第5話 面倒事は勝手にやってくる

「ここからダーリンの匂いがするわ!待っててね、今行くわ♡」



――遡ること三時間前――


「くそ!とりあえずここから離れなければ…!」

「――作戦通り」

「嘘つけ!魔法を思いっきり間違えていただろうが!」

「――油断させるための芝居」

「とにかく!貴様も来い!」

「――ついに弟子にしてくれる?」

「なわけあるか! 貴様を置いていくと家主に文句を言われるからな。それに奇怪な魔法を使う貴様のことだ、追跡する魔法でも持っているだろう?」

「―――なんのことだかわから」

「嘘がヘタだな!とにかく!貴様を置いていくと後々厄介な事態になるかもしれないから連れて行く。いいな?」


 こいつに構ってる暇はない!

 今すぐにここから離れなければ!!

 くそっ、猛スピードでこちらに近付いてやがる!!!


「――私の魔法で勇者を撒くことが出来る」

「なに?そんなことが出来るのか?」

「――出来たら弟子にして」

「………結果が出てからだ。それ次第では弟子にしてやっても構わない」

「――わかった。任せて」


 しかし、俺でも出来なかったことをこいつは出来るのか?

 いや、出来なければそれこそどこかで放り出せばいいだけか。




――現在――


「あれ??確かにここにはダーリンの匂いが……」

「御姉様、これは魔法です。特定の人物に関する様々な情報を再現する魔法みたいですね。姑息で陰湿な人間が考えそうな魔法と呼ぶのもおこがましいですが」

「…………」

「御姉様?」

「ダーリンの匂いをいつでも再現できる魔法…!そんなものがあるなんて。これがあればいつでもダーリンを感じられるのね!教えてもらわなくちゃ!!」




※※※


 一方その頃、二人で路地裏を疾走中の二人。


「っ!寒気が。きっとあいつが何かしたな。呪われているのか?」

「――師匠に呪いはかかっていない」

「そうか。お前は変なところで優秀だな」

「――みんなわかっていない。私の魔法は時代を切り拓く最先端のもの」


 並走する少女がドヤ顔してきたが、魔王は無視。

 反応しなかった魔王に不満を覚えたらしい少女は、頬を膨らませていた。


「いや、実戦ではあまり活躍しないものばかりではないか」

「――まだまだ可能性に溢れているから問題ない」

「まあ可能性はあるな。使いようによってはこれまでの戦争に新たな戦略をもたらすかもしれないくらいには」

「――私は可能性の塊」

「ここまで簡単に調子に乗る者を俺は見たことが無いな」

「――ドヤッ」

「うざい。それからお前の魔法はまだまだ粗い。さっきも言ったようにこれから改良していかなければ使い物にならんし、お前の言う新時代もやってこない」

「――師匠がいれば大丈」

「お前がやらねば意味が無いだろうが!」

「――わかった」

「理解したならそれで――」

「――勇者にここを教える」

「わかった、手伝おう。手伝うから馬鹿なマネはよせ」


 瞬時に天秤にかけた魔王は、勇者に場所を知られる方が危険と判断したらしく、すぐに掌を返した………大変苦々しい表情をしているが。


「――師匠はツンデレ」

「貴様を今ここで殺してやりたい!!」

「――そんなことをすれば私の中の魔法が発動する」

「……無駄に賢いな。いや、褒めてないぞ」

「――これでも稀代の天才魔法使い」

「はあ……とんでもないヤツを弟子にしてしまった」



※※※



「――御姉様、後ろから近付いて来てます。先程の使い魔の主人でしょうか?」

「違うわ。あれは魔王のもの。今近付いてきているのはさっきの王子」

「しつこいですね。いっそ物陰で殺っちゃいますか?」


 自分の得物を見せて意見を窺うメイド。その目は本気だった。


「どうでもいい。それよりも魔王を急いで追いかけないと。今この時も街の外でどんどん差をつけられてるだろうから」

「――なぜそこまで魔王にこだわるのですか?国にはいくらでも結婚相手がいらっしゃるのに。しかも〝ダーリン″なんて」

「結婚相手は私が自分で決めるわ。誰からの指図も受けないし、私の生き方に口出ししないで」

「それは無理かと。本国からじきに増援部隊を送ると言っていましたよ」

「……そんなに私の事が信用できない?私に自由は無いって言うの?」

「そこまでは言ってません。ただ、『勇者』ですから、他の国にもしも行ってしまわれたらと考えての措置だそうです」

「それを信用していないと言うのよ」

「――ですが、国王陛下も心配なのですよ。御姉様は我が国の宝ですから。万が一変な男に引っ掛かってしまったらと思って僕が派遣されたんです」

「――、ね。戦争の道具。外交の切り札。民への広告塔。兵士の偶像。国事の御飾り。私はそれらが鬱陶しくて鬱陶しくてたまらなかったの!!あなたになんかわからないでしょうけどね」


