第7話 再会する勇者と魔王

「それで?話とはなんだ。結婚ならせんぞ」


 砂漠での邂逅ののち、話があると言って町の宿屋で食事をしながらの話し合いとなった。この馬鹿弟子が勝手に了承したからだが。

 で、今はテーブルに四人が腰掛けている状況だ。俺の隣には馬鹿弟子。正面には勇者。勇者の隣には御供が。


「――師匠、このシチューもう一杯」

「俺じゃなくてあっちに頼め」

「随分と食意地が張ったヤツがいるんだね。こちら持ちとはいえ遠慮が無さ過ぎるんじゃない?」

「だそうだ。食意地ばかり張ってるデブ」

「――デブじゃない。見ればわかる」


 馬鹿弟子がこちらに体を向けるが、今はローブを纏っているから分らない。かく言う俺もマントを羽織ってフードで顔を見えないようにしているがな。


「ああ……御主人様は相変わらず言葉の裏に棘がありますね。どうせなら俺にもその棘を打ち付けて欲しいです」

「……こいつはなんなんだ?変態でも飼っているのか?」

「貴様、御主人様以外からの侮辱は許さんぞ!」

「黙れ」

「御姉様が御怒りだ。貴様は黙って床に正座していろ」

「はい、御主人様!」


 なぜか変態――どっかの王子――も一緒にいる。床に座らされているが。周りから変な目で見られるから嫌なんだよな。早く話を切り上げて部屋に戻って寝たい。こいつらと同類なんて思われたくない。


「――師匠、この人たちと一緒にいるの嫌」

「俺も同じ思いだが、メシを奢ってもらっている以上は我慢しろ」

「お前が魔王か」

「そうだな。ずっと昔からその名前でしか呼ばれていない」

「――このパンも美味しい。追加で」

「……こいつはお前の弟子か?」


 勇者の御供が馬鹿弟子を見て訊ねてきた。その目には呆れと蔑みが同居していた。まあ、気持ちは分からなくはない。


「一応そうなってしまった」

「――アホそうなのにか?」

「一応才能はある。一応な」

「――師匠、隠さなくていい。私は稀代の天才魔法師」

「という夢を見るアホの子なのか?」

「一応、天才の片鱗である技術は持っている」

「そうか。まあいい。それで、お前は御姉様のことをどう思っている?」

「こいつのことか?ふむ……」


 一切考えたことがなかったな、そんなこと。だっていきなり殺そうとしてくるわ。一方的に愛を囁いてくるわ。正直これだけのことがあって、好きです、なんて言う変人いないだろう。どう答えるか……


「考えるほどか?」 

「……まず第一印象は、とにかく剣の腕が凄かったな。これまで何百人もの人間を相手にしてきたが、こいつほどの者は会ったことがなかった。素直に感心したよ。この若さであれほどの剣術を修めているのかと」

「ふん! 御姉様ならば当然だ!」

「なんであんたが誇らしげにしてるのよ」

「――師匠を追ってきた凄腕の変態がこの人?」


 馬鹿弟子が純粋な疑問として訊ねてきたものの、言葉の中に毒が若干混じっていたのを聞き逃さなかったが、あえてそこは追求しないでおこう。


「そうだ。――二つ目の印象は、驚異的な能力でどこまでもどこまでも延々と追い駆ける続けてくる底知れない意地と執着か」

「――師匠の魔法では対処しきれなかったほどの変態」

「御姉様を変態と言うな!」

「いや、あれほど的確に追い駆け続ける嗅覚というか感覚はもういっそ変態と形容するしかないほどのレベルだぞ?」


 もう人間をやめているレベルだからな。探偵とか意外とあってるんじゃないか?いや、知能はなさそうだから無理か。


「御姉様……?」

「……魔王の痕跡は独特だから、追いかけるのは他愛なかったわ」

「御姉様はこうおっしゃっているぞ!」

「いや、痕跡を消すために海に潜ったのに追いかけてきたからな。しかも魔法で隔離されている海底神殿にまで」


 魔法で徹底的に俺の痕跡――というか存在と言っても過言ではないレベル――を消したのに追い駆けてきたな。あと海の中を匂いを頼りに追いかけてもきた。普通の人間ではまず無理だ。いや、超人的な人間でもあの状況で追って来るのは不可能なはずだ。


