第2話 隠れても無駄よ

 俺は今どこにいるかと言うと、海底だ。

 良い感じの海底神殿があったから今はそこに身を潜めている。

 ここならあいつも追っては来れまい。ようやく気を抜くことができるな。


 さて、これからどうするか。

 ……とりあえず結界を張ったが、それなりの期間住むとなると色々と手を加える必要があるな。



「ここには何もないのか……誰だ!」

「――俺はこの神殿の守人。あんたこそ誰だ?」

「魔王だ。他の人間にはそう呼ばれている」

「魔王?なぜ魔王がここに?大陸奥深くの城にいるはずでは?」

「城を壊された」

「……誰に?」

「勇者にだ。あのバカのせいで住む場所を追われた。ついでに俺も追われた。隠れるにはちょうど良いからここに来た」


 人の住処を壊す馬鹿がどこにいる……あいつか。


「なんだか魔王らしくないな」

「らしくないとはどういうことだ?」

「俺が聞いていた魔王とは、角が生えて身体が大きく、人を簡単に握り潰す異形の存在だと。悪さをすれば魔王のエサにすると言われて育った」


 さすがに尾ひれが付き過ぎじゃないか?

 第一、人を喰っても美味しくないだろう。骨張って肉は少ないのだから。


「どんな人間だ、それは。妄想が過ぎる」

「じゃあ、なぜあんたは魔王と呼ばれているんだ?」

「単純に、魔力量と魔法の威力が強すぎたから。異端だと決めつけて俺に魔王の烙印を押して放逐したんだ。自分たちの専売特許を脅かされると思った魔導院の策略でな。家族も批判を受けたはずだ……ってなぜそんなに馴れ馴れしいんだ!」

「いや~。ここで3年も守護と修行を一人でしていたから人との会話なんて久しぶりでね。ついつい楽しくなっちゃったよ」


 ここまで馴れ馴れしい人間がいるとは思わなかった。

 いつの間にか隣に来て肩を組んで来るとは………


「俺を恐れないのだな。魔王と言った時から思っていたが」

「まあ、それなりに修行してるから人の気配を感じることも少しは出来るようになったみたいでよ。あんたからは殺意とかの類を感じなかったからな。だから安心して話せるってワケよ」

「……腹が減った。何か無いか?」

「魚なら腐るほど。ここでは唯一のエネルギー源だからな」

「なら貰おう。それと、ここに人は来るのか?」

「さっきも言ったように、ここには俺一人しかいなくて、会いに来る物好きもいないから安心して休んでいいぞ」

「勇者を呼ぼうとは思わないのか?」

「折角の話相手がいなくなっちまうからな。それに、あんたは悪い人間じゃない。そうだろう?」


 何年も人とまともに交流していないからか知らないが、未知の脅威に対してこんなに気さくに接することが出来るものなのか?

 

「そう見えるだけかもしれないぞ?」

「今の会話だけでもわかる。あんたは人を殺さない。だから必要以上に警戒もしない。分かりやすいだろ?」

「……とんだお人好しだな。だが、助かる。勇者が来るまではここで休ませてもらおう」

「水は使い放題だからな。そこまで不便に感じないはずだ。ゆっくりしていってくれ。何か困ったことがあれば聞いてくれ。それじゃあ、俺は修行に戻るから」


 変わった人間だな。

 魔王と聞けば恐れるか、立ち向かうかするところを、話しかけて来るとは。

 だが、ありがたい。無駄に殺さなくてよいのだから。




――その頃の勇者――


 ここにはダーリンの匂いが確かにするのに。どこに行ったの?


「勇者さま!聞き込みに行きましたが、それらしい人物は来ていないとのこと」

「そう」


 じゃあどこに行ったの?匂いで追跡していることがバレた?

 ……違う方法で痕跡を探すしかないか。


「時間はギリギリか……『しるべ探し』」


 見つけた!

 ……海に向かった?潜って逃げたということ?

 匂いや痕跡を残さないためには最適だけど、魔物がそこら中にいるはず。

 ……これはもしかして、ダーリンの危機では!?

 こうしてはいられない。助けに行かなきゃ!ダーリン待っててね!




――海底神殿――


「―――っ!寒気がした。しかし、さすがにここにいるとは思わんだろう、あのバカでも」


 これでもしもやって来たら、あいつの方こそ魔王ということでいいんじゃないだろうか?


「勇者の気配でも感知したかい?」

「いや、気のせいだ。……ここを知っている者はどれくらいいる?」

「そうだな……俺の師匠は知っているし、他の弟子も知っている可能性はある。あとは、ここから一番近い町の住人は知ってるはずだ」

「冒険者が来ることは無いのか?」

「ここはだいぶ前に調べ尽くされてるから、滅多に人は来ないよ」

「そうか…ここに来て1日。もうさすがにここに気付くことはないか」

「そんなに厄介なのか?」

「勇者と呼ばれるだけあって総合力は高い。魔法に関しては俺に軍配が上がるが、それ以外では勝てる気がしない。あと、何故かはわからんが追跡能力が恐ろしく高い。おそらく、強化魔法の適正が高いのだろう、攻撃魔法よりも」

