(13)対策会議

「お姉さん! レジの所に『代金はここに入れてください』って書いてあるんだけど、本当にいいの?」

 店内にいなかった千尋を探してガレージを覗き込み、尋ねてきた子供達に、千尋は座ったまま向き直り、両手を合わせながら頭を下げた。


「ごめん、今、大事な大人の話の最中なのよ。本当にトレーに代金を置いて、お菓子を持って行って良いから」

「うん、分かった」

「大丈夫みたいだね」

「おとなのはなしって?」

「さぁ……、なんだろう?」

 子供達が不思議そうに会話しながら店内に戻って行くと同時に、千尋は車座になっている人達の方に向き直った。


「ええと……、じゃあこれで、二百円だよな」

「にゃあ」

 店内では、会計カウンターの上に先程の説明書きと代金を入れるトレーがあり、その後ろにクロがお行儀良く座っていた。千尋に確認した子供達はお菓子を選ぶと、自分で計算してトレーの中に小銭を入れていく。


「じゃあ、俺はこれだけ」

「ギシャーッ!」

「うわっ! びっくりした。何だよ?」

「にゃにゃっ! にゅあっ!」

 何故か少年の一人が代金をトレーに入れた途端、クロが毛を逆立てて威嚇するような鳴き声を上げた。更に前脚で何回もトレーの横を叩きながら怒ったように叫んでいる為、周りの者達がたった今会計を済ませた友人に、胡乱げな視線を向ける。


「お前、ちゃんと必要な分、お金を入れたのか?」

「何だよ……、猫のくせに、計算できるのかよ?」

「猫相手に、小銭を誤魔化すなよ。みみっちいぞ?」

 ぶつくさ言いながらも、連れに窘められた先程の少年は不足分を追加し、小さい子供達は感心した目をクロに向けた。


「ねこさん、すごいね~」

「うん、お留守番、ちゃんとできてるね」

「うなぁ~」

 店内ではそんなほのぼのした空気が漂っていたが、ガレージでは車座になった五人が互いに自己紹介を済ませ、千尋がスマホに保存している“自称”大崎の画像を見せながら事の次第を説明すると、その場に殺伐とした空気が漂い始めた。


「それでは、今までの皆さんの話を総合すると、一見好青年のこの人物は、月曜は『生保会社フィナンシャルプランナーの赤木敏也』として市原さんと、火曜は『健康食品会社社員の佐原信介』として立花さんと、水曜は『医療福祉財団法人調査員の平塚修治』として根岸さんと、木曜は『リフォーム会社営業の時任悠人』として横川さんと、金曜は『フリーライターの大崎達生』として、私と接触していた事になりますね」

 湧き上がってくる怒りを何とか抑え込みながら、情報交換をした内容について千尋が再確認すると、他の四人から次々に怒りの声が上がった。


「本当に、ふざけているわね!」

「人を馬鹿にして! 冗談じゃないわよ!」

「善人面をしてよくもぬけぬけと、嘘八百を並べ立てたものだわ!?」

「ばあさん達はともかく、千尋ちゃんのような若い子を誑かそうとしたのは許せんな!」

 しかしこの場でただ一人の男性である市原が、憤怒の表情で口にしたこの台詞は、忽ち他の女性達の怒りを買った。


「何ですって!?」

「女でも年寄りなら、騙されても良いって言うの!?」

「あいつ以上にふざけているわね!」

「い、いや、そうは言っては……」

 口々に責められてはタジタジの市原を、千尋は控え目に窘める。


「市原さん……。発言には気を付けましょうね?」

「……すまん」

「話を戻しましょう。奴が偽名を使いまくりでこの近辺に出没していた理由ですが、今思い返すと、春先に話が無くなったというマンションの計画の事を、奴が何かにつけて毎回話題に出していたと思います。独り暮らしの母が今後も安心して暮らせるように、バリアフリーのマンションでの生活はどうか、とか」

