第13話 そして自由へ

 

 魔族と魔物は微妙に違う。


 魔物は言葉を話すほどの知性を有してはいない。

 しかし、知性は無いが力ある者の意思を最優先に行動する思考は持っている。


 それに対して、魔族は魔物と違って喋る。

 というより、魔物の中で力が抜きん出ていて、なおかつ知性を身につけた者が魔族と自称し、魔物との違いを人間に示したのだ。


 と言っても、魔族や魔物のことを知っているのはごく一部の者に限られている。

 なぜなら、魔族と戦っているのは軍隊で、魔族のことは極秘情報として秘匿されているからだ。

 魔族や魔物は大陸の北方に存在しており、それゆえに北方の人間のさらにごく一部だけが知っていることになる。

 ……というのが当事者たちの考えだが、魔導院のような魔法の研究を行う者がいる国にはその存在がバレている。

 

 さらに言うと、近頃魔族や魔物が北方以外の地域でも現れていることが確認されているのだ。

 最早その存在を隠し通せるわけもなく、近々魔導院から大陸にいる全ての人々へ向けて魔族と魔物の存在を公表されることになっているらしい。

 らしい、というのもごく最近になって魔導院の者が俺と弟子の元へとやって来たのだ。院長の指示とのことだった。伝言はこんな内容だった。




“ 久しぶりだな、ジャック、それにラルカ。息災そうでなによりだ。


 最近になって魔族の存在と魔物の群れが各地で確認されるようになった。君達がいる近くでも確認されている。確認された魔族は他の魔族と比べて明確に違いがあるとの報告が入っている。以下の者達に気を付けろ。

 

『夜の王』ヴァンパイア

『不死王』リッチー

『魔鏡』サキュバス

『牛王』ミノタウロス

『大将』ゴブリン・ロード

『不倒巨鬼』キングオーガ



              君達の旅路に光の祝福があらんことを ”




 かつての師がいまだに俺の事を覚えていたことに驚くとともに、こうして情報を提供してくれることに感謝だな。……泣いてないからな?



