第6話 因縁は断ち切れない
「そうだな、何から話そうか――」
「お嬢! 森が騒いでやす!」
「まさか、魔猪!?」
このフクロウ、周辺の森の管理も任されているのか?
案外優秀なのかもしれないな……馬鹿弟子よりは。
「――師匠、失礼な事を考えてない?」
「気のせいだ、気にするな」
こいつ、意外と鋭いな。見かけによらず。
「何がいるか分からないから、確認してくるわ。ミュー、案内して」
「俺も付いて行こう。戦力がいるに越したことは無いだろう?」
「わかったわ。付いて来て。離れないでね?ここに戻れなくなるから」
「了解した。お前はどうする?」
「――戦力になると思う?」
何を当たり前なことを。
「なるわけないな」
「――すぐに肯定しないで。泣くよ?」
「見てみたいものだな、お前の泣く姿を」
「可愛い子を虐めるのもほどほどにね?」
……可愛い?こいつが?
口を開けば皮肉か悪口しか言わないこいつが可愛い?
「――師匠、また失礼な事を考えてる。師匠が知らないだけ。私はこれでも可愛くてスタイル抜群だよ?」
「引き籠りがスタイル抜群?胸に栄養が溜まっただけだろう?」
「――師匠、セクハラ。変態。色情魔」
やはりこいつが口を開くとイラっとするな。
「そろそろ行きましょう。気になるわ」
「そうだな。大人しく御留守番してるんだぞ?」
「――言われなくても。子供じゃないから。見た目も中身も」
「お前の冗談は笑えないな」
「――師匠なんて嫌い」
「ふふっ、仲が良いのね。少し羨ましいわ」
「悪くはないが、良くもないだろう」
リーンと共にミューに案内された場所へ向かうとそこには、甲冑を纏った物々しい一団が待ち構えていた。
「――まさか、こんなところで運命というものを信じることになるとはね……」
「初めまして、になりますね。二代目『光の乙女』です。母に代わって貴女を断罪しに来ました。大人しく投降してください。夫の前で無残に殺されたくは無いでしょう?」
なんと、侵入者はあの『光の乙女』とは……。
タイミングが良いのか悪いのか。
「夫?ふふふっ……違うわ。この人はただの居候よ」
「そうですか。どうでもいいですけど。どうせ魔女と一緒にいるんですから、ロクでもない人間なんでしょう。もしかして、魔女ということを知らずに一緒にいる、なんてことはないですよね?」
初対面の人間に、ロクでもない、なんて言われるとは思わなかった。
それにそんなことを痴女に言われたくはない。
仮にも『乙女』の名を冠する者が、太腿を大胆に見せて、かつ胸元を強調するように開いている服を着るなど……
「よく喋る痴女だな」
「あなたは下がってて。これは私の因縁よ」
「……勝てると思っているのか?」
「勝つ負けるの話じゃないの。『魔女』というもの、彼女と関わった者にとしての切っても切れない因縁なの。だから、私達の手で決着をつけないといけないの」
先程は感心したが、やはり引き摺っているのだろうな。
まあ、そう簡単に割り切れるものでもあるまい。感情というものは。
「人類の裏切り者が! 母の願いを叶えるため、貴女方にはここで死んでもらいます!『光の乙女』の名において命じます。光を遮し者を排除せよ!!」
戦うしかないのだろうな。向こうは魔女狩りに来ているのだから。
仕方ないが、少々痛い目を見てもらって御帰り頂くとするか――なんだ、この魔力は?
「――私のダーリンになに色目使ってんのよ、このアバズレビッチ!!」
「…………は?」
な、なぜ……なぜ、あいつがここにいるんだ!?
「まお――ジャック。驚くのも無理はないが、御姉様だ。考えるだけ無駄だぞ」
それに、いも――間違えたオカマまで来たのか。
考えても無駄ということは、常識はずれの方法で来たのだろう。
探し方も、移動方法も。
あと、ちょっと物語に出て来そうな勇者っぽい登場の仕方だったが、正体がお前達だったことでありがたみが激減したぞ。
「……この人達は?」
「一応……一応ではあるが、仲間だ。たぶん」
そうだよな?仲間だよな?
これで俺――肉体と言ったほうがいいか――を狙って来たとか言ったら、魔女にどう顔向けすればいいんだ。
「このアバズレは私が相手をするから、あんたは周りをやっちゃいなさい」
「わかりました、御姉様」
「手伝うか?」
「いい。お前に手伝われるとあとで御姉様に何を言われるか分かったものじゃないからな。そこの女でも守っていろ」
急に出てきて相手を奪うとは、さすがは勇者。それと御供か。
しかし、オカマの方はどうだ?
まあ、あの勇者(変態)の後を追って来ているのだから無能ではないだろうが、果たしてまともに戦えるのか?
