第4話 救世主現る?

 今度はどこにいるのかって?街のなかでも人が多い地区の宿屋だ。

 ここならば匂いは紛れるだろうし、他の情報も拾えまい。

 というわけで、今は部屋の中で結界を張って隠密魔法を使いつつ息を潜めている。



「おい!この街に勇者が来ていると聞いてきたが、どこにいる?」

「さあな。なんでも魔王を追ってきたとか言っているらしいから、それらしい奴に声を掛ければいいんじゃないか?」


 もうこの街にまで来たのか!急いで出る支度をしなくては。

 また部屋に入られたら、今度こそ逃げられないだろう。

 しかし、焦って出て行けばあいつに見つかる可能性が高いか。

 どうする?このままいるべきか、それとも今すぐ出るべきか。



「魔王?そんなやつ、いるわけがないだろう。御伽噺の存在を信じているのか?」

「知らん。ただ、最近この街に現れた美女が『マオウ』って言いながら探して回ってるって話だ。かなりの目撃証言があるからな。そこらへんのヤツにでも聞けば居場所はわかるんじゃねえか?」

「なるほど。わかった。これが情報料だ」

「……こんなにももらえねえよ」

「いらないのか?なら返してもらうぞ」

「いやいや。もらっておくよ。人探し頑張ってくれ」


 勇者を探しているのか。

 こいつがあいつを抑えてくれるなら、逃げ出す機会はあるはずだ。

 こいつに使い魔をつけるとしよう。

 勇者と接触したら逃げ出せるように準備するか。



「おい。勇者はどこだ?」

「あっちに向かって走って行ったと聞きましたよ」

「勇者を見たか?」

「勇者?ああ…あそこで黙って立ってるのを見たよ。今はどうか知らんが」

「勇者を知らないか?」

「勇者だって?あんたもあれか。勇者見たさに来たのか。今は食堂に向かったって言ってたぞ」

「ここに勇者はいるのか?」

「え?少し前に出て行かれましたよ。目印は男が群がっていることですから、すぐに見つかると思いますよ」

「勇者は……」

「あん?勇者なら大勢を引き連れて向こうに行ったぜ。ちょっと前だからすぐ追いつけるだろ。気を付けるんだな。随分と気が立っているみたいだったから」

「……あれか」


 随分と大勢の人を連れて歩いて……って勝手について来られているだけか。

 見るからに不機嫌そうだな。良い気味だ。

 いつも追いかけ回しているのだから、たまには自分も味わうといいさ。

 追われる側の気分をな。



「お前が勇者か?」

「………」

「おい。お前が勇者なのかって聞いているんだ」

「………」

「おい!」

「うるさい。今集中してるところなんだから邪魔しないで」

「何をしている?」

「魔王を追ってるの」

「そんなことよりも、大事な用事が俺にはある。俺と一緒に来い」

「……あんた何様?」

「俺はモルド王国の第一王子、ルフラだ」

「あ、そう。でも興味ないからどっか行ってくれる?今忙しいの」

「……いいから、俺と一緒に来い。それがお前の幸せになる」

「人の幸せを勝手に決めつけないでくれる?」

「俺はこれでも5人の妾がいる。皆子供は3人の計15人だ。幸せにできていると自負している。お前も幸せにすると約束しよう」

「……あんた馬鹿?」


 く、くくっ……ははははっ! あのバカに馬鹿と言われる者が現れるとは!

  にしても、この馬鹿王子もなかなかだな。自分基準でしか物事を測れないとは。



「あんたのことなんて聞いてないの。そもそも子供がいれば幸せとか、王子と結婚すれば幸せかなんて人それぞれよ。それ以外の事が幸せの人だっているはずよ」


 勇者もたまには良いことを言うな。

 ただの変態かと思っていたが、そうではなかったらしい。

 人として多少はマシな思考をしているようだ。



「ならば、お前の幸せとはなんだ。俺が叶えてやろう」

「何も理解できていないのね。人に叶えてもらうだけが幸せじゃないのよ。自らの努力で叶えることも出来るし、協力してもいいし。とにかく、私の幸せは人様に叶えてもらうようなものじゃないの。わかった?わかったならどっか行って」

「いやしかし、俺なら叶えられない幸せはないぞ!」

「……さっさと消えて。次に私を不快にさせたら斬るから」


 ほう?人間に向かって剣を抜くか。

 これでは本当に勇者なのか疑わしくなってくるな。

 まあ、明らかにあの場で最も威圧感があるのはあいつだがな。

 あの馬鹿王子も含めて周りの者全員が威圧されて立ち尽くしているではないか。

 これで馬鹿王子も付き纏うことはないか。役に立たない奴め。



「ここじゃなさそうだし、移動しよ」

「……ああ」


 ん?泣いているのか?王子のくせに情けないな。

 最初はあんなに威勢よく喋っていたのに、今は地面に手をついて泣いているぞ。

 これではどこぞの国もつまらない国なのだろう。

 王子がこれでは国民の程度が知れるな。



「おい、あんた。大丈夫か?」

「…ふふっ……ふふふ………」

「ダメだ。完全に壊れてやがる。おい!誰かこいつの宿を知らねえか?知らなきゃどこでもいい、連れてってやれ」


 さて、あんな奴は放っておいて、あいつはどこに行った?