 さて、ここまでくれば何故説明したかわかるだろう。

 そう、俺達の前に現れた「姫」と呼ばれる者はこの中の一人だ。



「お前はヴァンパイアか?」

『そうよ。あなたは美味しいのかしら?』

「知らん」

「なにダーリンに色目を使ってるのよ、この年増!!」

「兄様の目に毒なので消えてくれますか?」


 御覧のように変態(勇者)2人が『夜の王』ことヴァンパイアの女に喧嘩を売っている最中である。

 初代勇者が剣で接近戦を仕掛けるものの、そう簡単に近付けさせるわけもなく、いまだに一撃も攻撃を当てられていない。

 もう一人の勇者(妹)は遠距離から一歩も動くことなく延々と中級の火属性魔法を放っている。こっちに関してはまったくやる気がないように見受けられるな。


 そんな2人を置いといて、俺と弟子、オカマは3人でこれからどうするか話し合いを始める。魔族の相手は勇者に限る。


「これからどうする?」

「――師匠、あれはどうするの?」

「専門家だろう?任せておけばいい」

「とは言ってもお前の妹はちっとも本気を出していないけどな」

「まあ、あれは本人たちに任せて俺達は周りのヤツらをどうにかするとしよう」

「――師匠が珍しくやる気」

「死にたくないからな」

「おいデブ。お前も働けよ?」

「――持たざる者の僻みは聞くに堪えない。師匠の手助けくらいはする」

「そうしてくれるとありがたいな――役に立つならだが」



 現状俺達はいわゆる危機的状況というやつだ。

 誰かが倒れたらバランスが一気に崩れて全員死んでしまうかもしれない。

 という状況なのに誰一人緊張感の欠片も無いのは、ひとえに勇者(変態)とヴァンパイアの戦いに本気さが感じられないからだ。



「そろそろ疲れたんじゃない?どっか行ったら?」

『まだまだ平気よ。それよりそっちこそ疲れたんじゃなくて?』

「ふん。こっちも問題ないわよ」

『強がりはよくないわ。今も防ぐので精一杯でしょう?』

「あら、それを言うならあんたこそ、避けてばかりでまともに攻撃出来てないじゃない。魔族といってもその程度なの?」

『減らず口を。こちらが手加減してやっていたということがまだ理解出来ぬか?』

「あなたこそ分かってないわね。こっちは手加減して魔法を使わずにいたのよ」

『…………』

「…………」



 さすがは勇者と魔族。己の存在感をぶつけ合うだけで大気を震わせるとは。

 並の者では出来ない芸当だ。

 しかし、互いに本気を見せずともこれだけの実力か。

 俺では到底敵わないだろうな。

 俺が相手をしなくて本当に良かった。


「兄様は御覧になるだけですか?」

「あれに巻き込まれたら俺では抵抗できないだろうからな。ああいうのは専門家に任せておくのが一番だ」

「そうでしょうか?兄様ならば出来るのではないですか?」

「俺にそこまでの力はない。お前は俺を過大評価し過ぎだ」

「……本気を出さなくなってどれくらいが経っていますか?」

「何のことやら」

「兄様は――」


 大きな音がしたため振り返ると、勇者とヴァンパイアが距離を取って睨み合っていた。


『そろそろあなたと戦うのも飽きてきたから交代してくれない?』

「私も面倒になってきたわ。一息に殺してあげるわよ?」

『ふふっ……冗談が下手ね。出来もしないことを言うのはみっともないわよ?』

「そんなに死にたいの?なら今すぐにでも――」

『彼の前であなたにそんなことが出来るのかしら?』

「っ!!」

『図星のようね。意地を張っていては欲しい物も手に入れられないわよ?』


 甘言に惑わされて隙が生まれた勇者を、ヴァンパイアは見逃さない。

 あの勇者が、ここまで情けない姿を晒すとは。


『そろそろお暇しようかしら。どうも本気にならないようだからつまらないわ。それとも……彼を襲えば少しはまともに戦う気になってくれるのかしら?』

「っ! そんなことはさせない!!」

『あらあら、二人も本気にさせることが出来るなんて……。そんなに彼の事が好きなのね』


 ヴァンパイアの挑発に今度は我が妹が殺気だった。

 うーん、そんな挑発に簡単に乗っていいのか?


「なあ、俺を置いて3人だけで盛り上がってるんだけど……」

「――師匠モテモテ」

「ちっとも嬉しくない」

『あら、私は好みよ?どう?私と一緒に来ない?』

「勘弁してくれ。女にこれ以上付き纏われると夜もおちおち寝れやしない」


 そもそも、魔族の誘いに乗るはずもないが。


「私が寝かさないわ!」

「兄様と添い寝するのは私です!」

「……ほらな?厄介なヤツがすでに2人もいるだろう?」

『私とこの2人を一緒にしないでもらいたいわ。お子様じゃ味わえないようなことも味わわせてあげるわよ?』

「結構だ。興味など無い」


 なぜ、俺はこうも巡り会う人の運が絶望的に無いのだろう?

 会うヤツ会うヤツ変態ばかりではないか。

 あの店の店主と海底神殿にいたあいつだけまともだった。


「――師匠、遠い目をしてもダメ。現実を見ないと」

「やめてくれ。俺は今、運命というものについて考えているんだ。馬鹿の争いが終わるまではそっとしといてくれ」


 俺はもう疲れたんだ……。


『そろそろ戻る時間ね。残念だけど今日はここまで。タロウ、撤退よ』

“了解です! 者ども撤退だ!!”


 魔物たちの足音が聞こえてくるが、今はどうでもいい。


「――師匠、帰るみたい」

「そうか。今良い感じに考えがまとまってきたからもう少し待て」

『……やっぱり持って帰ろうかしら?』

「っ!兄様、避けて!!」

「ダーリン逃げて!!」


 やれやれ……わざわざ見逃してやろうとしていたのに――って、おい!?


