第5話 『茨の魔女』リーン

 翌日、村では何か揉めることもなく、予定通り、魔女の屋敷に拠点を移すことが出来た。諸々の片付けが一段落し、今は魔女が用意した昼食を食べながら、この後のことを話し合っている。


「これからまた、あの魔猪の解剖か?」

「昨日は途中までしか出来なかったからね。今日は内臓の状態を見ようかと」

「俺は手伝おう。結局昨日は何も出来なかったからな。それに、内臓には俺の創った毒が残っているだろう。万が一、魔女に何かあっては手遅れになるからな」


 昨日は魔女からの提案を受けてすぐに村に戻ったから、結局解剖に立ち会うことが出来なかった。

 戻って来た今朝も荷解き――と言ってもそこまで多くの物を持っているわけではないから時間はかからなかったが、それでも午前中は部屋に籠っていた。


「魔王の毒なら私に解毒は無理でしょうね。お願いするわ。それで、御弟子さんはどうするの?」

「――ラルカでいい。さん付けはちょっと……」

「そう。じゃあ、ラルカちゃんはどうするの?また書庫に籠る?」

「――そうさせてもらう。立ち会っても出来ることは無いし」

「わかったわ。なら、またミューに案内させるから」


 ミュー。フクロウの見た目をした二足歩行する鳥の使い魔。

 どうやら羽は太りすぎて使えないらしい。馬鹿じゃないか?


「じゃあ、私達は行きましょうか。こっちよ」




「ここがそうよ。今から準備をするから少し待ってて」


 解剖する部屋は地下にあった。

 一般人が万が一庭に入って来たとしても地下ならば隠せるからか?

 それに程良く湿気っているから腐るのを遅らせるのに一役買っているようだ。

 魔法によって冷凍されているからあまり意味はないか。

 しかし、どうやってあの魔猪を中に入れたんだ?

 入口はどう見ても魔猪を搬入できるサイズではないし。

 かといって、転移魔法陣があるようには見えない。

 一体どうやって中に………あれは―――


「お待たせ――って何してるの?」

「魔猪の搬入口を探していたんだが、この本棚の裏だな?」

「ええ、そうよ。もう限界だけど、この魔猪ならギリギリ入ったわ」


 搬入口はわかった。

 だが、上の入口はどこなんだ?


「入口は裏手にあるわ。そこから入れてるの」

「そうか。しかし、これ以上の大きさのモノはどうするんだ?外に放置か?」

「外にも一応小屋があるから、そっちですることになると思うけど、道具は全部ここにあるから、持って上がらないといけないわね」


 一応外にも小屋があるんだな。

 まあ、盗まれないためとか、他にも理由があって使っていないのだろう。


「無駄話はこれくらいでいいか。それで、どこまで終わったんだ?」

「お腹を裂いて、血を抜いたくらいね。血だけでも検査することは多いもの」

「なら、今日のうちに臓器を取り出すとしよう。まずどれからにする?」

「そうね……じゃあ心臓から―――」




「これで全部か。体は大丈夫か?」

「問題ないわ。毒は吸ってないから。こっちの臓器は壊死してるけどね?」

「仕方ないだろう。俺達としては爪や牙を調べられればそれでよかったのだから」

「別に気にしてないわ。壊死していても毒素を抜くことが出来れば復元は出来るもの。あなたには感謝しているわ」

「……そういえば、今更ではあるがお前の名は?」

「すごい今更ね。私はリーン。リーン・エル・クローク。『茨の魔女』よ」


 魔女。改めて考えると変わった存在だ。魔法を扱えるし、魔術も扱える。

 一体どうやって魔術を習っているのだ?

 それに、特殊な目。魔眼か?謎が多すぎるな。


「私のことが気になる?それとも『魔女』のほう?」

「両方だな。まったく情報のない魔女のことを知る貴重な機会だ。逃す手はない」

「そう。話してもいいけど、一旦ここから出ましょうか。暗いし、血腥ちなまぐさいでしょ?」

「そうだな。そろそろ新鮮な空気を吸いたい」

「休憩にしましょ。意外と魔力を消費したでしょ?」


 色だけかと思ったら、保有する魔力量まで見えるのか?


