第二章
第1話 新たな地にて
「で、だ。ここはどこだ?」
周囲は大きく黒い木々が鬱蒼と生い茂る森。
振り返ると、流れ着いた河岸。
「――たぶん……大陸の西側」
「谷底の川に流されて東側から一気に西側まで来てしまったのか……」
「――三日は川の中にいたから」
「三日も流されたのか……よく魔物に襲われなかったものだな」
「――師匠と交代で結界を張ったおかげ」
「珍しくお前が活躍して驚きでいっぱいだよ」
「――えっへん。褒めて褒めて」
「あぁ~、よく出来ました。花丸をやろう」
「……師匠は意地悪」
意地悪ってなんだ。ちゃんと褒めただろう。
結界を張ったくらいで褒めちぎると思ったか?
俺はそんなに甘くはないぞ。
さて、現状確認だ。今は川に流されて大陸の東側から西側までやって来た。
とは言ってもだ。正確な位置を把握できているわけでもないし、おそらく西側といっても真ん中よりの場所だと思われる。
というわけで。今いる川のそばから離れ、町を探すことにした。
とにかく町や村で情報を集めて、これからのことを考えようというわけだ。
「――みんないないから平和」
「そうだな。俺は今ほど平和のありがたさを噛みしめたことはないだろう」
「――魔王が平和を謳歌……」
「言いたいことは分かるが、とりあえず今は堪能させてくれ。こんなに静かなのは久しぶりだからな」
のんびりと過ごせることのなんと幸せな事か。
「――静かなのはいいこと」
「そうだな」
「――でも、周りがうるさい」
「そうだな」
「―――師匠、現実を見ないのはダメ」
時には過ぎ去るのを待つのも大事だぞ?
下手に首を突っ込んで厄介事に巻き込まれるのは勘弁だからな。
「このくらいはお前でどうとでもなるだろう?」
「――私は攻撃魔法ない」
「……なら今覚えろ」
「――知ってるでしょ?使えないって」
「………はぁ」
そうだった。こいつは補助魔法は使えるのになんで攻撃魔法は使えない。
さすがの俺でも原因の究明は出来ていない。
院長でも究明出来ていないことから考えると魔法分野ではない気がするな……
「――師匠、何か近付いて来てる」
「分かっている」
さて、どうしたものか。
魔物であれば撃退するのもやぶさかではないが、人となると話が変わる。
なるべく穏便に済ませたいところだが、とりあえず敵対することだけは避けなければ。
「――うん、魔物」
「……人生そう上手くはいかないか」
魔物は素材くらいの価値はあるが、残念ながら俺達魔法師にとっては不要だ。
「『火炎蝶』」
「――さすが師匠。一切手加減しない」
「する必要がないからな……おい、まだ足音がするんだが?」
「――次は……人間」
この状況からすると俺達は今の獲物を横取りした格好になるよな。
欠片も残さず燃やし尽くしてしまったから誤魔化せるか?
「おい! こっちに魔物が来なかったか?」
「いや、こっちには来ていないぞ」
「そうか。しかし、先程火の手が見えたが?」
「それはおそらく我々の焚火ではないか?先程まではあったからな」
「……魔物たちはどちらに向かった?」
「我々を避けて行ったことだけは確実だ」
「そうか。気を付けろよ。この近くに俺達の村があるから、用があるなら行ってみるんだな」
「ありがとう。ちょうど諸々の物資が足りない状態だったから町や村を探していたところだったんだ」
「あまり期待するなよ。それじゃあな」
「ああ、頑張ってくれ」
「――師匠、行くの?」
「いや、行かない」
「――どうして?」
「罠か、あるいは何か考えがあってああ言ったんだと思う。だから、ここから離れることを優先する」
「――ふかふかのベッドで寝たい」
「もう少し我慢しろ。とにかく、ここから離れるぞ」
何があるか分からない以上、さっきの連中が住んでいる村に寄るのは得策ではないだろう。この近辺に町や村がなければ、仕方がないが寄るしかないだろう。
「移動しながらで構わないからさっきの連中を追跡しろ」
「――わざわざ?」
「後をつけられるのは御免だ。近くにいないのなら周辺警戒をしろ」
「――わかった」
警戒して後をつけて来る可能性は高くないと思うが、厄介事に巻き込まれるのだけは避けなければ。ようやく手に入れた平和なんだ、そう簡単に捨ててたまるか。
それに、俺は俺で広域探査の魔法を使って町や村を捜索しているからな。
こういう時くらいは役に立ってもらわないと。自称天才魔法師には。
「――この周りにはいない。歩いて行った方へずっと進んでる」
「そうか。そのまま警戒しておいてくれ」
にしても、向かおうとしていた村から人がやって来るとは思わなかった。
少し予定が狂ってしまったな。
まあ、二人旅だからそこまで気にする必要も無いか。
「――ふかふかのベッド……温かくて美味しい御飯……」
若干うるさい馬鹿弟子がいるが、あいつらに比べたらまだマシだな。
うん、まだ、マシだ。
「――師匠」
「気付いている。魔物だな。今日はやけに多く出会うな」
「――さっきの人達は気付いてないみたい」
「このままだと俺達を素通りして村に向かいそうだな」
「――助ける?」
「さっきの連中だけということもないだろう。自警団くらいはいるはずだ。任せてしまった方がお互いにとっていいだろう」
「――私達は無駄な魔力を使わず、あっちは素材が手に入る?」
「そういうことだ。さあ、先を急ぐぞ」
「――あいあい」
この時、まさか後悔することになろうとは、俺は思いもしなかった。
「――師匠、目の前」
「分かってる。分かってるからお前も手伝え」
「――私は攻撃魔法は」
「使えないのは知ってる。杖で殴れ」
「――イヤ」
「……贄にするぞ?」
「――師匠は冗談が上手い」
「…………」
「―――ごめんなさい。補助するのでそれだけは勘弁」
「ならさっさとしろ!!」
「――『夢現』」
「……普通に優秀な魔法があるじゃないか!!」
「――でも魔力消費が激しい」
「俺の3分の1程度だろうが!!」
優れた魔法があるのに使おうとしない弟子に頭を悩まされようとは……。
あいつらが消えてようやく頭痛のタネが無くなったと思った矢先にこれだ。
人生というのは、どうしてこうも上手くいかないのだろうか……
ちなみに、『夢現』は幻術魔法だ。
術者とその仲間の姿を認識できなくした状態で、魔法の範囲内から抜け出せなくするという、意外と繊細で優秀な魔法だ。
抜け出すには範囲外にいる者が術者を倒すか、広範囲攻撃で周囲をまとめて吹き飛ばすくらいしか方法がない。
そのため、この魔法は集団戦で本領を発揮する。
今はこの魔法によって、狼のような魔物を幻術によって俺達の周りをぐるぐると走らせている。
傍から見ると魔物を調教しているように見えるだろうな………
「おい、あそこを見ろ! さっきのヤツが魔物に囲われているぞ!」
「いや、調教しているんじゃないか!?」
「どうする!?」
厄介な事態になってしまったようだ。
「――さすが魔王」
「お前の魔法だろうが!!」
「――使えって言ったのは師匠」
ぐうの音も出ない正論であった。
しかし、使えと言ったのは俺だが、どの魔法を使うかを選んだのはお前では?
「――……今の状況で使える魔法はこれだけだった」
「微妙に間があったのはなぜだ?まさか、他にもあったのに考えが至らなかったとかじゃないよな?」
「……何のことだかわからない」
やはり馬鹿弟子は馬鹿弟子であった。
さて、この状況をどうしようか………
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