妄想力ハンパない勇者から逃げていいよね?
蒼朱紫翠
第一章
第1話 魔王、逃げる
「見つけた!魔王、私と結婚しなさい!」
「断る!!」
「なんでよ!この絶世の美女の夫になれるのよ!泣いて感謝しながら承諾するところでしょうが!」
「誰が勇者と結婚するか!貴様みたいなゴーレム女、こちらから願い下げだ!」
「ゴーレムってなによ!せめてミノタウロスにしなさいよ!」
「変わらんわ!誰が貴様なんぞと結婚するか!」
こいつはやはりアホだ。
アホな上に無駄に行動力があるとか最悪だ!
「……ああ、なるほど」
「ようやく理解したか。その脳みそまで筋肉の頭でも――」
「新手の照れ隠しね!もう、恥ずかしがらなくていいのに!」
会話が、成立していないだと……!?
「大丈夫よ。私達はベストカップルだから。何も気にすることは無いわ。周りが何か言って来ても物理的に黙らせればいいんだし」
付き合っていられん。さっさと逃げよう。
アホが妄想に耽っている間に。関わると俺にまでアホが移りそうだ。
「住む場所も決めてあるの。海が臨める豪邸よ!ペットはケルベロス。子供は三人は欲しいわ!男の子二人に女の子が一人!」
「あ、あのー」
「あ、でもどうせなら二人ずつの方がいいわよね!私達の子ならきっと最高にカッコよくて、可愛くて、最強の子供になると思うの!そう思わな……あれ?」
「ちょっと前に逃げられましたよ?」
「どうして言わなかったのよ!?」
「いえ、先程御声をかけたのですが……」
「それで、どっちに行ったの?!」
「向こうに……」
「待っててね、ダーリン♡」
せ、背後から悪寒が! なんでここまで追いかけてくるのだ!
他の男でも引っかけていればいいだろう。
ええい、くそっ! あいつは悪魔か!
いや、勇者だったな……って、今はそんなことを考えている場合じゃない。
全力で逃げなくては!!
――1か月前の魔王城――
今日も今日とてのんびり過ごしていると、謁見の間の扉がバラバラに斬り裂かれてしまった。厚さ二十センチはあるんだがな……。
誰が修理すると思っているんだ。結構手間が掛かるんだぞ?
入って来たのは一人の女だった。
右手に両刃の剣を持っているくらいで、鎧も胸部と脛、膝を守る程度しかない。戦うには軽装だ。
まあ、こちらは玉座に片肘ついてダラけているがな。
「あなたが魔王?」
「そうだが、何用だ?俺は忙しい」
「あなたを倒しに来たわ」
「……貴様も魔王という名前に引き寄せられた愚者の一人か。いいだろう、受けてたとう。久しぶりの相手だ、名くらいは名乗れ。覚えておいてやろう」
「私は勇者ヨルハ」
「勇者?そんなものがいるとはな。相変わらず下らんことを考えるものだ。魔王の次は勇者とは」
「御託はいい。さっさと終わらせるわ」
魔王と呼ばれて10年以上経つが、勇者は初めてだ。
さぞ楽しませてくれるのだろう。創った魔法の実験台にはちょうどいいか。
「そうだな。その方が有意義だ。『風牙』」
様子見で風の刃を飛ばしてみたが、一歩横にズレることで避けられてしまった。
武器を構えた状態で怪訝な表情を浮かべる勇者。
はて、寝ぐせでも付いているのか?……問題なし。
「今更だけど、あなた本当に魔王?角がないけど」
「……角の有る無しで魔族と区別しているのか。貴様、さてはアホだな?」
「だから何?わたしはこの腕一本でここまで来た。これさえあれば何もいらない。これでけで十分よ」
「魔法師に接近戦か……『炎蝶』」
勇者の周囲に蝶の形をした炎を十体生み出したが、一瞬で全て斬られてしまった。しかし、爆発したため勇者は後退。
ふむ……剣術は達人級か。
「まどろっこしい!小技ばかりとは、魔王は臆病者なの!?」
「なんとでも言ってくれ。勝者こそ正義なのだから。『水虎』」