「……よくそんなヤツから逃げきれたな」

「魔法を駆使して逃げることに徹すればこれくらいは出来るさ。あと、時々妄想の世界に入ってくれたから、その時に逃げ出している」


 あれさえなければあいつは簡単に俺を捕まえることが出来ただろうな。

 まあ、あれのおかげで逃げきれてるのだから、感謝していいだろう……いや、必要はないか。


「妄想?どんな?」

「俺の事を『ダーリン』なんて呼んで、子供は何人欲しいとか聞いてくる。あんな変態は初めてだ。いまだに鳥肌がおさまらない」

「勇者って女なのか?!てっきり男だと思ってたぞ!」

「知らなかったのか?魔王のことは知っておきながら勇者は知らないとは」

「いや、勇者なんて最近出てきた存在だぞ?知ってることは、アホみたいに強いってことと、帝国最強の騎士を打ち負かしたことだけだ」

「やはり、最近現れたのか」

「ああ。『魔王』がいるから『勇者』って呼ぶことになったらしい」


 傍迷惑な話だ。勇者のための魔王など。

 いや逆か。魔王という存在に現実味を負わせるための勇者か。


「これからどうするんだ?ここにずっと住むのか?」

「……とりあえず一週間は滞在するつもりだ。それで勇者が来ないようなら上に上がってどこかの無人島にでも新しい住処を作るつもりだ」

「じゃあ、あと5日はいるのか。それまではよろしくな」

「ああ。5日もすれば出て行くから、それまでは居させてもらう」


 5日もすれば、さすがのあいつでも諦めて別の場所を探すだろう。


「なーに、一人でいるよりずっとマシだ。気にすんな。なんならもっとここにいてもいいんだぞ?」

「ふっ……修行中なんだろう?邪魔をするわけにはいかん」

「気にすることはないのに。……誰かが来たみたいだ」

「っ!まさか勇者が?」

「いや、ここはあんたくらい魔法に長けた人間でもない限り見つけられねえよ。例外は、ここを知ってる人間だけだ」

「じゃあ、誰が来た?」

「たぶん、灯台のじじいかな。月に一度、ここに世間の情報や食べ物なんかを届けてくれるんだよ。しかし、おかしいな。次に来るのは当分先のはずだが……」


『おい!勇者だかなんかがここに用があるからって連れてきたぞ!』


「「………は?」」


 俺達が思考をフリーズさせていると、話題の人物が水を滴らせながらやって来た。長い髪は顔にへばりついていて悍ましさが倍増していた。

 夜に出会ったら間違いなく一目散に逃げ出す容貌だった。

 目は爛々と輝いていて怖さに拍車をかけていた。


「ふふふ♪ダーリン、やっぱりここにいた。もう逃げ場はないわよ?」

「なっ……なぜここがわかった!痕跡はなかったはずだ!」

「愛の為せる業よ!といってもギリギリだったけどね?あと一日でも遅ければ完全に痕跡を追えなかったわ。もう、逃げなくたっていいのに。それとも、私を試しているのかしら?試すまでもなく貴方だけを愛しているのに♡」

「―――確かに寒気がするな。俺で感じるのだからお前はもっと大変だな」

「……ヤバい。震えが止まらん」


 なぜだ、なぜあの状況でこちらの位置を察知できるんだ!

  痕跡は完全に消したし、陽動のための痕跡は残していたはずだ。

 なぜだ………



「あら、寒いの?今すぐ私が温めてあげるわ!裸で!!」

「……逃げたほうがいいんじゃないか?」

「逃げられると思うか?」

「逃げ道は用意してある。それを使え。時間稼ぎは任せろ」

「……いいのか?」

「さっさと行け。俺の気が変わらないうちにな」

「恩に着る」


 持つべき友は、常識と思いやりがあって、なおかつ、友のために立ち上がれる存在だな!

 なお、見捨てるのはやむを得ないためだ。決して、俺が薄情だからではない。


「あっ!待ちなさい、ダーリン!私との愛の抱擁がまだよ!あとキスも!」

「勇者よ、待ってくれ。この神殿の奥に魔物がいてだな――」

「何?邪魔なんだけど。どいて。じゃないと斬るから」

「はい。すんませんでした」


 すまん、友よ。あれは俺の手に負えない。

 しかし、少しだけ時間を稼げた。あとは頑張ってくれ。

 それと、結婚式には招待してくれよな。




「ダーーーリン!!止まらないと――」

「止まらないとなんだ!」

「足を斬り落とすわ♡」

「尚更止まれるか!!」

「安心して!あとでピッタリと繋いであげるから!!」

「話にならん!違う男でも見つけろ!俺に関わるな!!」

「………」


 お?ようやく諦めてくれるか?……おかしいな、殺気がするぞ?


「ダーリン……浮気?」

「そもそも、俺は誰とも付き合っておらんわ!」

「じゃあ、童貞?」

「だまらっしゃい!それがどうした!あの辺鄙なところに女がいると思うか?!」

「つまり、私がダーリンの初めてを頂くのね!!」

「誰がやるか!貴様にやるぐらいなら墓場まで取っておくわ!!」

「……人生の墓場?」

「上手いこと言ったつもりか! 結婚せんわ!!」

「大丈夫よダーリン! 私の初めてをあげるから!!」

「いらんわ! 誰がいるか、貴様のモノなど!!」

「私の純潔じゃ駄目…?じゃあ、妹の……」

「そういう問題じゃない! そもそも、貴様と関わりたくないのだ! あと、さらっと妹を売るな!!」

「でも、妹が駄目だと……従姉?」

「もういい……『渦の槍』」


 水を螺旋状にし、先を尖らせて鋭さを増した槍。

 この閉鎖空間ならば確実にあいつを殺せる――斬られてしまった。

 形状を保てなくなった水があいつに被る。



「……濡れ場を求めてる?」

「誰が求めるか! まあいい、とにかく俺に近づくな!『大樹の枝』!!」


 水ではダメだと判断して土属性魔法で樹の枝を作り出して通路を塞いだ。

 今のうちに…!!


「邪魔!……あれ?ダーリン?どこ?」


 よし、水中なら痕跡も出ないだろう。さっさと離れよう。


「ダーリンの匂いは………こっち!」


 ヤバい。後ろから急速に接近してきている!!なぜわかるんだ!!!

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