「見くびらないでくれ。これでも御姉様の御供を任されているんだ。御姉様の全てを支えられなければ、御供は務まらない。『影分身』」
ほうほう。世にも珍しい忍術か。
確か、大陸南方にある大きな森の中の秘境でひっそりと暮らしている「忍者」が使うという、魔法に近い事象を起こせる気闘術だったか。
「己の中にある気を用いて闘う」ことから、気闘術と呼ぶらしい。
魔法は、大気に満ちる魔素に、魔法を使う者が持つ魔力を用いて干渉――己の魔力を少なからず混ぜること――し、描いた魔法陣へと集めては自身の求める属性――雷なり水なり――に変質させて発動する。
それに対して気闘術は、己の内に秘めている気――意志が具現化したもの――を利用するらしい。魔法を使えば少なからず体内の魔力は減る――倦怠感――程度で済むが、気闘術の場合、集中力を削られるとか。
先程の「影分身」ならば、自身の影に意志を与え、自律した存在として生み出すもの、といったところか。
おそらく、意志とは言っても自分の過去――経験と言い換えてもいい――を反映した行動しかとれないのだろう。見ていると本体と似た動きをしているから、俺の予測は正しいと思う。
魔法では、ああいった人形のような存在は作るのに手間がかかるため、あまり使い手がいない。
というか、自律した存在を生み出すのは簡単なことではない。行動パターンを作り出さなければならないからだ。
その点、さっきの「影分身」は見事に自律していた。
魔法でも応用できないだろうか……
「この程度であいつを倒そうとか笑わせる。僕以下の時点で話にならない」
思考に耽っている間に全員倒してしまったようだ。
自分で言っていただけのことはあるな。
握っているのはこれまた珍しい得物だ。片刃のナイフ――いや、ナイフよりは長いが、剣と比べるとそこそこ短い。忍者特有の得物、「小太刀」だったか。
それに、刃には微妙に魔法で刻印された紋様が見えたな。
魔法も使える忍者とは。なるほど、あいつの御供なだけはある。
見れば、全員首を斬られて死んでいる。
他に外傷は見られないから、おそらく一撃だろう。
忍者は暗殺者である、と言われているが本当のようだな。
20人近い数の敵を素早く排除するとは………馬鹿弟子よりも優秀だな。
「なんだ、見直したか?」
「ああ、素直に感心した。アレの御守りをさせられているだけのことはあるな」
「……喜びづらい表現をしないでくれ」
「事実だろう?それだけの腕があれば、勇者の首を落とすのも簡単だろう。なるほど、適役だ」
おそらく、万が一の事態になった場合に勇者を殺せる存在が求められていたのだろう。実力で言えば申し分ないだろう……実力は。
「――僕は御姉様を慕ってここにいる」
「だろうな。でなければよっぽどの物好きか、はたまた仕事馬鹿だ。だが、最初はそういう理由で選ばれたんだろう?『無影』」
「っ!……なぜわかった?」
「魔法を使える忍者。そんな者は一人しかいない。四年程前だったか?どこかの国に、夜闇に紛れて人を殺す者が現れたとか。秘境にいた俺の耳にも入って来るくらいには有名だった」
「それで?根拠は?」
「俺は一度だけ、現場に向かったことがあってな。ちょっとした依頼で。その時、現場で証拠を発見した。その刀の魔力と同じ魔力の残滓だ」
そう、本当に久しぶりに外の世界に出てみれば、随分と興味のそそられる案件だったことを覚えている。
確か、八件あった中で唯一最後の現場だけに痕跡が残っていた。
「……そうだよ。あれをやったのは僕だ。それで?捕まえるのか?」
「いや?あいつが認めたのならば、気にすることでもないだろう。それに、あいつの方がよっぽど危険人物だ。お前の手綱がなくなれば、誰もヤツを止められんだろう。そうなれば……考えただけで寒気がしてきた」
「いいの?連続殺人鬼を放って置いて」
「理由はどうあれ、あいつが認めたんだ。それに、さっきの言葉は嘘ではないと判断出来るくらいには人を見る目はあるつもりだ。ならば、気にするだけ無駄だ」
「……ヘンな奴だな」
「貴様に言われたくはない。女装趣味連続殺人鬼め。しかし、迷宮入りしたはずの事件の犯人が、どういった経緯で御供に?」
「簡単に説明すると、事件の直後に御姉様と遭遇して、仕方なく戦って敗北。感動した僕は御姉様に追従するため、御姉様のいる王国へと移動した。その後、御供になるために軍学校に入ってから三年。ついに選ばれた、という話だ。その残滓はたぶん御姉様との戦闘の時のものだろう」
なんと……あれと対峙して感動などというものを覚えるだと!?
あれは感動とは真逆の存在だろう。それと、納得した。
邪魔が入らなければ手掛かりは一切なかったということか。勇者もたまには役に立つんだな。
しかし………
「正気か?」
「あのときの凛々しい姿はいまだにこの目に焼き付いている! あのときは……」
「なんか言った?」
「いえ、いつも凛々しい姿が輝いていますよ、御姉様!!」
「あっそ。ねえ、ダーリン。こいつ殺してもいいの?いいよね。ダーリンに色目使うアバズレなんて生きてる価値ないし」
ヤバいヤバい。
勇者と比肩すると言われた『光の乙女』が一方的に蹂躙されている光景が目の前に広がっていた。
しかも、相手は魔法も使っていたはずなのに、こいつは剣だけで封殺したのだ。
バケモノめ。
「彼女のことは私に任せてもらえない?」
「だれ?」
「この庭の主だ。因縁ある者として、決着をつけておきたいらしい」
「そう。じゃあ、任せるわ」
さて、どのような結末になるのやら……なぜ俺の左腕に自分の腕を絡める?
「将来はこんな庭がある家に住んでみたいわね。ねぇ、ダーリン?」
魔女よりも先にこいつとの決着をつけるべきか?
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