第11話 作戦――陽動――

 森の中で休憩中に二人でこそこそとパーティから離れ、切り株に腰掛けて第二回の作戦会議を開催。

 

「さて、次の作戦だが――」

「――今度は失敗しない」

「そう願いたいものだな」


 目深に被ったフードの奥から馬鹿弟子が睨んでくるが、まったく威圧感がなかった。

 逆に睨み返すと視線をスーッと横に逸らした。情けないぞ。


「――この先で魔族の群れと軍が戦闘してるみたい。丁度いいから、そこに介入するように見せかけて逃げる」

「なるほど。確かに悪い案ではないな。ただ、大丈夫か?」

「――この前は分断する方法が無かったから仕方なかった」

「ふむ。今回は問題ないと?」


 今の時点で不安しかないのだが。


「――こちらからぶつかりに行くから大丈夫……なはず」

「最後の最後で不安にさせるなよ……」

「その話、聞かせてもらった」

「――変態が何の用?」


 頭上から声がしたため上を向くと、変態が太い枝の上で仁王立ちしていた。

 こいつ……さては馬鹿だな?

 カッコつけるためだけにわざわざ木の枝に登ったのか。


「うむ、その辛辣さがたまらないが今は置いておこう。私も一緒に逃げ出させてくれないか?」

「――なぜ?」

「母国に戻る必要が出てきてな。皆に引き留められる前に出て行こうと思っているのだ」

「安心しろ、誰も引き留めはしない」

「――それどころかいなくなったことに気付かれない可能性大」

「それはあんまりではないか!?」


 さすがのこいつもここまで心配されないと傷付くんだな。

 ド変態にも限度はあると。


「うるさい黙れ。とにかく、一緒に行くんだな?俺達は途中までしか一緒に行かないが大丈夫か?」

「これでも剣術はそれなりに嗜んでいる。自分の身は自分で守れる」

「そうか。魔物の群れに放りこんでも大丈夫ということか」

「いや、そこまでは言ってな……」

「――人間疑似餌?」

「せめて囮と言ってやれ」

「………何を考えている?」


 そこそこの剣の腕を持っているのなら群れに放り込んでも死にはしないか?

 こいつを放り込んで勇者に救助させるのも手か。

 戦闘に介入する点は一緒だが、これまで一緒にいた仲間(?)を助けることを厭わないだろう。

 

「うむ、悪寒が止まらないのだが。物凄く非人道的なことを受ける予感がしてならない」

「安心しろ。ちゃんと(勇者が)助けるから」

「そうか……なら良いのだが」


 とりあえずの段取りが決まると、変態はパーティが休憩している場所へと戻って行った。


「――師匠、作戦変更?」

「ああ、そうだ。変態を戦闘区域に放り込んで勇者に救出させる。俺達はその間に逃げ出すんだ」

「――――物凄くゲスい作戦」

「なんとでも言え。あいつらから逃げられるなら悪魔にでもなろう」

「――師匠、一つ確認。勇者は助ける?」

「………たぶん大丈夫だろう。あれでも一応は勇者なのだから。人助けの精神くらいは教育されているはずだ」

「――でも、この前人助けをしちゃいけないみたいなことを言ってなかった?」

「…………………大丈夫大丈夫。あいつらも人だから」


 大丈夫……だよな?

 さすがに数日を共にした仲間(?)を見捨てるようなことはしないよな?

 俺は信じているぞ。あいつらはまだ、良い人間であると!!





 休憩が終わり、予定通りに作戦は進んでいた。


「ねえ、御姉様。あいつが助けを求めているみたいですけど、どうしますか?」

「放っといても勝手に生還するでしょ。虫なみの生命力はあるんだから」

「それもそうですね。それで、これからどうするんですか?」

「あの義妹ちゃんより先にダーリンを探さないと」

「方法は?自慢ではないですけど、僕は索敵魔法を使えませんよ?」

「そんなのアテにするわけないでしょ。これまでも自分の力で探してきたんだから、これからも自力で探すだけよ」

「ですが、御姉様って補助魔法を使えましたっけ?」

「そんなのいらないわ。私には自慢の能力があるもの」




 

 この時俺が感じたものを伝えよう。


 一つは恐るべき速さで迫って来る肉食獣――いや、獰猛な白銀豹に背後をピッタリと狙われている気分だ。正直生きた心地がしなかった。


 もう一つが鷹の目のような、空高くから監視されているような感覚だ。常に俺は捕捉されていた。腹が減った爆炎竜に見られているような、血の気の引く悪寒がずっと続いて心臓に悪かった。



 結果から言おう、捕まった。しかも同じタイミングで。どれだけ魔法で妨害しようとも物ともせずに突っ込んできた。加減はしたが、それでも十二分に足止めの役割を果たすくらいには威力を設定しておいたのに。


 茨と縄は引き千切り

 落とし穴は飛び越え

 罠型魔法陣は踏み砕き

 視覚を奪う魔法を無視し

 聴覚を奪う魔法を無視し

 誤認識魔法は吹き飛ばし

 幻術魔法は咆哮で抜け出し


 分かるか?こんな魔法師泣かせのバケモノが相手じゃあ、天才と呼ばれる俺でもどうしようもないんだ。

 




 変態を囮にして散々逃げ回ったが、大きな街の手前で捕獲されて現在に至る。


「ふふふっ……さすがですね、兄様。私のためにこんな素敵な宿を取ってくださるなんて。先程は申し訳ありませんでした。てっきり御弟子さんと逢引でもなさったのかと感情が昂ってしまって。御恥ずかしい限りです」 

「逢引なんてあり得るわけがないだろう?弟子だぞ?」

「そうですよね。逢引でないなら……あの妄想女から逃げたかったんですか?それでしたら私も御手伝いして差し上げたのに。存分に頼ってくださってよろしいんですよ?」

「そ、そうか。今度は頼らせてもらおう……かな?」

「その時は是非」


 宿屋の受付横にある小さな談笑スペースにて、ミルティナに終始笑顔を向けられながらの尋問が今しがた終わった。

 ドッと疲れがきてぐったりともたれかかっていると、隣に座る馬鹿弟子が少し震えた小声で話し掛けてくる。


「――師匠、あのバケモノは……何?」

「俺に聞かれても知らん。熱源探知、魔法特有の歪み感知に動体探知、心拍感知まで持っていてかつ、空を駆けるバケモノなど知らん」

「ねえダーリン。御風呂はもちろん混浴よね?」


 ……お前、さっきまで外を散歩していたよな?いつの間に戻って来た?