 千尋が冷静に指摘すると、他の者達も深く頷いた。


「確実に、例のマンション計画を再開したい連中が、裏で糸を引いているわよね。殊勝な顔で『個人での戸建てのメンテナンスは、築年数が経てば経つ程大変です。大手が手がけたマンションなら、設備は万全ですし、維持管理もノウハウがありますが』とか、地域を回りながら寄ったついでとか言いながら、世間話に混ぜて吹き込んでいたわ」

「私は高齢者対象のアンケートに答えたり、試供品を貰うついでに『我が社は健康食品の販売が主力ですが、生活の質を高める為に、トレーナーや栄養士常勤のジムなども多角経営しています。高齢者向けのフィットネス教室も開設していますが、こちらにマンションができたら是非入りたいと上層部が希望しているんです。居住者は格安料金で利用できます』とか、景気の良い事を言っていたわね」

「私には『この近辺には意外に医療機関が少なく、私の所属団体が医療機関を設置しようと調査中です。ここにマンションができれば、是非医院を開設したいと上層部が言っているのですが』とか、神妙な顔付きで言っていたわ」

「俺の所では『土地があってもかなりの築年数である戸建てがあると、それを担保に融資できる額が少なくなる場合があります。新築マンションなら資産価値も上がって、これから病気になったりして急にお金が入り用になった時に、不安は少ないかと思いますが』とか、親切ごかして言っていたな」

「勿論、しつこく言っていたわけではなくて、立ち寄ったついでに何分か世間話のついでに話を出し、また一週間後に立ち寄って言い方を変えて勧める、と言った感じだったんですよね?」

 そう千尋が確認を入れると、四人が同時に深く頷く。


「手を変え品を変え、ご苦労様だこと。そして私達が土地を売却する気になったら、専門家に引き継ぎって事ね……。それにしても、五軒を一人で担当しているとはね。予算や人材不足なのかケチったか、はたまた私達を誘導するのには、あいつ一人で十分と侮っているのか……」

 ガレージの中には怒りを内包した千尋の低い声のみが響き、ここで一同の思いは完全に一致した。


「これは絶対に、あの若造を懲らしめないといかんな」

「全面的に賛成よ!」

「老人四人でも束になってかかれば、ボコボコにできるわよね!」

「ちょっと待ってください、根岸さん」

「あら、ごめんなさい。田崎さんもいたわね。老人四人だけじゃなかったわ。不埒者を取り押さえる要員として、期待しているわよ?」

 笑顔でそんな事を言われた千尋は、難しい顔で指摘した。


「あの、そうでは無くて……。幾ら向こうがこちらを騙そうとしていたとしても、幸いまだ実害を被る前でしたし、傷害事件とかになったら、責められるのはこちらです。寧ろ加害者となった場合、それがこちらの弱みになって、あの男の裏にいる連中に、それを楯に契約締結を迫られるかもしれません」

「そんなの冗談じゃないわ!」

「それなら泣き寝入りしろって言うの!?」

 そんな風にいきり立つ周囲を宥めながら、千尋が話を続ける。


「勿論、そんな事は言っていません。意趣返しの一つもしないと、腹の虫が治まりませんから」

「全くその通り」

「それでちょっと考えてみたんですが、奴が複数の偽名を使っていた事を利用して、奴に慰謝料を請求されるような実質的な損害を出さずに、ちょっとした嫌がらせをしてみませんか?」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、千尋がそそのかすように言い出すと、四人は興味津々で食い付いてくる。


「あら、何をするのかしら?」

「遠慮しないで仰いなさいな」

「タイミング良く、明日は金曜日。偽名を使って接触している事を、まだ私達に気付かれていないと思っている奴が、よろづやにやって来ます。そこで待ち構えて、店内に引き入れてから……」