「その目は魔女特有なのか?」

「いいえ。私だけよ。見えると言ってもオーラの色と量くらい。それから、オーラは滲み出る魔力でしかないから、それだけで保有する魔力量を把握するのは無理よ。だから、あなたのオーラが極端に減ってたから疲れたんじゃないかって推測したの。わかった?」



 地下から上がり、庭へと直接下りられるテラスへと移動してきた。

 今日は天気が良いため、のんびりするならここがいいだろうな。


「さて、聞かせてくれ。魔女とは?」

「ここからは長くなるわよ。始まりは―――」




 魔女の始まりは一人の女性からだった。

 〈彼女〉は魔法使い――のちの魔法師だった。

 正義を胸に、毎日魔物と戦い続けたそうよ。

 そんなある日、〈彼女〉は同胞に傷つけられた魔物を見つけたの。

 瀕死の状態で、すぐにでも治療しなければ数日で死んでいた。

 だけど、〈彼女〉はなんの気まぐれか、その魔物を助けてしまった。

 当然、周りに隠して治療を続け、一月後には失くした片腕が復活した。

 助けられた魔物は最初こそ警戒したけど、〈彼女〉の無償の善意に心を許した。

 それからさらに二月後、魔物は完治し、彼女の元を去って行ったそうよ。


 ここから全ては始まったの。

 