水で出来た全長二メートルの虎。
剣だけでは倒せないと判断したようで、剣に魔力を纏わせて跳びかかってきたところを一閃。冷静に核を斬ったか。
「今度は中位魔法!」
「小技は嫌なのだろう?『のたうつ焔』」
なら、今度は搦め手だ。
地面に当たると空中に跳ね上がる炎。しかし跳ね上がったかと思うと今度は落下する。動きが不規則なため大抵の者は必死に回避するのだが……跳躍して俺との距離を無理矢理に詰めようとするか。
だが、狙い通りだ。
「上位魔法を出しなさい! この程度で私を殺せるとでも思っているの!」
「隙のある上位魔法を出す馬鹿がどこにいる?『焔結び』」
先程放った『のたうつ焔』を利用し、相手に絡みつかせる。
炎がないとそもそも使えない、限定的な火属性魔法。
最大の特徴は、炎で出来ているため斬ってもすぐに再生する点だ。
あと一歩踏み込んでいれば勇者の剣の間合いというところで俺の魔法が彼女を拘束した。あくまで拘束のみ。再生する鎖というのはなかなかに厄介なものだ。
創ったの俺だけど。
「なに!?なによこれ!!」
「再利用だよ。『渦巻く紅蓮』」
念のための火属性魔法。
先程のモノよりも荒々しい炎が輪となって勇者を囲う。
俺の気分次第でいつでも勇者を焼き尽くせる。
手足を縛られた勇者がこちらを見上げながら吠えてくる。
「こんなもの、私は見たこと無いわよ!」
「そりゃあそうだ。全てオリジナルなのだから。それで、そろそろ諦めてくれるか?疲れたから今日はもう寝たい」
「ふざけたことを言わないで。まだよ!『霧雨』!」
名を呼ぶと剣に嵌めこまれていた青色の宝石が輝いた。
ただの飾りではなかったという事か。
宝石が輝くと同時に、水が彼女の周囲に湧き出て縛っていた炎の鎖を消火した。
拘束が解けたのを確認すると、迫る火の輪から跳躍して脱出。
これは面倒な事になってきたな。
「驚いた。その剣には全種類の魔石が埋め込まれているのか」
「卑怯なんて言わないでね。これも勇者と言われる所以なんだか――らっ!」
「言わんさ……『陽炎』」
「遅い!!――あれ?」
「『影誘』」
構えたのを見たから、幻影魔法を放って身の安全を確保しつつ、幻影に突撃してくるだろう勇者を影の手でその場に縛り付けるために罠を設置してみたが、簡単に引っ掛かってくれた。
やっぱりアホだ。
「んぐっ! 鬱陶しいわね!」
「それが策というものだ。『虚影』」
影を大きくして相手にぶつけることで、物理的なダメージはないが次の魔法を発動するための隙を作ることに成功。ぶつけられた勇者の体は大きく揺れて隙だらけ。これで終わり――
「そろそろイライラしてきたからまとめて吹き飛ばす!『星屑の奔流』!」
剣が青い光を放ち始めた!?
俺の直感がマズいと叫んでいる!!
「そんなものをここで放つなど…っ!『影廊』!」
影へと退避する直前、光の奔流が部屋中を覆い尽くしたのを見た。
あと少しでも遅かったら………魔力の波動は無し。
よし、出るぞ―――マジか……。
「―――ふぅー、スッキリした!」
「人の住処を跡形もなく吹き飛ばしおって…!」
俺の住処である魔王城は跡形も無くなっていた。
はぁ……これからどうすればいいんだ。
直すのも手間が掛かるし。はぁ………
「魔王の住処なら問題ないでしょ」
「もういい。俺の安寧のために死んでくれ。『影牢』」
「嫌よ!『稲妻』!!」
自分の影が大きくなったことに気付き、宝珠を使って即座にその場を離脱するか。迷いがないな。
よし、そろそろ上位魔法を出して本気で殺しにかかる――なぜ武器を下した?
今度は何をする気だ?
「うん。合格ね」
「なんの話だ?」
「さっさと負けて――」
「何を言うかと思えば、嫌だと――」
「私のモノになりなさい!」
「言って……なんて言った?」
俺の聞き間違いか?
