勇者ならここにいるが?」

「じゃなくて! 禍々しい何かが森を駆けて来てるの!!」

「まさか……」

「すぐにでも茨を張り巡らせないと! ティンクル、だったかしら。あなたとジャックの二人で警戒して頂戴」

「わかった。ジャック、手伝ってくれ。――御姉様!」

「聞えてるわ。ダーリン、こいつの事任せてもいい?」

「わかった。『戒めの鎖』」

「くっ……殺しなさい! あなたの慰み物になるくらいなら死んだ方がマシよ!!」


 この『乙女』は何を言っているのだろうか?

 俺は別に取って喰おうなどと思ってはいないのだが………


「――ダーリン?私というものがありながら、そんなアバズレに見惚れた、なんてことはないわよね?ね?」

「まず、お前のダーリンなどではないし、こいつには欠片も興味など無い」

「あ~ん、辛辣! でも、そこがまた良いわ!! ダーリンの言葉が、私の耳を犯し、脳を蕩けさせ、私をダーリン色に作り変えていく感じ! たまらないわ!!」

「……この、体を捩ってクネクネしている変態をどこかに連れて行け!!」

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