(5)思わぬ出会い

 千尋にとって想定外だった事に、店舗横のガレージが子供達の溜まり場となっており、《よろずや》が再開した事が分かるとすぐに、常連客が入り浸るようになった。


「お姉さん、そっち使わせて貰うから、座布団出して」

 店で飲み物やお菓子を購入した小学生高学年と思われる三人組が、隣接するガレージの方を指さしながら言ってきた事を聞いて、千尋は面食らった。


「はい? 座布団って何の事よ?」

「あれ? おばさんから話聞いてない?」

「ガレージにロッカー置いてあるよね?」

「そこで俺達の私物を、預かって貰ってるんだよ」

「にぁあ~!」

 子供達が口々に訴えると、丸椅子から飛び降りたクロがレジ台の引き出し目がけて飛び上がり、その一つを鳴き声を上げながら前足でタッチして、音も無く床に下り立つ。


「おう、さすがにクロは分かってるよな。そういう訳だからお姉さん、そこの鍵開けて」

「ええっと、鍵、鍵っと。あ、ロッカーはこれか」

 そこまで言われて、千尋はクロが触った引き出しからロッカーの物と思われる鍵を取り出し、三人と連れ立ってガレージに移動した。そして言われた通りに、ロッカーを開けてみる。


「はい、お待たせ。……本当に色々、入っているわね」

 そこには細々とした道具類の他に、確かに小さめの座布団が積み重なっており、子供達は次々に目当ての物を引っ張り出した。


「これが俺の、マイ座布団」

「こっちは俺」

「あ、俺のも取って」

 そしてガレージの隅に積み重ねてあるジュース瓶のケースを引っ張り出し、その上にガレージに立てかけてあった薄い板と座布団を敷いた彼らは、早速揃ってそこに座り、携帯型のゲームを始めた。その光景を目の当たりにした千尋は、呆れ返りながら声をかける。


「お母さんもお母さんだけど、あんた達、何を持ち込んでるのよ」

 しかし子供達は、ゲーム機のディスプレイから目を離さないまま、事も無げに答えた。


「ちゃんとうちの親と、おばさんの許可は取ってるぜ?」

「それはともかく、いきなりこんな所でゲームなんか始めないで、子供なら元気良く公園で遊んできたらどうなの?」

「分かってないな~。今時のコンビニは、イートインスペース設置済みの方がメジャーだぜ?」

「俺達は客。客が寛ぐ為のスペース提供は、店の営業努力だよ?」

「今時は夕方まで親が居ない家が多いからさ、特定の家ばかりに子供が大人数で集まるのも、そこの家に申し訳ないだろ?」

「私は、家庭の事情や営業努力云々を、問題にしているわけじゃなくてね」

「第一、もう外で駆け回るのは飽きたから」

「一応ここは外気に触れてるし、外だと思う」

「うん、家の中より健康的だよな」

(このガキども……。この年になると変に小賢しくなって、本当に生意気よね)

 そんな屁理屈を言いながら、自分と目線を合わせずにゲームに没頭している子供達を見て、千尋は頬を引き攣らせた。もう少し意見しようかどうしようかと迷っていると、ここで背後から控えめに声をかけられる。


「あの……、すみません」

「はい! いらっしゃいませ!」

(え? 珍しいわね。と言うか五日目にして、初めての大人のお客様?)

 反射的に営業スマイルで振り向いた千尋の目の前には、予想に反してれっきとした成人、しかも明らかに自分より年上の、ラフな服装の男性が立っていた為、本気で戸惑った。すると相手は恐縮気味に、一枚の名刺を差し出してくる。


「いえ、客では無くて、俺はこういう者です。お仕事中にお邪魔してすみません」

 千尋は名刺を受け取り、その顔に相手以上の戸惑いを浮かべながら、独り言のように呟く。


「はぁ……、フリーライターの大崎達生さん、ですか……」

「はい。実は俺は地元のタウン誌と契約していまして、掲載範囲の色々な場所の取材をしています。今日はこの周辺の取材をしていましたが、外観になかなか味のある店舗を発見したので、喉を潤しつつ取材をさせて貰えればと思いまして」

 そう告げてきた彼に対し、千尋は心からの笑みを浮かべつつ、店内へと促した。


「そういう事でしたら、どうぞ中にお入りください。ジュースとかの他に、ミネラルウォーターやスポーツ飲料とかも、数は少ないですが冷やしてありますから」

「それならそれを頂きながら、少しこちらのお店の話を聞かせてください」

「わざわざお話しする事なんて無さそうですけど、それでも構わないなら喜んで」

(うわ、本当に男の人と、差し向かいで話すのって半月ぶり位かも。しかもイケメンだなんて、無給で頑張っている私に、神様からのご褒美かしら!?)

