第4話 魔王、居候する
「ほう。これほどの魔導書を集めているのか 」
「そうよ。ただ、なかなか集めるのに苦労しているけどね?」
「――師匠、超希少な魔導書や禁書がたくさん 」
「『魔女』であれば見つけることは難しくあるまい 」
「そうね。見つけること自体は簡単よ。でも、簡単には手放してはくれないし、『魔女』とバレれば殺されかけるわ。いまだに『魔女狩り』は続いているから」
「大変だな。俺も、毎日誰かしらが殺しに来ていたから、気持ちが分からなくもない。色んな奴が来たもんだ 」
「御冗談を。私は『魔王』ほど力があるわけじゃないわ。ただ、人より少し長生きで、人より少し魔法の扱いに長けているだけよ」
謙遜だな。
『魔女』は魔法だけでなく魔術の研究もしていると聞く。
俺などよりもよっぽど『魔』に精通しているはずだ。
それに、この研究施設兼住宅にはたくさんの魔法陣が敷き詰められていた。
それだけでなく、家の周囲に生えていた茨は防衛用の設備だろう。
おそらく、庭に咲いていた花もまた、防衛用の植物のはずだ。
誰であれ、庭を彩る植物が攻撃してくるとは思うまい。
魔女だからこそ、思いつく方法だな。
「どうかした?お茶が気に入らなかったかしら?」
「いや、一つ聞きたい。庭のアレらはお前の自作か?」
「……すぐに気付くなんてね。そうよ。ここで研究すると決めた時に、必ず襲撃してくる者が現れるだろうから、必要になると思ってね。でも、なかなか良い出来でしょ?」
「ああ。一見しただけでは気付けないだろう 」
「そう。『魔王』の御墨付を貰ったのなら問題ないわね」
「――師匠、何の話?」
「分からないならいい。気にするほどの事でもない 」
やはり、この馬鹿弟子は気付いていないようだ。
まあ、魔法に精通している『魔女』が作った代物だからな。仕方がないか。
「さて、私はあなたたちが倒した魔猪の解剖に移るわ。あなたたちはどうする?」
「馬鹿弟子には魔導書を読ませておきたい。借りれるか?」
「ええ。それくらいは御安い御用よ。鍵を渡しておくから、書庫は自由にしていいわ。ただし、禁書には触れないでね?」
「禁書の危険性を知っていれば触ることはまずないだろう。な?」
「――馬鹿にしすぎ。ちゃんと教わったから大丈夫 」
「だそうだ。俺は解剖の手伝いをさせてもらう 」
「いいの?」
「そいつの体内には俺特製の毒が入っているからな 」
「なら、手伝いをお願いさせてもらうわね。行きましょう」
「ほうほう。道具は一式揃っているようだな。よくするのか?」
「そこそこね。さっきも言ったけど、私はそこまで強い魔法を使えるわけではないから、普段は魔導書の研究なんかに勤しんでるの。時々、周辺の森の生態調査をしているくらいよ」
嘘ではないのだろう。
確かによくよく観察してみると、戦闘向きには見えない。
魔力も、漏れ出るものから判断すると、勇者(変態)といい勝負といったところ。
「今の森の異変はいつ頃からだ?」
「そうね……ここ一ヵ月くらいかしら。この熊も、元々はここにいない種なのよ。突如現れたって感じね」
「生息域を変えているということか?」
「おそらくね。ここに元いたのは灰狼くらいよ。でも、ここよりも一つか二つ奥の山が狩場になっていたから、少しずつ追い立てられて来たのね」
「……こいつは正直、灰狼の群れに勝てるほどではない。ということは、こいつのボスがいるはずだ 」
「そうね。そもそも、灰狼を喰っていればこんな変質の仕方はしないはずよ。つまり、この子はエサを貰えず、自分で狩れる一角兎を狩って喰っていたことになる」
「こいつが死んでも御構いナシか。だが、先兵がいなくなったということは、新たなヤツが来るだろうな 」
「……群れの規模は?」
「おそらくだが、十頭もいないはずだ。ただ、少なくとも、あと三頭はいると思った方がいいかもしれない」
「そう……これからどうするの?」
「周辺の森の調査だな。とりあえず、今日は一旦村に戻って荷物をまとめて、明日にこちらへ拠点を移そうと思う。構わないか?」
「問題ないわ。滅多にないけど来客用の部屋はあるから。そこを使って頂戴」
「助かる。あとで馬鹿弟子にも伝え――なんだ?」
「し、ししょーー!助けてーー!!」
「あ?」
「へ、へんな生き物がっ! 追いかけて来る!!」
「はあ?変な生き物?」
「……ああ、使い魔のことね。そういえば、伝えておくのを忘れてたわ」
「使い魔?」
“ 御館様!盗人が現れました!”
そこに現れたのは、見た目はフクロウなのに二足歩行し、言葉を話す珍妙な生き物だった。
あと、モノクルが驚くほど似合ってないし、ネクタイも結び方が雑だ。
「この子は使い魔のミュー。書庫の番人なの。教えるのを忘れてごめんね?」
「――――番人?このヘンなのが?」
“ ヘンとはなんだ! この肉体は御館様から頂いた大切なモノなんだ! これ以上馬鹿にするならその頭を突っつくぞ!”
「こらっ! 客人は丁重に扱いなさいって言っているでしょう?焼き鳥になってもいいの?」
“ 御館様、それだけは勘弁を!”
「なら、金輪際、そんな態度をとらないように!」
“ はっ! 申し訳ありませんでした!!”
魔女が怒っている姿にもちょっと驚きを禁じ得ないが、それ以上にこの珍妙なフクロウを創り出したことに意外感しかない。
なぜ、フクロウなのに飛ばない?
走らせるならば他の生き物でもよかったのでは?
「――師匠。私、あいつ……嫌い」
「なに追いかけられて半べそになってんだ。情けない」
「――あんな珍妙な生き物に追いかけられればみんなこうなる」
“ また珍妙って言ったな!”
「こらっ! またそうやって!」
「はぁ……とりあえず、今日は村に戻るぞ。荷物を持って明日、またここに来る」
「――村はどうするの?」
「問題ないだろう」
こうして、俺達は魔女の館に居候させてもらうことになった。
村にいるよりはずっとマシだろうという思いであったが、後日、この行動が結果的に良かったことを知った。
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