(4)面倒くさい父親

 その日の夕食時の話題は、もっぱらクロ一色となった。

 仕事で帰宅が遅くなる義継を除いた田崎家全員が顔を揃えた席で、理恵から「お店は今日からだったけど、どうだった?」と心配そうに尋ねられれば素っ気なく答えるわけにもいかず、千尋は開店からのあれこれを順序良く語って聞かせた。


「それで……、今まで言った他にも、ゴミ袋を切らしていればそこのロッカーを叩くし、無くなった商品在庫の前で鎮座して鳴いているし。細かい所で店を閉めるまで、色々助けられたのよ」

 そう話を締めくくると、この間興味津々で姉の話に聞き入っていた聡美と健人は、すっかり感心した風情で感想を述べた。


「その猫、すごいね」

「あたまいいね~」

「うん、まあそれは認めるし、釈然としない所はあるけど……。素直に助かったと思っておくわ。本当にもの凄い確率での、偶然だったのかもしれないけど」

「でもお店の事を知り尽くしているスタッフが居ると思えば、随分気が楽よね。営業までやってくれているなんて完璧よ」

「本当ですよね。それに経費はかからないし」

 思わず理恵も笑いながら会話に加わると、千尋も苦笑で返す。


「それじゃあ本当に、尚子さんが飼っている猫では無いのね?」

「ええ。試しに何か食べるかと思って幾つか食べ物を出してみたんですが、最後まで水だけ飲んでいました」

「不思議ねぇ」

「まあ、こっちは無給のボランティアなのに、猫に報酬を出さなきゃいけなかったらさすがに腹が立ちますから、ちょうど良いです」

「それもそうね」

 すました顔でそんな事を言われてしまった理恵は本気で笑ってしまい、その日は千尋を含めて子供達全員、笑顔が絶えない夕食となった。



 それから約四時間後。その家の主である義継が帰宅し、人気のない食堂で夕食を食べ始めると、理恵がさり気なく店の事を話題に出した。

「そういえば、千尋さんの方は順調そうよ? 例のお店に、頼もしい助っ人さんがいたんですって。夕食の時に、彼の話で盛り上がったの」

「……彼? 何の事だ?」

 口調は平坦ながら、夫の眉間にくっきりとしたシワが刻まれたのを認めた理恵は、何とか笑いを堪えながら夕食時に聞いた話を掻い摘んで説明した。


「情けない……。猫にフォローして貰うとは何事だ。恥を知れ」

 聞き終わった途端、千尋を叱責する台詞を口にした義継だったが、実は夫が口で言う程不機嫌ではない事は理恵には分かっていた。


(本当に彼氏ができたわけでは無いと分かって安心して、機嫌は悪く無いわよね? だって眉間のシワが消えているし。さっきはわざと、『彼』なんて言い方をしたから。でも本当にこれから千尋さんに恋人でもできたら、どうなるのかしらね?)

 ちょっと狼狽えるこの人を見てみたいかも、などと少々意地の悪い事を考えつつ、理恵はお代わりの求めに応じて、ご飯茶碗を手にキッチンへと向かった。

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