第2話 狂気の波動

「誤解が解けたようでなによりだ」

「すまなかったな。どうにも群れの長のように見えたもんで」

「――ぷぷっ……狼の群れの長…ふふっ……」

「諸悪の根源が何笑ってやがる!!」

「イタッ! 師匠、殴るの反対!!」

「少しは反省しろっ! 普通に危なかったんだからな!?」


 魔法の特性上、術者及び仲間の姿が見えなくなるとはいえ、俺達は走り回る群れのど真ん中。魔法が解けて襲われたらひとたまりもない。


「――大丈夫。三日は持続できるから」

「そういう問題じゃない! あの魔法は、! あれじゃあ、倒しきらないと延々魔物が引き寄せられるだろうが!!」

「――師匠なら大丈夫。天才魔法師だもんね」

「……あんたも大変だな」

「魔法は優秀なのに使い手がアホすぎて笑えない……」

「――逃げればよかったと思う」

「お前を置き去りにすればな!!」

「――――ナイス、師匠」


 こいつは本当にアホだ。

 魔法を作ることが出来るくらい知識は豊富なのに、行動する上で当たり前のように身につけておかないといけない、戦場の常識というべきものが一切ない。

 つまり、状況判断が出来ていないのだ。


「お前は常識がないな」

「――師匠は女運がない」


 何かを言えば皮肉で返してくる。こいつ、よく今まで生きてこれたな。

 そこだけは感心するよ。


「さっきは助けてくれてありがとう。この馬鹿弟子のせいで大変な思いをしていたからな。あのまま助けてもらえなかったら本当に三日間あそこで暮らさなければならなくなっていただろう」

「ははは……まあ、村の周りにいた魔物を倒してくれたからな。感謝したいのは俺達の方だ。ありがとう」

「……気付いていたのか?」

「さすがにな。あの場は急いでたのもあってあれ以上は追求するつもりはなかったけど、あの現場を見ればな………」

「まあ、わかるか」

「――師匠は嘘がヘタ」

「………」

「~っ!暴力反対!! チョップ反対!!」


 こいつは………。

 何かするたびに問題を引き起こしている自覚がないのか?

 

「なんかムカついたからな」

「まあまあ、とりあえず今日はゆっくりしてくれ。親父にも話してあるから、何かあれば言ってくれ。恩人には礼を返さないとな。ここにいる間はこの部屋を好きに使ってくれ」

「何から何まですまないな。数日もすれば出て行く」

「急かしたつもりはないよ。旅人が来るなんてなかなか無いからな。本当に、ゆっくりしてくれて構わないよ。まあ、旅の話を聞かせてくれると嬉しいけど」

「すまないな。それじゃあ遠慮なく泊まらせてもらうよ。その代わりと言ってはなんだが、魔物が出れば対処しよう」

「そうか。手伝ってくれると助かるよ。俺達はさっきの狼系の魔物くらいしか相手に出来ないからな」

「……さっきのヤツ以外も出るのか?」

「本当に極稀だけどな。来たら……誰か一人が惹きつけるために外に出なくちゃならないくらいにはヤバい。でも、ここ十年は見てないよ」


 つまり生贄か。しかし、一人分で足りるのか?

 いや、足りなければ満足するまで提供するだけか。

 だから、やけに静かで若者が多い村だという印象を受けたのか?


「そうか。なら、そいつが出たら任せてくれ」

「――師匠。もしかして、私も?」

「当たり前だ。宿とメシを用意されて、のうのうとしてられると思うなよ?」

「――私戦えない」

「安心しろ。俺に考えがある」

「――囮は嫌、だよ?」

「はぁ……お前では囮にもならんだろう?」

「――凄く複雑な気分」


 囮にされないだけマシだと思ってもらおう。

 本当に役に立たないならそうせざるを得ないがな。





 夜が明けようとしていた時、突然それが姿を現した。

 まるで、人の生活習慣を理解しているかのように。


「――師匠」

「分かっている。これが言っていたヤツか」

「――たぶん……猪かも」

「雑食だな。しかし、人を食うのか。初めて聞いたぞ」

「――魔獣化してるのかも」


 魔獣――魔物のなかでも、長く生き残っている個体があるゆるモノを食べて変質した怪物。退治するには騎士団に所属するくらい腕の立つ者が20人ほど必要。

 勇者ならば一人でも勝てるかもしれないが……魔法使いだけでは自殺行為だ。

 ましてこちらは2人。本来ならば勝ち目は皆無。


 しかし、俺達ならば話は別だ。

 俺は攻撃魔法と補助魔法を扱え、馬鹿弟子は補助魔法に特化している。

 役割分担をしっかりすれば負けることは無いだろう……たぶん。


「俺が先行して幻惑魔法をかける。効かなければお前は他の魔法に切り替えろ。効くのなら『夢現』だ……失敗するなよ?」

「――今度は失敗しない」


 こういうセリフを吐く時は大体失敗する。

 もうなんとなく察してきた。


「行くぞ。なるべく村から離れた場所で戦いたいからな」

「――ファイト、師匠」

「こういう時は勇者がいてくれると楽なのだろうな」

「――呼んだら来るかもよ?」

「やめてくれ。洒落にならん」


 言ってすぐに後悔したほどなのだからな。

 今さっき、一瞬だが悪寒がしたぞ。


「――師匠、鳥肌が」

「きっと気のせいだ。もしくは戦う前の武者震いだ」

「――声が震えてるよ?」

「……さっさと終わらせてこの村から離れるぞ」

「――あいあいさー」

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