第10話 作戦――擦り付け――
「作戦内容はこうだ。まず、近くに敵がいないか探す」
「――うん」
「次に、敵がいれば接敵する」
「――うん」
「そして戦い始めてから少ししてその場から俺達だけ離脱する」
「――うん?」
おいおい、そこでなぜ疑問符が浮かぶんだ、まったく……。
「要は、あいつらに全て擦り付けて俺達はトンズラするんだ」
「――それはわかる。でも、すぐに追い付かれるんじゃ?」
「そこはお前の腕次第だ。撹乱する魔法はあるんだろう?それを使って撹乱しながら逃げる。俺も多少は使えるから、絶対に見つからないように気を付けるぞ」
「――そもそも敵がいなければ?」
「……とにかく見つけるぞ。なるべく大人数だ」
「――わかった」
この時、俺は一つ忠告しておくことを忘れていた。
俺のミスだ。
俺のミスだが……ここにきてまさか―――
「……俺は確かに大人数がいい、とは言ったぞ?」
「――うん」
「だがな、軍隊規模の群れを連れてくる馬鹿がいるか!!」
まさか非常識なことを仕出かすと誰が想像出来ようか……
そう、一見常識人のように振る舞っているが、こいつに関しては変態ではなくとも常識が些か――いや、かなり欠けているのが見受けられる。
このパーティには変態じゃない、常識を備えた人間は俺だけらしい………
「御姉様、魔族の軍勢がこちらに向けて行進中です。如何しますか?」
「殲滅しちゃえばいいでしょ。どうせ魔族なんだし」
「非常に不愉快ですが、同意見です。魔族など滅ぼしてしまっても問題ないでしょう。人間の敵なのですから」
おおう……勇者二人は殲滅を即断するのか。
実力を測るにはちょうどいい機会だが、この二人の余裕の姿を見る限り、トンズラ出来る気がしないな。
「……いつまでここにいるつもりなのかしら?」
「金輪際、兄様から離れるつもりはありません。それよりも、貴女の方こそいついなくなるのですか?兄様から敬遠されているようですが」
「ダーリンは敬遠しているわけじゃないわ。恥ずかしがっているのよ。恋愛したこともない貴女には理解できないでしょうけどね?」
「頭がイカレてるんじゃないですか?どう見たって敬遠されてますよ?」
「いい年してブラコンの妹を持つと兄は大変ね。兄と一緒にいる女全てが敵にしか見えていないんだから」
「兄様こそ可哀想です。こんな頭のイカレた女に付き纏われて……」
「なんですってー!!」
「なんですか!!」
ヤバい部類の変態がさらに増えてしまった……。
勇者二人が剣を握って鍔迫り合いしながら言い争いをしているという、最も醜くてくだらない、けれども最強の戦いが繰り広げられている。
時々放たれる上位魔法がこちらに流れ弾で来るのだけは勘弁してほしい。それ以外は関わる気が無いからどうでもいいが。
「おい、魔王。この不毛な争いをどうにかしてくれ」
「そこの変態を放り込んだらいい感じに中和されるんじゃないか?」
「それ、俺に被害が出ないか?!」
「それは良い提案だ。変態が消えて不毛な争いも終わる。一石二鳥じゃないか」
「消されること前提なのか!?」
あの二人の戦いに割って入って無事でいられる人間がいると思うのか?
骨ぐらいは拾って……いや、待てよ。
「消えるとこれから先の中和剤はどうするんだ?」
「それを考えてなかった……」
「そんなに死んで欲しいのか!?」
「……骨だけ拾って魔法で動かせられないか?」
「骨!?死んでるじゃないか!!」
「どうだろうな。人形なんて使った事がないからな」
“兄様の人形ならありますよ!”
“なにそれ! 私に頂戴!!”
“誰が貴女にあげるものですか!”
戦闘の最中に他のことに意識を割く余裕があるのか。
勇者って実は凄いのか?
「二人は置いといて、そっちのチビはないのか?」
「――私もさすがに持ってない。それとチビじゃない。ラルカって名前がちゃんとある」
「そうか。果たしてどうするべきか……」
「俺は既にいない者扱いか!?」
「亡霊の声が聞こえるが気のせいだな」
「その辛辣さもたまらないっ!」
オカマが詰ると途端に元気になりやがった。
単純なのだが、如何せん気持ち悪いな。
「お前が相手にすると変態を喜ばせるだけだとまだ理解出来ていないのか?」
「――ぷぷ。意外と馬鹿」
「なんだとチビ」
「――女装趣味の変態も馬鹿だなって言ったの」
「こいつ――」
オカマも少し本気で怒ったのか、腰の刀に手をかけようとした。
おいおい、この程度のやりとりで暴力に訴えようとするな。
「喧嘩なら他所でやれ。それよりだ、どうするんだ?あの軍勢」
「御姉様は全てやっつければいいと言っていたが、これだけの規模となると後処理が面倒だ」
「だろうな。だが、勇者がやりました、ってことで全て済まないのか?」
「それで済めばいいんだが……勇者っというのは思っているほど自由じゃない。何かをするにも国からの承認が必要で勝手なことは出来ない。人助けも含めてな。だから、ここで勇者が魔物の軍勢を殲滅したなんてことになれば国に迷惑が……」
「……お前ら指名手配中じゃなかったか?」
おい。その、「そういえばそうだった」って顔はなんだ。
勇者(変態)に至っては理解できてないようだが!!
「そうか。もう国のことなんて考える必要はないのか……」
「もの凄い今更だな。狙われていた事すら頭から抜け落ちていたのか」
「――オカマはついに頭も壊れた」
「頭も、ってなんだ! まだ何も壊れていない!!」
「とにかく! これからはお前たちの判断で行動することになるんだ、もう少し頭を働かせろ。それで、お前たちはどう動く?」
「御姉様がお前に御執心だからな、御姉様の興味が無くならない限りはお前達と共に行動し続けるだろう」
「早く無くなってくれないものか……」
“ダーリン以外を愛するなんてありえないわ!”
“貴女が兄様と結婚なんてありえません!!”
“私の方こそあんたみたいな妹はいらないわ!”
“残念でしたね。兄様と結婚すればもれなく私が付いてきますよ!!”
“ぐぬぬ……!!”
“ふふふ……。”
“……じゃあ仲良くしましょう、義妹ちゃん?”
“誰が義妹ですか!!”
「――モテる男はつらい」
「随分と笑えない冗談を言うようになったな」
俺の関知していないところで勝手に話を進めてもらっては困る。
まあ、こちらに話を振られても一切無視するがな。
「一般的に見れば羨ましい話だけどな」
「――でも変態。妄想が現実を支配しかけるくらいの」
「それを言ってはいけない。僕も若干不安になってきているくらいなんだから」
「若干じゃなくて多大な不安があるぞ。当事者じゃないから分らんだろうがな」
「僕も感じたぞ。変態に迫られる恐怖を……」
「――変態に常識は通用しない」
結果から言おう。失敗だった。
というか、勇者に物量など意味を成さなかった。
千は下らない数の魔物の群れが一時間と掛からず全滅するとかどんな悪夢だ。
いや、普通の人間からすれば英雄視されて然るべきなのだろうが、逃げるための囮にしようとしていた俺と馬鹿弟子からすれば悪夢以外の何物でもない。
勇者を相手にするには数ではダメということが分かっただけでも収穫と考えるべきか。
今度は質を追求するとしよう……このままでは魔神本人でもなければダメなのではなかろうか…………ハハハ、そんなことあるわけないよな。
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