第3話 なんでいるの?

 ……よし。来てないな。

 あのあともあいつは水中を人魚のように高速で追いかけてきた。

 あれは本当に人間か?あっちのほうが魔王ではないか。理解できない。



「一人かい?」

「ああ、2泊させてくれ」

「2シルバだ」

「安いな」

「この辺だとこんなもんさ。旅人以外じゃ滅多に来ないからな」

「はあ。1つ聞きたいんだが、メシ屋はあるか?」

「ここから少し離れた丘上に一軒だけある」

「わかった。ありがとう」

「まあ、ゆっくりしていきな」



 騒がれないのはありがたい。ここならゆっくりできそうだ。

 にしても、まさか隠密魔法を創ることになろうとは。

 だが、あれ相手にただ逃げるだけではすぐに追いつかれていただろうから仕方ないか。

 しかし、創るのも一苦労だったし魔力を大きく喰ったからもう勘弁だ。

 さっさとメシを食って寝よう。魔力を回復したい。


「いらっしゃい!適当にかけて頂戴!」

「人はいないんだな。ありがたい」

「メシ時は過ぎてるからね。注文は?」

「ドリアとキッシュを」

「時間がかかるけどいいかい?」

「時間ならある」

「了解。最高の料理を出してあげるわ!」


 さて、これからどうするか……。

 東に流れてきたが、一旦中央に向かうべきか。


「そうそう。お兄さん、魔王が動き出したって知ってる?」

「……聞いたことはある」

「やっぱり!ここまでその情報が届いたのよ!でも、姿を見た者はいないって話でね。だから、どんな見た目か知ってたら教えて欲しいの」

「さあ、俺も見てないからな」

「あらそう。でも、勇者が追いかけてるって話だから、勇者がいるところにいるってことよね。どんな見た目なのかしら?やっぱり噂通りの大男なのかしら?」

「どうだろうな?」


 本人が目の前にいるとは思うまい。さっさと食べて宿に戻りたい。

 嫌な予感がしてきた。主に勇者という名前のせいで……


「美味かった。金はここに置いていくぞ」

「よかったわ、お気に召してもらえて。また来てね」

「気が向けば」


 普通に美味かった。

 これまでは味気ないものばかり食べていたからよりおいしく感じたのかもな。

 明日も行くか。


「ん?……ああ、あんたか」

「ただいま帰った」

「勝手にしてくれ。風呂は自分でな」

「ああ……風呂か。入らせてもらう」

「使ったら片付けておいてくれ。誰も使わんからな」

「わかった」


 気を使わないのは楽でいいな。

 勇者もいなくなったらもっと気が休まるだろう。





「…………どうしてここにいる?」

「追いかけてきちゃった♡」


 おかしい。

 隠密魔法は確かに発動しているし、結界を壊された形跡もないが……


「来たときにいなかったから勝手に上がらせてもらったわ」

「どこから入ってきた?」

「窓から。そっちのほうがサプライズみたいで喜んでくれるかなって。あっ、もしかして土足で部屋に入っちゃ駄目だった?なら今すぐ靴脱がないと……」

「それ以前の問題だ! そもそも不法侵入だし、金を払ってないだろうが!!」

「夫婦なら部屋は1つでいいでしょ?ベッドは小さくても密着しちゃえばいいんだし。あっ、でも丈夫じゃないと駄目よね。子供は3人は欲しいからあなたに頑張ってもらわないと」


 ……勇者なら何をしても許されるのか?

 俺の方が余程ルールを守っているぞ。こいつを教育したやつはどこにいる?

 一度会って説教(物理)してやらんと気が収まらん!!



「……ってなぜ脱いでいる!?」

「え?……子作りするため?」

「誰が作るか! 出ていけ!!」

「服は脱がない方が燃える人?なら着直さないと」

「話がワンテンポずれている! 出ていけと言ったんだ!!」

「外でするの?あら、ダーリンは露出癖があるの?それとも他の人に見せつけるつもり?私はそれでもいいけど」

「人の話を聞け! 子作りはしない! 外に出るのは貴様1人だ!!」

「私だけ外?……壁穴プレイ?まあ、ダーリンたらアブノーマルなんだから!でも、ダーリンが望むなら私はなんだってするわ!!」


 なぜだろうか。人と話しているはずなのに会話が噛み合わない。

 俺は魔物と会話しているのだろうか?勇者とは魔物のことだったのか。

 俺は新たな真理を知った。

 とりあえず、話が通じないなら逃げよう。


「ダーリン!私外で待ってるから!!」


 ………もしかしたら、こいつの行動を肯定することを言えば操れるか?


「海辺に廃墟が一軒あったから、そこに行って待っていてくれ」

「ついに観念したのね!私はここでしてもいいけど、ダーリンがそう言うなら待ってるわ!!」


 アホでよかった。これで逃げるまでの時間を稼げる。

 丘上の料理屋は惜しいが、命には変えられない。

 次はどこに行こうか……





 ダーリンたらいつ来るのかしら?

 もう3日も経つのにいっこうに来ないし。


「あんた、ここで何してんだ?」

「ダーリンを待ってるの」

「ダーリン?……ここらじゃ見ねえ顔だな。もしかして、この前の客のツレか?」

「……どんな人?」

「身なりは良いが言葉遣いが悪かった。だが、礼儀正しくはあったな。髪は黒」

「っ!今どこに!!」

「2日前には宿を出てったぞ」

「……ふふふ。私を置いて1人でどこかに行くなんて………」

「置いてかれたのか?可哀想に。2日も経つと追いかけるのは無理――」

「新しいハネムーンかしら?それならそれで燃えてくるわ。今度こそ、見つけたら捕まえて(監禁)ベッドイン(子作り)よ!必ず追いついてみせるわ!!」

「あんたもめげないな」

「待っててね、ダーリン!今行くわ!!」

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