第3話 妖艶なる庭主
「この大きさが普通なのか、魔獣というのは」
「――私も見たのは初めて」
その辺に生えている木と遜色ないほどの大きさをしていた。
太さは五本分くらいか?
「じゃあ、どうすれば殺せるのかも知らないと?」
「――普通に魔物を狩るのと同じ。本質は変わってない」
「見た目は明らかに変質しているのに、中身は変わっていないのか?」
「――うん。魔族に近い魔物の場合は中身も変質する」
「ふむ……ただ凶暴なだけの魔猪か。ならば、対処するのも簡単か」
「――ただ、魔獣化した魔物は普通に危険。何を喰ったかで肉体の変化の幅もかなり変わる」
「例えば?」
「――岩トカゲを食べた火熊は硬い外殻を纏った。棘狐を食べた雪虎は体毛が氷の棘へと変質した。つまり、食べたモノによって得る能力は千差万別。岩石亀を食べた火熊には特筆すべき変化はなかった例もある」
捕食した獲物の能力を得る個体もいれば、変化がなかった個体もいるのか。
それと、同じ個体を捕食し続けても同じ能力を得るとは限らない、と。
「――あの魔猪は……わからない。このあたりに生息している魔物も知らない」
「見た目から何かわからないか?」
「――『透析者の観察眼』………私が知ってる猪よりも若干牙が大きい…かな?」
「牙……生息範囲の広い一角兎か?」
「――かも。角を持つ魔物を喰ったから牙に影響を与えた可能性はある」
「考察ばかりしても仕方ないか。あとで検分できるか?」
「――専門じゃないから、牙と骨、あと毛を調べるくらいしかできない」
「十分だ。では、行くぞ」
とにかく足止めからだ。次に仕留める。最後に検分だ。
魔猪がのんきに死肉を食らっている時が奇襲の絶好の機会だ。
「やれ」
「――『夢現』………効いてるけど、暴れ出すから無駄かも」
「かかるなら問題ない。『炎条網』『雷電鎖』」
幻覚を見ている隙に炎で出来た網を魔猪の周囲に広げ、念のために雷で出来た鎖を三つ展開しておく。
「――さすが。『空転』」
「なんだそれは?」
「――力を入れようとしたら、その力を接地面に逃がす魔法」
「恐ろしく限定的だが、強力な魔法だな」
「――攻撃されないからこそできる、かなり集中力のいる魔法。疲れる」
「だろうな。だがよくやった。『風腐絶死』」
魔猪が倒れたから近付いていくと、後ろから弟子が付いてきた。
なんとなく察してはいたのだろう。弟子が若干呆れた声で尋ねてきた。
「――さっきの何?」
「魔法で創り出した毒を風魔法で相手の体内に送り込み、体内から腐らせて殺す魔法だ。毒は常に進化し続けるから解毒は不可能だ」
「――なにそれ超陰湿」
「暇だった時に最強の毒魔法を、と思って創り出してしまった」
「――師匠にも解毒無理?」
「解毒しようと思ったら、受けた段階で体内の空気を焼き尽くすしかないな。それ以外だと……感染した部位を摘出するか、即座に初期の毒を解毒する薬を作るかだな。環境に適応し続けるから同じ毒にはならないが」
「――事実上の不可」
「そういうことだな」
肯定すると弟子が心底嫌そうな顔を浮かべた。
「――私、アレ触りたくない」
「安心しろ、空気感染だ。俺が守ってやるから気にせず作業を開始しろ」
「――状況が違ったら、カッコイイって思ったかもしれない」
「戯言を。早くしろ。何か嫌な予感がする」
安心させるために説明したにもかかわらず、弟子はしばらくの間嫌そうな顔を浮かべていたが、とうとう観念して作業を始める決心がついたようだ。
「――『透析者の観察眼』…………………」
「どうだ?」
「――牙と骨に一角兎の因子を確認。毛は特になし」
「そうか。予想通りではあるが、どうも釈然としない」
「――村から恐れられるにはインパクトが足りない」
「そうだ。この程度ならば対処出来ないはずがない」
「――でも、村人は恐れる」
そこそこ戦える村人を恐れさせる存在。
この付近のヌシなのだろうが、こいつではないだろう。
一角兎を喰っている時点で負け組は確定だ。
こいつ以上にここでヌシとして君臨し続ける魔物か………
「そういえば、他の魔物の因子を見つけられなかったのか?」
「――一番濃い因子が一角兎だった。他は……っ!」
「どうした?」
「――ごくわずかではあるけど灰狼の因子。死骸を食べたくらいの量」
「……灰狼を食べた?」
「――そう分析結果には出てる」
「ありえない。灰狼は群れで行動し、仲間が死ねばその場で喰う魔物だ。死骸が残ること自体おかしいのに、魔猪がその死骸を食べただって?」
「――確かに。この魔猪じゃ灰狼の群れに勝てない。それに、灰狼を倒した魔物が死骸を食べるはず」
「そうだ。この世界において、死骸が残ること自体ありえない」
「――横取り?」
「それもありえる。が、俺は仲間に与えられた可能性が高いとみている」
「――魔猪が……群れ?」
群れをなす魔獣など聞いたことがない。あれらは周りのモノも喰らい、その身一つで生き残ってきた存在。人であろうと魔物であろうと構わず襲い、喰らう。それが魔獣というものだ。
ただ、先程の魔獣はなりたてで弱かった……なりたて?