「匂いがあるのに、どっちに行ったかわからない。痕跡で探すしかないか」


 ふふふっ!今回は更に強化した隠密魔法で徹底的に痕跡を消したからな。

 今回は絶対にバレない自信があるからな!

 見つけられるなら見つけてみろ!!


「なんか…ダーリンの魔法の残り香のようなものが……は~んっ!ダーリンを感じるわ!この痕跡を辿ればダーリンに辿り着ける気がするわ!!」


 おかしいな、今物凄い寒気がしたぞ。街中であんな奇声を上げる馬鹿がいるか。

 しかし、ここがバレたのか?

 いや、まだ動き出していないところをみると、場所を特定できたわけではなさそうだな。急いで支度をしなくては……誰だ?



「ああ…ダーリンまであと少し……!今夜は寝かさないわよー!!」

「――御姉様! ようやく追いつきましたよ! どうして置いて行ったのですか!」

「なんで来たのよ。邪魔だから置いて来たのに……」

「御姉様が行かれるところに御供をするのが僕の務めですから!」

「じゃあ改めて言うわ。邪魔だから付いて来ないで。帰ってちょうだい」

「……そこまで僕は邪魔ですか?」

「鬱陶しいのよ。犬のように後ろをちょろちょろと付いて来て」

「邪魔にならないようにするので連れて行ってください!」

「だから……」


“見て。姉が妹を虐げてるわよ。”

“健気な子なのに可哀想。連れて行ったらいいのに。”




 足音がする。それに探知結界にも反応。

 誰だ?ここに用がある人間なんぞあいつぐらいだが、今は妹とやらの相手をしているからここには来れないはずだが……。


「――魔王ですよね?」


 部屋に入って来たのは、フードを目深に被った少女だった。

 魔王と知りながらここに来たのか。


「何用だ。俺はお前のことを知らない。どこで知った?」

「――御爺様から聞いた」

「御爺様?」

「――魔導院の院長で、私の師匠」

「それがどうした。なぜ俺の存在を知っているのかと聞いている」

「――御爺様はあなたのことを知っていた。私の修行の師匠にはあなたしかいないと言っていた」

「修行?師匠?なぜ俺がそんなことを。俺には関係ないことだ。帰れ」


 こんな小娘に構っている暇などないのだ。

 あの魔獣(勇者)をなんとかしなくてはならないのだからな。


「――いいの?」

「なぜ俺に聞く。帰れと言ったんだ」

「――勇者に伝えてもいいの?」

「っ!貴様、勇者の知り合いか?!」

「――知り合いじゃない。でも、師匠がこのまま拒否するなら勇者を呼ぶ」

「なぜ俺に拘る?」

「――私は魔法適正が高すぎて居場所がない」

「……なるほど、魔王候補か。それで御爺様に俺を追えと言われたのか」

「――そう。お前の先輩だ、と言われた」


 ふむふむ。俺を頼って来た理由は分かった。

 だが、それでも言わせてもらおう。


「だが断る」

「――っ!なぜ?」

「面倒だからだ。勇者から逃げねばならんのに弟子などとれるか」

「――しょうがない。勇者に伝える」

「どうやってだ?」

「――伝達魔法で伝える」

「やれるものならやってみるんだな。ここには結界が張ってあるからそう簡単に外に伝えられると思うなよ」

「――――きつい」

「だろうな。最高強度だからな」

「―――――――」


 所詮は小娘。まだまだひよっこと言ったところか。

 その程度で俺の結界が破れるわけがない。


「諦め――」

「――空いた」

「バカな! 伝達魔法でなんで穴が空くんだ!!――って、これは『風穴』だ! 伝達魔法ですらねえじゃねえか!!」

「――ちょっと間違えただけ。でも、これで勇者に伝えられる」

「くそー!少しでも期待した俺が馬鹿だったー!!」


 どう間違えたら、結界に干渉する魔法と伝達魔法を間違えるんだ!!



 ※※※


「ダーリンの気配っ!!あっちね!今行くわ、ダーリン♡」

「御姉様、待ってください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る