 それから千尋は真剣な面持ちで計画を一通り話し終え、周囲に協力を要請した。


「そういうわけで、明日までに一人1kg位、塩を持ち寄って貰いたいのですが。重くて持ち運びが大変そうなら、私が纏めて明日の午前中に買っておきますが」

 それに他の四人は笑顔で頷き、早速行動に移る。


「任せて! 1キロと言わず、2、3キロ買ってくるから!」

「ええ、大丈夫よ」

「じゃあ今から、夕飯の買い物ついでに買って来るわ」

「よし、善は急げと言うしな。じゃあ千尋ちゃん、また明日」

「明日はお塩を持ち寄って、一時にここに集合ね」

「はい、それでは皆さん、お気をつけて」

「明日は何か、お茶菓子を持ってくるわね」

 そして賑やかに会話しながら老人達が立ち去るのを、千尋は笑顔で見送った。


「よし、そうと決まれば、こっちも準備しないとね。備品にビニールシートとかあったかな? 薄くて透明な物があれば、他の客にそれほど不審がられないと思うんだけど……。あとは、小さめのバケツとボウルの類かな?」

 千尋はそんな自問自答をしながら、ゆっくりと店内に戻って行った。



「お姉ちゃん! それならその大崎って人、詐欺師だったの!?」

 千尋が夕食時に、午後に勃発したあれこれを家族に語って聞かせると、聡美が驚愕して声を上げた。それに頷きながら、千尋が話を続ける。

「どう考えてもそうでしょうね。うっかり相手の術中に嵌まるところだったわ」

 そこで理恵も、渋面になりながら口を挟む。


「お店のご近所の方達まで騙していたなんて……。しかも日替わりで名前を変えて日参していたなんて、凄いわね。ばったり出くわして露見するとか、考えなかったのかしら?」

「そんなに頻繁に外を出歩く事はありませんし、道ですれ違っても誤魔化せる自信があったんでしょうか? 腹立たしい位の自信家ですよね」

「うそつきの、わるいひとだよね?」

「そうよ、健人。そんな大人になっちゃ駄目よ?」

「うん、ならない!」

 プンプン怒っている弟に千尋が優しく言い聞かせていると、聡美が怒りを内包した表情と口調で尋ねてくる。


「それでお姉ちゃん、どうするの? 明日は金曜日だから、その人が来るのよね? しっかり追い払わないと駄目だからね?」

「追い払うだけじゃ気が済まないわ。二度と関わり合いになるつもりは無いっていう、意思表示をするつもりよ」

 語気強く宣言した姉を見た聡美は、驚いて問い返した。


「どうやって?」

「首尾良くいったら、明日教えてあげる。奴の無様な写真も撮ってくるつもりだから、楽しみにしていて」

「わかった!」

「えぇ~、何をするのか教えてよ~」

 含みのある千尋の台詞に子供達が盛り上がる中、とても傍観できなかった理恵は、控え目に確認を入れた。


「あの……、千尋さん。色々な面で、大丈夫かしら?」

「安心してください、理恵さん。間違っても警察沙汰にはなりませんし、相手から慰謝料を請求されるような損害も出しませんから」

「そう? それなら良いけど……」

 そして理恵に若干の不安を抱かせながら、自称大崎についての話題は終了し、子供達の話題は他の事に移った。



「あの……、あなた? 千尋さんの事だけど……」

 その日も遅く帰宅した義継に、理恵が恐る恐る声をかけてみたが、夫から返ってきた台詞は素っ気ない物だった。


「あれの好きにさせておけ」

「そうは言っても、何だか自称大崎さんに、何らかの報復をするつもりみたいで。詳しい事は教えて貰えなかったけど」

「何かあっても、後からガタガタ言ってこないように、手配は済ませた。明日……、は無理かもしれんが、明後日には先方に伝わるだろう。心配いらん」

 そんな事を義継が平然と口にした為、理恵の顔が微妙に引き攣る。


「一体、何をしたんですか?」

「夕飯を出してくれ」

「……分かりました」

 淡々と要求された理恵は聞き出すのを完全に諦め、台所に向かった。


(本当に、この秘密主義は、どうにかならないものかしら)

 取り敢えず夫がここまで断言するのなら、面倒な事にはならないだろうと腹を括った理恵は、手早く準備しておいた夕飯を温め直して義継の前に並べた。

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