魔獣は、基本的に10年以上生きた個体が生存競争の果てに辿り着く領域と言われている。
例外はあるだろうが、弱い魔物が魔獣になれるものか……?
「――師匠、誰か来る」
「――初めまして。私は『魔女』なんて呼ばれてるわ。よろしくね。それで、早速で悪いのだけど、そこの魔猪を頂いてもいいかしら?」
「……なぜだ?」
「それを解剖して研究の糧にするためよ」
「欲しければくれてやる」
「あら、あっさりと渡してくれるのね。渋ると思ってたわ」
「俺達には不要だからな。処分してくれるなら持って行ってもらって構わない」
「なら、ありがたく頂戴するわね。……少し興味があるから私の家に来ない?」
「……興味をそそられる物はあるか?」
「ふふっ。魔法に携わる者ならきっと興味を惹かれるわ」
『魔女』――それは異端者の烙印。
俺の『魔王』のように、ルールから逸脱してはいないが潜在的危険性から、世間から隔離されて名前を付けられた者もわずかだがいる。
しかし、魔女は違う。
魔族に加担した者、禁忌の領域に手を出した者など、理由は数多あれどルールに反した、魔法に携わった者達なのだ。
つまり、魔女とは人類の敵という認識だ。
「まさか魔女の生き残りがいるとはな」
「私は『魔女狩り』が起こる前に山奥に逃げたから無事だったのよ。まあ、もう仲間の『魔女』は3人くらいしか残っていないけれど」
「俺の方が希少だな」
「――師匠、誇ることじゃない」
「あなたも異名持ち?」
「『魔王』だ」
「っ! どおりで、今まで見たことのない魔力だと思ったら……」
「魔力が見えるのか?」
「ええ。私はそういった方面の研究をしているの。たとえば……あなたからは《黒》の魔力を感じるわ。おそらく、全属性の魔法を使えるんじゃない?」
「ああ、『魔王』と呼ばれるだけあって、魔法に不自由したことはない」
「でしょうね。あなたの御弟子さんは……え?」
なんだろう。それほどまでに予想外のものが見えたのだろうか?
「――?」
「……《無色》?」
「それはなんだ?」
「一切の属性魔法が使えなくて、唯一補助魔法のみ使えるってこと。まだ魔法に目覚めていない、赤ん坊から3歳までの子供にしか見られないはずだけど……」
「ぷっ…赤ん坊……ふ、ふふっ…3歳……」
「――師匠、馬鹿にしすぎ」
「いや、誰だって笑うだろう?赤ん坊レベルって」
「――殴りたい」
「やるか?3歳児」
「――カチンときた」
「喧嘩はそのくらいにして。着いたわ。ようこそ、私の家へ」
着いた場所は――なんと、一面綺麗な花咲く庭がある屋敷だった。
どうやら認識阻害魔法と擬装魔法による結界で隠していたようだ。
「魔女だもの。これくらいは出来て当然でしょ?さ、入って入って。お茶でも飲みながら話を聞かせて頂戴」
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