『あらあら……付き人の方を捕まえちゃったわ。でも、いいわね。若い娘の血も美味しいから』

「くっ、どうする………って、え?」

「『閃光迅雷槍』」

『なっ………』

「馬鹿弟子を置いて行け」

『――連れ戻したければ追いかけて来るんだね!』

「あっ! 兄様!!」


 わざわざ庇って捕まった者を見捨てるほど、俺は薄情ではない。

 それに、後で説教をしてやらなくてはならないからな。



――――――



『まさか一人で追いかけて来るとはね。そんなにこの子が大事?』

「………」

『怒っているようね。そんなところも素敵よ。ますます私のモノにしたくなってきたわ』

「『朧三日月』」

『っ! 怖い怖い。見えない風の刃だなんて』


 後方から飛来する四枚の不可視の刃を、「姫」はすんでのところでなんとか躱す。


「『紫焔龍穿槍』」

『乙女の肌を焼こうとするなんて何考えてるの!?』


 今度は左右側から木々を焼きながら紫色の炎を放つ槍が二本飛んでくる。

 直撃こそ避けたものの、皮膚が少し焼けたらしく、「姫」は憤怒の表情を浮かべていた。


「『煌煌雷光樹』」

『チッ!――なっ!』

「ようやく追い詰めたな。さて、弟子を返してもらうぞ」

『ここまでを読んでいたの?最初の刃で木を切り倒し、次の炎で燃やして退路を塞ぐ。最後の魔法は空へ逃げるのを防ぐため、といったところかしら?』


 「姫」の解説を無視し、ジャックは新たな魔法を展開して威嚇している。

 その目は怒りで満ちていた。


「早く弟子を返せ。でないと、このまま消し炭にするぞ」

『……わかったわ』

「――師匠」

『ほら――今よ、タロウ!』

“うおーー!!”


 怒っていても冷静なのがジャック。

 背後からのミノタウロスの突進にも焦らず、冷静に魔法を選んで対処する。

 

「『隆起牙突』!」

“ぐふっ!――土の槍か。だが、まだまだ!!”

「――『光を奪う光』」

『なっ、目がァ!!』

「――あっ」

「くそっ!『疾風迅雷』!」


 突然の光に目をやられた「姫」はラルカを手放してしまう。

 それを見たジャックはなりふり構わず、谷底へと落ちていった弟子を追って猛スピードで追いかける形で飛び降りた。



 ジャックとラルカが谷へ落ちて行ってから少ししてミルティナが「姫」たちのもとに到着。

 その目は殺気立っており、剣呑な雰囲気を隠そうともしていない。


「――兄様はどこへ?」

『谷底に落ちていったわ。あの弟子と一緒にね』

「そうですか。では、死んでください」

『そこまでだ』

「――何者ですか?」

『「夜の王」だ。彼女は私の部下に過ぎない』

「だから?」

『ここからは私が相手をしよう』

「今、物凄く不機嫌なんです。さっさと終わらせます」

『思いあがるなよ、人間!!』





 残された二人は、次に何をすればいいのか判断できずに立ち往生していた。

 ジャック達を助けに自分たちも谷底へ向かうべきか、この場で魔族を駆逐するべきか。


「御姉様、危険です! この先は『霧隠竜』が住まうとされる領域です! 一人で行けばたちまちエサとなってしまいます!!」

「でも、ダーリンが谷底に!」

「迂回しましょう! このまま河に流されたとなれば、あの国に行き着きます! そこに行く方が確実です!」

「……わかったわ。案内して」

「わかりました!」

「……生きててね、ダーリン」



※※※



 谷底を流れる川に二人の姿はあった。

 軽く二百メートルの高さから落ちたにもかかわらず無傷なのは、ひとえにジャックの魔法のおかげであろう。

 今は流れに身を任せて呑気に流されている。 


「――師匠、生きてる?」

「――ああ、生きてる。ったく、手のかかる弟子だ」

「――師匠の弟子だから」

「はぁ……とんだ弟子を持っちまったな。さて、魔力が回復したら陸に上がるぞ。いつまでも濡れっぱなしは勘弁だ」

「――みんなはいいの?」

「簡単に殺されるほどやわな連中じゃないから心配ないだろ」

「――合流しないの?」

「……ようやく解放されたんだ。この自由を味わわせてくれ」

「――ん。師匠がそういうなら従う」

「はてさて、これからどうなるのやら」

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