第8話 二度あることは三度ある
「それで、今日は何の話だ?」
「――師匠、このホットケーキ美味しい。もう一枚頼んでいい?」
「……勝手にしろ」
こいつは状況が理解出来ているのだろうか?
自身に被害が及ばないからといって暢気に食べている場合か!
「今日は―――」
「その前に一つ確認したい。貴様は御姉様のことをどのくらい知っている?」
「まったく知らん」
「――昨日の印象でも思ったが貴様、御姉様に興味が全くないな?」
「いきなり現れて追いかけ回されてるのにどう興味を持てと?」
「――さすが師匠。思ったことをはっきり言う」
「……御姉様、なぜこんなやつのことが好きになったんですか?」
「運命の出会い」
運命も何も、殺しに来た相手をどうやって好きになれと?
しかも、一方的な愛をぶつけると言うか押し付けると言うか、とにかくヤバいヤツを。
「――師匠が青褪めてる」
「青褪めるって……何をしたんですか?」
「激しい運動の後で愛を囁いたわ」
「語弊がありすぎだ!! 貴様がいきなり殺そうとして俺が反撃し、その攻防が一息ついたタイミングで『私のモノになりなさい』とか言い放ったんだろうが!! しかも、人の住処を吹き飛ばしおって!!」
「そうよね。あれはやり過ぎたと反省してる。だって――」
「今更何を言っても遅いがな!」
「私とダーリンの終の棲家になるはずだったんだから」
「吹き飛ばしてくれて大いに喜ばしい! ありがとう!!」
あのまま戦い続けて負けていたら今頃どうなっていたことか。
もしかしたらミイラになっていた可能性があるな。ありとあらゆるものを吸い尽くされていたかもしれない。
そう考えれば少しは溜飲が下がる………そもそも襲われなければこんなことを考えなくてよかったはずだが。
「でも、これから一緒にデザインした家に住めばいいのよね!」
「おい、保護者!こいつをさっさと国に連れ帰って鎖で繋ぎ止めておけ!!」
「そうしたいのは山々だけど、御姉様に物理的に勝てる人なんていないから無理。こうなると梃子でも動かない」
「くっ!王様でも呼べばいいだろう!!」
「そんなことをすれば今度は王様の首が物理的に飛ぶね。今の御姉様は首輪のない猛獣と一緒だから」
「――ティンクル?今、何か言った?」
「いえ、何も!御姉様は今日も美しいですね!!」
「そう。次はないから」
上下関係がはっきりしているな。余程怖い目にあったのか?
俺も多少力の差を弟子に見せつけるべきかもしれないな。
「――師匠は厄介な女に目を付けられた。御愁傷様」
「そう思うなら助けろ!師匠のピンチだぞ!!」
「――師匠。その女の愛は『蒼穹の巨竜』よりも重く、海よりも深く、『金剛玄武の甲羅』よりも硬い。諦めるのが吉」
「どうしようもないではないか!!」
「愛とはそういうものだ。魔王、お前もじきにわかることだろう。愛というものの神髄を」
「なに変態が偉そうに語ってやがる!!」
おおっ、オカマが俺の気持ちを代弁してくれた。
お前っていいヤツだな……変態だけど。変態だけど。
大事なことだから二度言っておく。
「おおっ!もっと罵ってくれ!!」
「――変態を喜ばせるだけだから無視して」
「君もなかなか良い罵りだ!無視されるのもまたそれはそれでいい!!」
「――真の変態は手に負えない」
勇者がこの域にまで達していたら俺はもっと困っていただろう。
いや、レベル的に言えば同じくらいか?もしくは上か。
………さっきから勇者が涎を垂らしながらにやけた顔でこっちを見てきてるから寒気が止まらない。
しかも時々、グフフ、とか言ってるからさらにキモさに拍車がかかってる。
顔が美人なだけに異質さがハンパないな。発狂死しそうだ。
「そいつは放っておけ。話が脱線する。それで最初に戻るが、この色ボケ――勇者とはなんなのだ?この馬鹿弟子ですら知らなかったみたいだが」
「御姉様の勇者は貴様――魔王が誕生してから生まれた称号だ。まだその称号を賜ったのは御姉様一人だけ。一人、近々その称号を賜る予定の者がいたな」
「ふん。俺を殺す輩がまた増えるのか」