「一緒に入るわけねえだろうが!!」

「そうです!兄様と一緒に入るのは私だけです!!」

「いや、それも違うからな?俺は一人で静かに入るからな?」


 これ以上俺を疲れさせないでくれ……。


「師匠、あのケダモノは……何?」

「白銀豹を超える聴覚に悪食鮫以上の嗅覚、青天竜と同等の視力に魔天狼並みの脚力を持つ変態なんて俺は知らんぞ。あんなのを人間と認めてなるものか」

「――変態は人間を超える」


 実例が二体……いや、三体か。説得力があるな。


「あの作戦でもダメか……」

「――師匠、今までありがとうございました。これからは一人で修行の旅に出るので追いかけて来ないでくださいね?」

「おい。何一人で逃げようとしているんだ?」


 逃がすわけが無かろう?死ぬ時は一緒だ。


「――だって、あの人たちは師匠目当てであって私は関係ないもん」

「何を言うか。もう師弟関係は出来ているんだ、一蓮托生だろう?」

「――じゃあ今すぐ縁を切る」

「そもそも、お前から弟子入りしてきたのに自分から辞めるって言うのはどうかと思うぞ?」

「――師匠は悪くない。師匠の運命が捻じ曲がっていただけ」


 おいこら。


「さらっと、人の人生が波乱しかないようなことを言うんじゃない。まだ希望はあるはずだ」

「――さっきのあれを見てもまだそんなことが言えるの?」

「ぐっ!……いや、ここで諦めたら魔王の名折れだ。俺はいつか必ず逃げ切ってみせる」

「――そう。じゃあさよなら。達者で」

「おいおいおい。何自然と逃げようとしているんだ?許すはずがないだろう?」

「――離して。私はまだいっぱい見たいものがあるの」

「俺も同じ気持ちだ。これからずっとあいつらと一緒なのかと思うと絶望しかないが、それでも頑張るしかないんだ。これが俺の運命だからな」




 宿屋の扉が勢いよく開いたためそちらの方を見ると、服がボロボロで顔が土で汚れた美男子が立っていた。


「貴様ら……助けるという約束はどうした…?人を放って置いて何を熱く語り合っているんだ!あと少しでも救援が遅ければ死んでいたぞ!?」


 ……そういえばこいつもいたんだった。意外としぶといな。

 肉体の頑丈さでは勇者に並ぶのではなかろうか?


「だが、生きていただろう?」

「――ちゃんと助けた」

「アレが助けたうちに入るか!爆裂魔法を俺の周りにばら撒くだけばら撒いて逃げただろうが!!」

「うむ、いい囮になっていたぞ。それに目立ってもいたな」

「――新たな役職を得た。肉壁兼囮役」

「素直に喜べんわ!!」

「変態にとっては本望だろう?」

「何か勘違いをしているようだな。私は物理ではなく精神的な責めに興奮するんだ!!!」

「――変態の理解は一般人には無理」

「全くもってその通りだ。理解出来ん」


 馬鹿弟子と二人、肩を竦める。やれやれ。

 まあ、この通りはしゃげるくらいにはこの変態は元気である。

 おかしいな……魔物の群れに放り込んだのにピンピンしているとは。

 こいつ、案外壁役として有能なんじゃないか?


「それで?これから母国に凱旋するんだろう?急がなくていいのか?」

「ここからはそう遠くないからな。なぁに、心配せずとも数日で帰って来るさ」

「いや、これっぽっちも心配してないからな?」

「――多分一日で存在を忘れる」

「酷くないか!?それはあんまりではないか!!もっと心配してくれてもいいだろう!!?」

「いや、だってな?俺達はそもそも無関係なんだぞ?」

「――オカマが連れて来なければ会うことも無かった」

「数日行動を共にした仲間に対して冷た過ぎやしないか?お前達、確実に友達がいなかっただろう?」

「そもそも一人で生きてきたから友達と言う存在に出会わなかったな」

「――天才過ぎて周りに人がいなかった」

「……………」


 変態が俺と馬鹿弟子を、悲しいモノを見る目で見てきた。

 おいおい、そんな目で見られる覚えはないぞ?


「それは嘘だろう。単にお前が浮いていたんじゃないか?」

「――これでも神童って言われてた。周りが遠慮してただけ」

「……もういい。俺は明日発つ。それだけは伝えたからな?」

「この街に数泊するつもりらしいからな、戻るつもりがあるなら頑張るんだな」

「わかった。用事が済めばすぐに戻る」


 変態はニヤリと笑ってから宿を出て行った。

 ふと、視線を感じて隣を見ると、弟子が胡散臭いモノを見る目で見上げていた。


「――師匠、物凄く悪い顔をしてる」

「貴重なタンク兼緩衝材だからな。今後もあの変態どもと一緒に行動するとなればああいった自分にとって都合の良い存在は大事だからな」

「――また囮作戦?」

「さあな」

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