「……本当ですか?」

「……地元のおじさんに案内してもらったわ。途中まで痕跡は残っていたもの」

「だそうだが?」

「今日、あの時まで俺達は完璧にお前を撒いていた。なのにこいつはずっと俺達の跡を辿って来ていた。街では完全に隠れていたが、その時はこの馬鹿のせいでバレてしまったがな」

「――あれは師匠に弟子入りするための作戦」

「――――そうか」

「――はい、嘘です。ミスしました」

「だよな」

「――でもミスはあの時だけ。その後はちゃんと魔法でサポートした」

「してなかったら今頃砂漠のどこかで放り出してたわ!」


 こいつのせいで慌てて逃げる羽目になったのだから、そのうちお仕置きが必要だな。何にしようか……


「確かに、僕はまったくあなたたちの気配を探知出来ていなかった。それこそ、あの時目の前に出るまで気付かなかったほどだ」

「安心してください御主人様、俺もまったく気付いていませんでしたから!」

「お前は黙ってろ!」

「あなたもよ、ティンクル」

「……はい、御姉様」

「そういえば、ティンクルだったか?なぜお前はこの変態に追われていたんだ?」

「あれは……」

「俺の中の溢れ出る愛を受け止めてもらうためだ!」

「愛…?」

「そうだ。俺は御主人様を愛している。だから、胸の内を伝え、受け止めてもらおうと追い駆け続けたのだ」


  ん?おいおい……まさかとは思うが、こいつ。


「異性に向けての愛か?」

「そうだ。勿論、主人と下僕という関係も築けたらと思っているがな」

「………お前は気付いていないのか?」

「何をだ?」

「――師匠は何の話をしてる?」

「馬鹿弟子もか。勇者、お前は知っているみたいだな」

「ええ、知っているわ。だから遠ざけているのよ」

「そうだったのですか、御姉様!?」

「どういうことだ?」

「ふぅ……だぞ」

「――――え?師匠は何を言っているの?」


 俺が明かした事実に変態だけでなく馬鹿弟子までも凍り付いた。お前も気付いていなかったのか……


「事実だ。ついさっき勇者も認めただろう?」

「――つまり、このメイドも女装趣味の変態?」

「そういうことだな。変態3人のパーティーか。なかなか珍しいものだな」


 勇者のパーティーが変態で構成されているとか、他人に知れ渡ったら笑い話では済まないのではないか。類は友を呼ぶ、とはどこかの国の言葉だったが、まさか実例を目の当たりにすることになるとは。


「――記録に残さないと」

「い、いつから気付いていた?」

「ん?最初からだ。会ってすぐに気付いた」

「どどど、どうやって?」


 余程正体がバレたことに驚いているのか、どもりながら訊ねてきた。顔にも焦りが見える。

 対照的に、隣の勇者は涼しい顔をしている。気にしていないようだ。


「なんと言ったものか……一つ言えることは、体の運びが女らしくなかった。違和感と言ったほうがいいか」

「それだけで気付くもの?」

「あとはそうだな……色香、というものか」

「色香?」

「そう。この馬鹿弟子然り、勇者然り。女には男を誘惑する匂いのようなものがある。だが、お前からはなかった。それが大きかった」

「――師匠が弟子に欲情した?」

「なわけあるか。そういう匂いが男からは皆無だという話だ」


 なぜ、そういう結論に至るんだ?というか、俺がいつお前に欲情した?


「――引き籠りなのに博識」

「お前の頭がスッカラカンなだけだ」

「魔王が私に欲情したの?」


 ここにも同レベルのアホがいた。アホで変態とか救いがないぞ?あと、剣を持って追いかけて来る人間に恋するなんて事態はありえないからな?

 

「それも無いな。あり得ない」

「全否定しなくてもいいじゃない!!」

「……御主人様は男」

「相当ショックだったみたいだな」

「これで追いかけらることもなくなるか」

「だが、構わない!!」

「……………は?」

「俺は男の娘でもいい。御主人様を愛せるならば!!」


 ショックを受けて落ち込んでいたかと思ったら、急に立ち上がって物凄いことを言い始めた。俺には心底理解出来ない。それに、周りの目が若干痛いからそろそろ消えてくれないかねぇ?


「――真正のド変態だったみたい」

「二人とは一線を画す変態か。まあなんだ、頑張れ」

「ティンクル、頑張りなさい」

「御姉様、見捨てないでください!」


 ついに唯一の味方であるはずの勇者にまで見捨てられた。若干泣き顔になりながら勇者に泣きついたが鬱陶しがられていた。まあなんだ、頑張れ!