「――そもそも魔王とは、魔法を扱う者の王という意味での称号。魔族の王ではない。魔神は悪いヤツ、魔王である師匠は良い人」
「それを知っているのは限られた人間だけ。一般の者は知りえない情報だ」
「――魔神の情報はまだ拡散されてない?」
「そうだ。いまだに冒険者は魔王討伐を目指していて、魔神という存在を知らされていない。忌々しい話だが、どの国も魔神の存在を認めようとしない。魔導院は公表しようとしているが、国から圧力が掛かって出来ずにいる。だが、時間の問題ではあるだろう」
魔導院――それは魔法を教える学校で、世界中に存在する。
魔法を習う者は必ずこの学校に通う必要がある。
ここでしか魔法を教えていないからだ。
魔導書の閲覧もここでしか出来ない。貸出は禁止。
最も権力を持っている国王であっても、それは例外ではない。
「つまり、各国は魔王という称号を意図的に曲解しているのか」
「そうだ。それぞれの国にあるギルドに登録している冒険者は、国にとって大事な戦力になる。だから魔王という存在を喧伝し、冒険者の強化を促している」
俺としては迷惑千万な話だ。
勝手に人を賞金首にしないでもらいたい。
どうせなら、報酬として魔導書千冊くらいくれてもいいだろう。
「これまでやってきた冒険者は俺を魔族の王として、敵視し、憎みながら襲ってきた。あれは国によってそう教育という名の洗脳を受けてきたということか」
「僕は理解してしまったから、もう貴様を敵視出来ない。それに、僕が謝罪したところで意味を成さないだろう」
「そうだな。お前が原因ではないのだから。しかし、俺が冒険者を殺したのは事実。謝罪は俺ではなく、俺に殺された憐れな冒険者にでもくれてやれ」
「――だから国は信用できない」
「お前の才能を見出した者は、俺と同じ運命を辿らせないために俺の元に向かわせたのかもな。真実は知らないが」
知ったところで何かが出来るわけでもないしな。
「――あとで先生に手紙でも書くべき?」
「それぐらいはしてやれ。泣いて喜ぶかもな」
「話を戻すぞ。それで、魔王討伐の旗頭として選ばれたのが御姉様だ。実力もさることながら、王女であることが選ばれた最大の理由だ。あまり公に言われてはいないし、王女であることを知ってる者は少ないがな」
「王女!?こいつが!!?」
「――衝撃の新事実」
「魔王は世情をまったく知らないのか。そこのデブはどうでもいいが」
「――持たざる者の僻みは聞くに堪えない」
「お前は少し黙ってろ。それに俺は秘境にいたから世情など知らん」
「それもそうか」
「魔族も魔物も住まない秘境のなかの秘境だったからな」
あの城は魔王という称号を与えられた時に一緒にもらったものだが、こういう意図があったのか。
強過ぎる力に危機感を覚え、隔離するためにあの場所に押し込めるために、この時ばかりは魔導院も協力したのか。
それに、秘境であれば万が一大規模な戦闘になっても民に知られずに済むという考えもあったのだろう。
だが、ならばなぜ学長はこの馬鹿弟子を俺の元に?
「――師匠、お爺ちゃんは敵じゃない」
「なぜわかる?」
「――師匠のことを懐かしむように語っていた。それに心配もしていた」
「……まさか、その御爺さんはガンドルフという名前か?」
「――そう。師匠は教え子の中で最も優秀って自慢してた」
「そうか……あの人は味方だったのか」
あそこでは一番御世話になった人だからな。
しかし、良い人ではあったが、面倒くさい人でもあった。
「――今度会ってみる?」
「いや、迷惑だろう。あの人にも立場がある。俺と会えば立場が悪くなる」
「――お爺ちゃんは気にしない。どころか、守ろうとするはず」
「……お互いに立場があるからな。機会があれば会おう」
「そろそろいいか?――勇者となった御姉様は魔王討伐の任についた。魔王を討伐すれば御姉様は国に帰る。帰れば今度は政治の道具にされてしまう。勇者としての実績、冒険者としての能力、容姿。それら全てを利用しようとするだろう」
もう討伐したってことにして帰ってくれないかねぇ?