 千尋は店の奥からパイプ椅子引っ張り出し、大崎に座るように勧めつつ飲み物は何が良いか尋ねた。それに大崎がミネラルウォーターを注文し、それに千尋がいそいそと応じているのを、ゲームを中断してガレージから移動した三人組が、こっそり店の入り口から観察する。


「確かにちょっとイケメンだけどさ、嬉しさが隠しきれてないよな」

「お姉さん、随分男に飢えているとみた」

「さすがに子供ばかり相手してる所に、あんな奴が現れたら舞い上がるかもしれないけどさ……。何かうさん臭くないか?」

「は? お前の気のせいだろ」

「そうかな……。おいクロ、お前どう思う? って、あれ? クロは?」

 ここで店内を覗き込みつつ囁き合っていた子供達は、てっきりいるとばかり思っていたクロの姿が無い事に気が付いた。


「え? さっきまで、ガレージにいたよな?」

「いつの間に居なくなってたんだ?」

 つい先程まで自分達の近くにいた彼を子供達は目線で探したが、何故かクロは何処かに姿を消していた。


「そうですか……。ここの店主のお母さんが、交通事故で入院中とは大変ですね」

 向かい合って座るには少々手狭な為、斜めに椅子を並べて話し始めた二人だったが、すぐに実際の店主の尚子の話を聞いた大崎が、同情する顔つきで言い出した。それを千尋が笑って宥める。


「本当に巻き添えの事故でしたし、後遺症も残らないみたいで良かったですが。両親が離婚して、私は父方に引き取られたので、母の入院手続きとかは母方の伯母や従姉妹が済ませてくれて、申し訳無かったです」

「それは……、普段離れて暮らしていれば、余計にお母さんの事が心配ですよね。それでお母さんの代理を買って出たんですね?」

「いえ、買って出たと言うか……、偶々就職浪人中で身体が空いていただけですし」

 そんな立派なものではないと自虐的に口にした千尋だったが、大崎は心底感心したように言い出す。


「それでも、自分のお小遣い稼ぎのバイトを優先したりしないで、立派な親孝行じゃありませんか。田崎さんみたいな娘さんがいて、お母さんは本当に幸せですね」

「いえ、本当にそんなに大した事では……」

 そんな風に手放しで誉められて、流石に千尋は照れくさくなったが、そんな彼女を子供達が密かに物陰から眺めていた。


「おうおう、デレデレしちゃって」

「しっかり撮れよ」

「任せろ」

 そしてその中の一人が自分のスマホを取り出し、笑顔で話し込んでいる自分達のツーショットを撮影している事など、千尋は全く気付いていなかった。


「すみません、すっかり長居をしてしまって。お仕事の邪魔でしたね」

「いえいえ、子供達も大して来ずに閑古鳥が鳴いていましたし、お構いなく」

「それではまた今度改めて、お話を聞かせてください」

「こんなむさ苦しい所で宜しければ、いつでもどうぞ」

 結局、三十分以上も話し込んで大崎は腰を上げ、そんな彼を千尋は笑顔で見送った。


「はぁ、つい夢中になって話し込んじゃった……」

 彼の後姿が角を曲がって見えなくなるまで見送ってから、溜め息を吐いて無意識に呟いた千尋の独り言に、背後から合いの手が入る。


「それは良かったね~、お姉さ~ん」

「二人の世界を邪魔しないように、俺達がちゃんと準備中の札を下げて、他の子供を追い払ってやってたからな」

「感謝しろよ?」

「はぁ!? あんた達、何勝手な事をしてるのよ! それって営業妨害じゃないの!?」

 勢い良く後ろを振り返って、そこにいた三人組を叱り付けた千尋だったが、続けて差し出されたスマホの画面を見て固まった。


「おね~えさ~ん」

「何よ!」

「これ、要らない?」

「…………っ!」

 そこに映し出されていた、自分と大崎が仲良さげに写り込んだそれを見て、千尋は内心で葛藤する事になった。


「おう、ばっちりツーショットが撮れてるな。しかも、か~なりいい感じ?」

「どうする? 要らないなら、さっさとデータを消しちゃおうかな~」

「要るんだったらさ、お姉さんは大人なんだし、これ以上言わなくても分かるよね?」

(欲しい……、欲しいけど、明らかな盗撮物を要求するってどうなのよ)

 しかし悩んだのはそれほど長くなく、千尋は呆気なく降参して物々交換を申し出た。


「くっ……、そこの麩菓子、一個ずつ持って行って良いわよ」

 そんな取引を、子供達が清々しい笑顔で駄目押しする。

「もう一声!」

「それなら、そこのチョコ棒も付けるわ」

「お姉さん、もうちょっと勉強しようか?」

「あっ、あのねっ……」

(くっ、完全に足下を見られてる……。ここはビシッと、大人の威厳と言う物を)

 子供達と押し問答をしながら、千尋がそんな事を考えていると、いきなり足元から鳴き声が響いてきた。


「なぉ~ん!」

「あれ? クロ」

「お前、どこに行ってたんだよ」

「相変わらず、神出鬼没な奴だな」

「にゃっ! にゃっ!」

 ゆったりとした足取りでやって来たクロが、一人の子供の靴の先を前足で軽く叩きながら、まるで窘めるように短く数回鳴いた。


「え? それ位にしておけって?」

「なうっ!」

 行儀よく座り込んで、自分達を見上げながら再度一声鳴いたクロを見て、子供達は顔を見合わせて頷き合う。


「ほら、クロもあんまり欲張るなって言ってるぞ?」

「麩菓子とチョコ棒で手を打っとけよ」

「そうだな。いじりすぎて、お姉さんがちょっと可哀想になってきたし。データを移してあげるよ」

「……どうもありがとう」

「どういたしまして」

(何か子供に色々見透かされて恥ずかしいし、私よりクロの言うことの方を聞くなんて……。しかもクロははっきり口にした訳じゃないし、二重の意味で屈辱……)

 データを貰える事になって嬉しかったものの、千尋はどこか釈然としないまま、引き攣り気味の笑顔でお礼の言葉を口にした。

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