「男の娘だろうと俺は愛してみせる!だから御主人様、俺と付き合ってくれ!!」

「絶対に嫌だ!!」

「付き合ってくれるまで俺は御主人様を追い駆け続ける!!」

「もう国に帰れよ!!」

「もっともな意見だな」

「――ここにきての正論」

「もういっそ、全部脱いで男だって証明したら?」


 この場でそんなことをする馬鹿がどこに……勇者ならやりそうだな。


「証明したところでもう遅いんじゃないか?男の娘でもいけると言い切ってしまった後では男であろうとなかろうと関係あるまい?」

「……それもそうね。じゃあ諦めなさい、ティンクル」

「見捨てないでくださいよ、御姉様……」

「私じゃどうしようもないもの。愛してくれるって言ってるんだから受け入れてあげたら?私にとっては羨ましい限りよ」


 そう言って俺に流し目をしてきたが無視。食事に集中。

 こっちに厄介事を持ち込むな。


「御主人様の御義姉様もこう言っている。これで我々の前に障害はなくなった。さあ、結婚しよう。新居は用意するから安心してくれ。子供は3人がいいな」

「誰がお前と結婚すると言った!あと御義姉様じゃない!!」

「……そうか、そうだったな」

「ようやく理解したか――」

「キスを忘れていたな。あとはデートも。いや、デートは一応先程済ませたか」


 歪んだ愛を持った者は発想が既に常人と違うようだ。研究対象としては面白いかもしれないな。何かの魔法に使えるかもしれないし。


「違うからな!!デートしてないし!キスもしないから!!」

「では早速初夜か?そんなに子供が欲しいなんて……だが、男同士では子供は出来ないからな……愛人を作るしかないか」

「なんでそこまで飛躍する!?」

「しかし、両方の子供が欲しいからな。それぞれ2人の計4人は作りたいな!」

「誰も聞いてねえよ!!」

「――師匠の気持ちがなんとなくわかった気がする。これは嫌だ」


 ようやく共感してくれる仲間が出来た。この場では仲間がいるだけで心強い。それが例え食事ばかりしている馬鹿弟子であっても。


「そうだろう?一方的な愛ほど怖いものはない」

「……魔王は私の愛が重いと思ってるの?」

「ああ、重い。重すぎる。あの変態と同じくらいに重い」

「貴様!御姉様の愛情を受けられるだけありがたいと思え!!」

「………今お前が味わっているものと同じものをありがたいと思えと?」

「……御姉様とこの変態の愛は別物だ!」

「我が愛は不滅にして最強!!」

「だそうだ。俺はまさにそんなものを勇者から押し付けられているのだが?」

「んぐ……いや、やはり御姉様の愛情は――」

「新居と子供の人数と初夜の話をされたが?」

「ぐはっ!!――同士が魔王とは……」

「よくわかっただろう?一方的な愛の重さが」

「……ああ、よくわかった」


 たとえ相手――真正の変態と変態(勇者)――は違えども、状況が同じならば理解できるはずだ。あんなもの、愛と呼ぶには重すぎると。しかも、妄想を現実と混同しているからなおタチが悪い。最悪こっちが発狂死しそうだ。


「――けぷ。御馳走様でした」

「お前、一人だけ暢気にメシ食ってたのか……」

「――だって関係ないから」

「お前の師匠と御姉様が結婚すれば、師弟関係は終わるぞ?」

「――問題ない。師匠は一生童貞魔王」

「今ここでお前をシチューの具材にしてやろうか?」

「――師匠は冗談が通じない」


 今のを冗談で受け流せるほど、今の俺は寛容ではない。変態の相手をして疲れているからな!


「今日はとりあえず解散しよう。また明日、今度こそお前と御姉様の話だ」

「面倒だが、これで終止符が打たれるのなら仕方ない」

「――明日もタダメシ」

「食意地ばかりのデブめ」

「――嫉妬は見苦しい。でも男だから気にしない」

「お前はお前でいい性格をしているな」

「――ふふん♪」

「これっぽっちも褒めてないからな?」



 こうして対談一日目が終わった。実りあるとは到底言えるものではなかった。メシと宿代を持ってくれるから話を聞いているにすぎない。面倒事に巻き込まれないようにだけは気を付けるか。

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