 〈彼女〉は別れ際に魔物から魔術を教わった。

 魔物は自身が知る魔術をなるべく多く紙に書き留め、〈彼女〉に渡した。

 原理は説明できずとも、どのような結果を生み出すかが書き連ねてある紙を、彼女へのせめてもの御返しとして。


 魔物が去った後、〈彼女〉は魔術の研究に没頭し始めた。

 一人、山奥の小屋で一日中魔術の解明をしていたそうよ。

 それからあっという間に5年と過ぎて行った。



 ある時、〈彼女〉の力を借りようと、一人の男が小屋を訪ねてきた。

 〈彼女〉は快く迎え、用件を伺った。男の必死の懇願に折れた〈彼女〉は、男と一緒に様々な戦場に出向くことになる。

 魔物との戦争はもう40年を過ぎていた。

 人々は疲弊し、それゆえに代わりとなる大きな力を持つ者を探していた。

 それが〈彼女〉であり、「私達」だった。



「待て。どういうことだ?魔女の起源はその女ではないのか?何故お前たちが?」

「もう、せっかちね。まだ話は続くんだから待ちなさい。男が焦るなんてみっともないわよ?」

「……すまない。話を進めてくれ」

「わかればいいの。それで―――」



 〈彼女〉と「私達」は、当時最強の魔法使いとして招集された。

 私を含めて7人と〈彼女〉は、星詠みの巫女に選ばれたのよ。

 私達は力を隠していたんだけど、巫女にはバレていたのね。

 「私達」は各地の戦場に派遣され、望まれた通りの結果を出した。

 徐々に人間側が優勢になるかと思われていたわ。

 そんな時、魔神が出現した。


 魔神の登場によって戦争の趨勢は混迷 。

「私達」だけでは人間側の劣勢を覆せなくなった。

 しかし、唯一〈彼女〉の戦場だけは無敗だった。

 「私達」はすぐに〈彼女〉に弟子入りしたわ。

 「私達」に無くて、〈彼女〉にあるものを学ぶためにね。

 そこで教えられたのは、人であれば知るはずのない魔術だった。

 〈彼女〉は事の経緯を事細かに教えてくれたわ。

 その上で、本当で学ぶ気はあるか、と「私達」に問いたの。

 私を含めて6人は学ぶことを決意し、残りの一人は去って行ったわ。



 それから、〈彼女〉の知り得る限りの魔術を教わった。

 最初は抵抗があったし、理解に苦しむこともあったけど、一年も経つ頃にはみんな習得したわ。〈彼女〉から学んだことを活かし、「私達」は戦場に戻って結果を出したわ。

 出し続けた結果、ついに魔神が私達の前に現れた。


 魔神との死闘は一月以上続いた。

 魔神だけじゃなく、幹部――今の魔族――たちも含めての総力戦だった。

 丘だった場所に谷が生まれ、山だった場所は更地になったりしたわ。

 毎日場所を移して戦い続けた。

 そして、ついに魔神と〈彼女〉が相見える時が来た。

 驚いたことに、魔神はかつて助けた魔物だったの。

 でも、互いに背負うものがあったから戦った。

 その果てに、〈彼女〉は自身で編み出した魔法によって魔神を封印したの。

 自らの命と引き換えにね。


 こうして、魔物との戦争も決着がついたわ。、ね。



 戦争を終えて各地に戻ろうとした「私達」は、聖国に招待されたの。戦争への貢献に対して褒美が出るのか、と「私達」は喜んだわ。

 でも、違った。聖国は「私達」を「魔女」と認定して処刑しようとした。

 当然、「私達」は身に覚えがなかったから逃げたけど、「私達」を閉じ込めるために用意されていた結界によって聖国から出ることは叶わなかった。


 そんな中一人が、自身を犠牲にして皆を逃がすことを提案したの。勿論、全員拒否したけど選択肢がなかった。追手は徐々に迫っていた。

 時間がない、と言ってあの子――『荒野の魔女』――は結界に一時的な穴を空けて私達を外へと放り出したの。

 彼女も連れて行こうとしたけど、すでに追手に捕らえられていた。結果として置き去りにしてしまったわ。

 皆で取り返しに行こうとしたものの、結界を破ることが出来ず、追手が来たため私達は散り散りに逃げた。

 その後、聖国の国教である「太陽教」の元、あの子は処刑されてしまった。

 私達は、聖国の名の元に「魔女」と公に認定して指名手配されたってわけ。




「――というのが私から言えることよ」

「辛い過去を語ってくれたこと、感謝する。聞きたいことはいくつかあるが、そうだな……」

「なんでも聞いていいわよ。答えられるならね?」

「まず、聖国でのことに関してだ。密告者がいるな?」

「……ええ。おそらく、去って行った彼女、『光の乙女』よ」

 

 『光の乙女』――勇者と並び有名で、光魔法を扱うが剣の腕もそれなり。

 戦争における勝利の立役者なんて呼ばれているらしい。

 まさか、魔女とつながりがあるとはな。

 今は引退して司教位になって後進の育成に励んでいると聞く。


「許せないか?」

「……ええ、許せないわ。許せるはずがない。私達の大事な仲間を、姉妹を殺したも同然なのだから。……でも、もういいわ。今の彼女を殺したところで意味なんてないもの」


 人は復讐心によって簡単に倫理を破ってしまう生き物だ。

 対象を殺すためならば何だってしてしまう。

 それを時間のおかげもあるだろうが、抑えることが出来た。

 それだけで彼女が立派な人間であることの証明だ。

 目の前にしたら豹変するかもしれないが……


「そうか。それじゃあ、他の魔女は?」

「音信不通が二人ほど。聖国は処刑した、なんて言ってるけど嘘ね。彼女達がそんな簡単に死ぬわけないもの。他は研究しながら生きてるわ」

「そうか。もう十分だ。貴重な時間をありがとう。そして、冥福を祈る」

「ふふっ……まさか、魔王に冥福を祈られるなんてね。きっと驚くんじゃないかしら?」


 しかし、思いがけず面白い話を聞けたな。

 大陸を渡り歩いて他の魔女に会ってみたいものだ。


「さて、私の過去を話したわ。あなたの過去を聞かせてくださいな?」


 なるほど。こちらの情報を引き出すために自らの過去を話したのか。


「つまらんぞ?それでいいのか?」

「ええ。興味があるもの。聞かせて?」



 これから語るのは、俺が物心ついた時から、魔王になるまでの話だ。

 興味がなかったら聞かなくていいからな?

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