家畜の行き先

 午前零時、小雨が降り出したとき、久条ひさじょうは倒れ込むように渡瀬川わたせがわの居室に踏み込んできた。

「疲れたぜおい」


 渡瀬川は驚きもしない。即応で本題に入る。

「話はまとまりましたか?」


 久条は頷き、勝手にテーブルの上の魔法瓶から白湯を飲む。

「とりあえず二十年。二十年もぎ取ってきたぞ。あとは回復してもらって、そこから何か良い方に変わることを祈るしかねぇや」

 来客用のソファに腰を下ろし、ほうっと息を吐く。

「そいで、ひとまずの成果だが『役立たず』ってのがキーワードかもな。役に立たねぇ奴には居場所がねぇ。役に立つ道が見えねぇ。役に立ってるっつー自覚がねぇ。役に立ちてぇとも思えねぇ。

 こういうの、見覚えがあるんじゃねぇか?」


「……ありますね」

 再生プログラム適用になった者たちには、何かしら行き先があった。そこへの道が借金だとか、病気だとかの問題で、どうにも通れそうにないから、悔しいけど死のう。というのが、いわゆる偽物の典型的なパターンだ。

 本物には、それが無い。最初から無かったのか、徹底的に叩き潰したのか、足元を照らせども照らせども、死以外の行き先が見つからない。


「内臓単位でバラッバラにして、やっと役に立つ姿になれるってわけだ。人間ってやつは、いつからこんな家畜になっちまったんだ?」


「昔からでしょう。少なくとも、奴隷を使っていた頃から、人間には労役家畜としての歴史があります」


 久条が口を曲げた。

「そういやそうだった。労働力本位制ってか? レジ打ちも運転手も機械に変わりそうだってのに、どうすんだよ。このままじゃ、この商売も忙しくなりそうだなぁ? え?」


「忙しくなるだけなら、まだ良いんですけどね」


 久条の口がさらに曲がった。

「在庫の行き先か」


「しばらくは輸出でごまかせるでしょう。それでも最後には、世界中で人間がダブつくようになる。それが食い詰めて強盗団にでもなって、治安崩壊から内戦にでもなれば、うちは一転特需景気か、焼き討ちにあうか」


 嘆きのこもった「はぁーっ」が室内に響いた。

「嫌な話だぜ。文明の発展の果てはダブついた人間を戦火で焼却処分か? 救いのねぇSF映画かよ」


 渡瀬川は笑った。久条の眉が寄る。


「何笑ってんだよ」


「ここが既に、似たようなものじゃないですか」


 久条の口が曲がり切った。

「久しぶりに頭が痛くなってきた。これから先、機械に働き口を取られた偽物が増えてくるってだけじゃねぇ。ほっとくと再生プログラムまでトラブっちまう」

 ぐたーっとソファに沈み込む。

「なぁ不死身の、俺はここを、応急処置のつもりで作ったんだぜ?」


「そうでしたね」


「それがいつの間にか、柱の中にガッツリ組み込まれちまって、そのうえ柱には時限爆弾が付いてるときた」

 深々とため息をついてから、久条はスッと立ち上がって、ぐるぐると歩き始めた。

「よし、一旦整理しようぜ。俺たちの事業は自殺者の救済と、自殺による二次被害の予防を目的として始まった」

 腕を振ってリズムを取りながら続ける。

「同時に、どうやっても死にてぇっていう人間を現世に留めるための方法を研究していて、そのひとつとして、役に立たねぇ、役に立ってねぇって自己認識をどうにかする必要がありそうだってところまで来た――」

 立ち止まり、踵を返す。

「らぁ、役立たずの大波が、これから人間社会を襲うだろうという見通しに行き着いたっと。どうするよ? 人間の新活用術でも考えるか? まさしくの『創業』だぜ」


 渡瀬川は笑う。久条らしい考え方だ。それはそれで必要なことかもしれない。

「久条さん、実は私も、実験をしていて、その経過報告がついさっき、届いたんですよ」


 久条は怪訝な顔をした。

「実験? 何やってたんだ?」


「これからお見せしましょう」

 渡瀬川はタブレット端末を机の上に置き、画面に触れた。

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