無理か………
「お前は監視のためにいるんじゃないのか?」
「……僕は御姉様のために行動する。だから、例え魔王であろうと御姉様が婚約者と認めるのであれば、貴様のサポートもする」
「……俺は婚約者になった覚えはないがな」
「――迷惑千万」
「私は国の道具になるつもりはさらさらない。だから、魔王を討伐するつもりはないし、情報を拡散するつもりもない。私はあなたの味方よ」
「御姉様次第だからな。それで、これからだが―――」
“――ここに魔王がいるという話を聞いた!姿を現せ!!”
“勇者もいるだろう!どこだ!!”
「――どういうこと?」
「私は知らないわ」
「僕も情報は渡していない」
「つまり、誰かが盗み聞きしていたか、あるいは別の監視がついていたか。どちらにしろ、俺達の足取りは完全に把握されたということだ。お前たちの裏切りもバレるだろうな」
用心深い人間がいるのだろうな。信用していなかったとも言えるか。
「――ヤラれる前に逃げる?」
「その方がいいかもな。出来るか?」
「――問題なし。『闇霧』」
「行くぞ。こっちだ」
“くそ!なんだこの霧は!全く周りが見えんではないか!誰かさっさと消せ!”
「――逃走成功。すぐに荷物を持って離れるべき」
「―――それを許すとでも?」
「誰だ!!?」
「新たに勇者の称号を賜った者です。あなたたちの背信を受けて派遣されました」
「二人目の勇者!?馬鹿な!!?王女でもないのに!!」
「純粋に能力で選ばれました。逃げるのはオススメしません。私の実力は一人目の勇者であるあなたよりも上です。投降してください」
見た感じは強そうに見えないが、鎧と得物はかなりの業物のようだ。
俺でもわかるのだから、相当なモノだろう。
「私は戻りたくないの。だから抵抗させてもらうわ」
「無駄だというのに。加減はするので死なないでくださいね―――」
「勇者対勇者か。面白そうだな」
「――師匠、私達もピンチ。今は協力すべき」
「―――兄様?本当に兄様ですか?」
俺を見つめているが……全く見覚えも記憶も無い。
「誰だ?俺に妹は――いたか?いや、思い出せない」
「ジャック兄様。記憶がないのですか?ミルティナですよ?将来の妻ですよ?」
「……は?将来の、妻?いや、そもそも俺の名前はジャックなのか?」
「ダーリンは私のものよ!誰にも渡さないわ!!」
「兄様は小さい頃から私と結婚する約束をしているんです!」
「記憶を失くしたわけではないが、そんなこと言ったか?そもそも、妹なのか?」
「そうですか……仕方がありませんよね。もう20年も会っていませんから。最愛の妹のことを忘れていたことは悲しくて三日は寝込んで枕を濡らすレベルですが、また会えた嬉しさで三日はベッドを濡らせる自信があります」
「――師匠。こいつも変態の予感がする」
なぜだろう。今のところ会って話をする人間が皆変人というか変態というか。とにかくまともな人間に会えた
ひょっとして俺は呪われているのだろうか?
それにどうして変態は話が通じないのだろう?……変態だからか。
そうか、そうなのか。俺はまたしても新たな真理を発見した。
変態は人の皮を被った全く未知の生命体だったのだ。
「――師匠、現実逃避はよくない」
「変態同士の会話に割りこめって言うのか?死ぬぞ?」
“ミルティナ!さっさと全員捕らえろ!手足を斬り落としても構わん!”
「「うるさい!!」」
可哀想に。仕事できたのに味方に裏切られた挙句、ボコボコにされるのだから彼らも運がない。
殺しはしないだろうが、当分動けないくらいのダメージを負うだろうな。
ついでに恐怖心も植え付けられて。
「――師匠、諦めて空を見上げてもダメ。この後は師匠の出番」
……弟子は師匠を助ける気はないらしい。
覚えていろ、俺の恨みは重いからな!!
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