 前を見据えながら吐き捨てる勇者。

 それを見たメイドは、もはや何も言えなかった。


「――御姉様」

「放っておいて。これ以上何か言ったら切り捨てるわよ」

「――――」


 

 私の事なんて誰も理解できない。理解しようともしない。

 子供の頃から力がありすぎるあまりに誰からも近づかれなかった。

 勇者と呼ばれ、勇者のように振る舞い始めてようやく人から話しかけられた。

 それでも目を見ればわかった。瞳の奥に恐怖の感情を持っていたことを。

 国は私を道具として管理することに躍起になった。徹底的に管理した。

 私の自由は5歳にして奪われた。

 魔王のおかげで今は外にいられるが、魔王が討たれればまた国に縛られる。

 それだけは嫌だ。絶対に!




※※※


「――ねえ、これからどこへ行くの?」

「…………」

「――ねえってば。……このチキン野郎」

「随分と口の悪い弟子だな! 今どこに行こうか考えている最中だ。話しかけるな」


 いきなり飛び出たとんでもない暴言に、さすがの魔王も無視できなかったようで、驚いた表情で振り返っていた。予想外だったのだろう。


「――無計画」

「貴様は一度その口を閉じろ」

「――ここから一番近い町までは半日くらい。大きな街なら一日とちょっと」

「地理に明るいのか?」

「――これくらいは当然」

「そうか。ならば一日かけて大きな街に行くとしよう」

「――なぜ?」

「近場では追いつかれる。ならば遠くに行くべきだ」

「――疲れる」

「……寝たら置いていくからな?」

「――薄情者」

「魔王だからな。別になんとも思わん」

「――陰険」

「ああ」

「――引き籠り」

「間違ってはいないな」

「――陰湿変態魔法師」

「ただの悪口ではないか!」


 酷い暴言を淡々と受け止めていた魔王も、「変態」の部分は看過できなかったらしく、言われた直後に怒って振り返っていた。


「――おぶって」

「弟子なら師匠に負担をかけるな」

「――勇者」

「よし、疲れたら野営しよう。なんならそこで寝てもいいぞ!」

「――師匠は素直じゃない」


 もはや「勇者」という単語に過剰反応するようになってしまう魔王であった。

 弟子に脅される師匠とは、なんと情けない姿だろうか。

 魔王はそんなことに頓着していられないようだが。


「――あ」

「なんだ?」

「――寝込みを襲っちゃダメだから」

「……………」

「――師匠はエッチ」


 寝たら置いて行こう。そう決意する魔王なのだった。



※※※


 魔王を追跡中、王子が後を追いかけて来たためメイドはメイドらしくない眼つきで睨みながら対応していた………本当にメイドなのだろうか?

 


「勇者はどこだ?」

「なんだお前?御姉様になんのようだ。さっきあれだけ言われたのにまだ諦められねえのか?」

「いや、俺はただ会いたいだけなんだ」

「お前みたいなのを御姉様に会わせられるか。消えろ」

「そこをなんとか……」

「ウゼえな。あんましつこいと消すぞ?」


 さらに鋭くなった眼つきで、もはや喧嘩するつもりなのかと思わせるほどに喧嘩腰のメイドに、さすがの王子も及び腰になっていた。


「いやしかし……」

「あ~今ストレス溜まってっから、八つ当たりさせてもらうわ」

「え?」


 喧嘩するつもり――ではなく、本気で殴るつもりだったらしく、人気がない事をいい事に、メイドは思う存分王子を殴りつけた。

 それはもう、大抵の人間ならば立ち上がれない程に。



「――ふ~スッキリした。これで御姉様の後を追おうなんて考えるなよ?」

「………」

「だんまりか。まあいいや。御姉様を探すか。………あ?」

「もっとなじってくれ。もっと蔑んでくれ! もっとイタブッテくれ!!」


 その場をあとにしようとした時、動かないと思っていた王子が突然起き上がった。しかも、恍惚の表情を浮かべて目を爛々と輝かせながら。

 普通の人が見れば鳥肌ものだろう。

 恐怖を呼び起こす気持ち悪さだ。


「……はあ?なんだよ急に。気持ち悪いな」

「俺は気付いた、いや、気付かされたんだ! 俺は、変態だと!!」

「はああ!?」

「勇者に言葉責めされて目覚めた。俺はあの時、嬉しかったんだ。詰ってくれたことに! 蔑んでくれたことに!! だからまた勇者に会おうと思ったんだ。だが、もう勇者なんてどうでもいい! 君こそが私の御主人様だ!! 御主人様、どうぞ思う存分俺を虐めてくれ!!!」

「…………」

「さあ! さあ!! さあ!!!」

「く、来るなーー!!」


“大人の男が女の子を追いかけてるわ!すぐに衛兵に知らせないと!!”

“大変!変態よ!!変態が現れたわ!!!”


「私を罵ってくれー!!」

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