自分のモノになれ、と言ったのか、あいつは。
どういう思考回路をしているんだ?理解できないぞ。
「さっさと負けて私のモノになりなさい、って言ったのよ」
「なぜ貴様のモノにならねばならない! あと、勝った気でいるのが腹立たしい!」
「だって、このままやっても魔力切れであなたの負けよ?」
「するわけないだろう! 俺を誰だと思っている!!」
「魔王でしょ?でも。一か月ぶっ通しで戦ってもいいけど大丈夫なの?」
自分の事よりも俺の事を気に掛けるとは、なんという屈辱!
本気で勝てるつもりらしい。ここまでコケにされたのは初めてだ!!
「それでも戦い続けるだけだ。俺が負けるときは死ぬ時だ」
「下らない考えね。もっと現実見なさい。あなたの負けは確実よ」
「だからと言って、なぜ貴様のモノにならねばにならんのだ! 」
「だって、結婚相手に相応しいって思ったから」
「…………は?結婚?」
俺の頭が急におかしくなったのか?
今、この戦いの場で、結婚という単語が出てくるわけがないよな。
え?俺が間違ってるのか?
「そっ。私、自分より強いか、最低でも自分と同じくらいの実力の男としか結婚するつもりないの。だから、あなたは合格。わかった?」
「いや、知るか。俺は結婚なぞ御免だ。他をあたれ」
「いや。もう決めたの。あなたは私のフィアンセ。ここで捕獲して故郷で結婚式を挙げるわ!」
「誰がフィアンセだ! 馬鹿も休み休み言え! そもそも捕まるか!」
「もう、恥ずかしがり屋ね、ダーリン♡」
「――今、久しぶりに寒気がした。貴様の茶番に付き合っていられるか」
こいつの相手をしていたら時間がいくらあっても足りない。
馬鹿の相手はしないに限る。
あと、捕まったらありとあらゆるものを失ってしまう予感がする!
「え?付き合っていられない?つまり……婚約!?」
「なぜそこまで飛躍する!どこにそんな要素があった!」
「すぐにでも私の故郷に連れて帰るわね!」
「こっちに来るな!『炎条網』!」
「この程度の炎の壁、私達の恋……いえ、愛の障害にはならないわ!」
「三十六計逃げるに如かず!」
「あっ!待って、ダーリン!せめて日取りだけでも!」
「誰がダーリンだ!」
こうして、俺は住処であった城を放棄するハメになってしまった。
全てはアイツのせいだ。
アイツさえいなければこんなことには――おわっ!?
「待ちなさい! 今その心臓を射抜くからっ!」
「物理的にだろうがっ! 死ぬわ!!」
知恵ある猛獣ってこんなに怖いんだな。初めて知ったよ。
――現在――
あいつの頭はどうなっているんだ?
今では何を言っても全て自分の都合の良い方に解釈(曲解)してしまうし、逃げた先では魔王と呼ばれるせいで攻撃される始末。
全てあいつのせいだ。あいつをどうにかしなければ俺に安息の日はやってこない! なんとか見つけた隠れ場所も、どういうわけか的確に探し出してくる。
なぜだ、なぜなんだ! どうして居場所が分かるんだ!!
「ダーリン、見ーつけたっ! さあ、今度こそ教会に行くわよっ!」
「誰が行くか!……貴様のせいで囲まれてしまったではないか!」
「まあ…! 私達を祝ってくれるのね!」
こいつはやはりアホだ。アホな上に馬鹿で脳筋だから手に負えない。
誰か助けてくれ! ああ、神よ! この女をどうにかしてくれないかね!?
勇者がいるからか、俺を探すために張り切り過ぎている町の衛兵たちが扉から乱入してきた。これはチャンスなのでは…?
「魔王!貴様は既に包囲されている。大人しく投降しろ!」
「断る。『水蛇』」
水で出来た蛇を何十体も出現させると、俺を囲おうとしていた兵士たちが慌てふためいた。まあ、胴の太さが人間の首の太さくらいあるからそりゃビビるわな。
「なっ――」
「まあ、ダーリン!祝福してくれる人達に何をしているの!」
「ゆ、勇者殿、助かった。――魔王! 勇者がいるのだ、大人しく投降しろ!」
「『
「あっ!また逃げて!もう、恥ずかしがり屋なんだから。二人っきりの場所に行こうってことね!今行くわ!」
こんなことを毎日一か月間続けている。
誰か助けてくれ。俺の貞操が危ういんだ!
というか、勇者に追われて逃げる魔王ってなんなんだろうな?
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