序章1

 無情にも時間は過ぎチャイムは鳴る。打開策はなにも思いつかず、とりあえずその場しのぎで行動しようとあきらめた。

 (とりあえず指定場所に行こう。今日は津島以外にも来るかもしれない。たとえばメールの差出人とか)

 昨日のメール以降向こうからの連絡はない。こちらからメールでも送り返そうかとも思ったが、ここは何もせず受け入れようと思う。機を見て探りでも入れよう。

 スマホを開き念のためメールの指定場所と時間を確認する。

 (ん?そういえば場所は書いてあるけど時間は書いてないな、、津島との約束は昼休みに図書室だけど大丈夫なのか)

 そう思いながら津島の方へ目をやるとそこに姿はなく、教室のドアから廊下に出ていく後姿がかろうじて見えた。

 「一緒に行ってもいいのにな。まあ教室じゃ嫌だからあそこなんだろうけど」

 「なんだって?」

 つい声に出していたみたいで、優斗は席から身を乗り出して耳を近づけてくる。

 「なんでもねーよ」

 「うるさっ!」

 近づけた耳に少しばかり大きな声で返事をする。当然うるさいのですぐに耳をひっこめ、嫌そうな顔をしてくる。

 「じゃあ俺行くから。もしかしたらすぐ戻ってくるかも」

 席から立ち上がり、ポケットにスマホを突っ込む。

 「おっけー。バスケ行ってるかもしんねーから間に合いそうならこいよ」

 優斗の返事を背中で聞き、右手で了解の合図をする。津島が出て行ったドアと同じ方から出て同じ道を行く。それでも後ろを追っているはずなのに姿が見えない。

 (津島って足速かったっけ、まあいいや)

 

 昼はまだ空気が暖かいからか、昨日よりも足取りが軽い。相手が誰だかわかっているからだろうが。

 図書室には昼休みとあって何人か入っていくのが見えた。前の人が俺が来ているのに気付いたのか、ドアを開けたままにしてくれたようでドアを開ける緊張はなかった。

 (えっと、津島はどこにいるんだろ)

 少しばかり歩きまわって探してみるものの、見当たらない。

 (もう一回探してみよう)

 入り口付近まで戻ってみると、図書室の扉が開き津島が現れた。こちらに気付くと、小さな声で「こっちよ」と言って俺の手首をつかみ歩き続ける。

 ある程度奥まで行くと本棚の間に招かれる。周りは昔の中国の書物だろうか、史記やら韓非子が並ぶ、漢文の時間に見たようで見てないような文字だ。あまりここまで来たことがないので、ぐるぐると見てしまう。

 「あまりこういった本は好みじゃないかしら?」

 数分間無言だった津島が口を開く。

 「津島さんはいつもこんな本読んでるの?」

 「そんなことないわ。でも時々こういった歴史的なものを読むのも楽しいものよ。どうかしら、今日にでも借りて帰れば」

 「本は嫌いじゃないけど、こういった本はどうしても眠くなっちゃうから遠慮しておくよ」

 「そう。それは残念ね」

 「それよりなんで俺は呼ばれたんのか教えてほしいな。まだ弁当食べてないからなるべく早く終わってくれると助かるんだけど」

 もちろんおなかはすいているが、それ以上にこの空気に早くもリタイアしたい。1対1で会話する相手に津島を選ぶことは今後おすすめしない。変なオーラを感じる。

 「奇遇ね私もよ」

 (チャンス!)

 「津島さんさえよければ一緒にご飯食べながら話をしようよ」

 ここで教室に戻れれば空気が変わる。両サイドにそびえたつ本棚のような圧力を感じることがなくて済む。最悪クラスメイトに助けを求めることもできる。いや、そんな場面なんてないだろうけど。

 「ごめんなさいね。私にぎやかなところに慣れてなくて」

 「そっかそれならしょうがないね。いいよここで」

 「ありがとう。優しのね鳥海君」

 不意の感謝と微笑みに、不覚にもドキッとした。ここで向こうのペースに持って行かれてはいけない。

 「それで、本題に行こうか」

 我ながら雑な切り替えしだったと思うが、無言よりはマシだろう。

 「そうね、すぐ脱線するのは悪い癖だわ。私が呼んだのはほかでもなく放課後の呼び出しの事よ。何が起きるかわからないもの、今のうちに話し合っておきましょう」

 「そのことなんだけど、本当に放課後なのかな?」

 教室を出る前にふとおもったことを質問してみた。

 「どういうことかしら?」

 「いやあのメールにはって書いてなかったんだ」

 そういうと津島は自分のスマホを出しメールを確認する。スマホに目線を向けたまま返事をしてきた。

 「本当ね。ラッキーだったわね」

 「津島さんはなんでこの時間に俺を呼んだんの?もしかしたらこの時間だったかもしれないのに」

 津島はスマホをスカートのポケットにしまいながら

 「さっきも言ったけど、ラッキーとしか言えないわ。それにあなたもさっき気づいたんでしょ?もし昨日の段階でそう思ったのなら、朝の時点で私の誘いを受けていないはずだもの。それに、」

 そういうと津島は窓へと向かって歩き、カーテンをあけ、窓を開ける。そして人差し指を顔に近づける。

 「しー」

 片目を閉じ、静かにするように促す。とりあえず黙っていると、窓の外から楽器の音がかすかに聞こえる。いろいろな楽器がばらばらになっているようで、おそらく自主練だろう。

 「わかったかしら。この時間は自主練をしているみたい」

 窓を閉め、最初の位置へと戻ってくる。

 「なるほどな。このこと知ってたのか?」

 「まあね、これでも入部を考えてたから」

 「そうだったのか。それじゃ作戦会議に移ろうか」

 俺がそういうと津島は少し間を置いて、

 「、、、あら、私のことなんて興味ないみたいね。まあいいけど。まずは下見を、、」

 と、淡々と作戦を話し始めた。

 ある程度まとまったところで教室に戻ることになった。廊下での会話はほとんどなく、こちらが話しかけても「そうね」としか返さず、教室に着くときにはお互い無言になっていた。並んで歩いていたのも最初のうちだけで、気づけば津島は俺よりも早いテンポで歩いていた。こうして間近で後姿を見るのは初めてだが、歩くたびに揺れる黒髪は不思議と吸い込まれるようで、ほかのものは目に入ってこないかのようだ。

 彼女がいきなり進路を右に変えたことで我に返ることができた。どうやら教室に着いたようだ。

 自分たちの席につくまえにふと思い出したことを聞いてみる。

 「そういえば俺より先に教室から出て行ったのに、着いたのは俺より後だったみたいだけど、なにかあったの?」

 どうせ返事は適当なんだろうと思っていたが、予想していなかった答えが返ってきた。

 「あら、『女の子の事情』について聞いてくるなんて失礼じゃないかしら?教えてあげてもいいのよ」

 小悪魔だ、こいつには勝てる気がしないそう思いながら、

「それは申し訳ありませんでした」としか返せなかった。 

 笑いながら津島は、

 「あなたが私を見つけ出してくれたら、おのずと答えはわかるわ」 

と言い残して自分の席に着いた。そこからはこれ以上は何も言わないといった雰囲気で、聞き返しても無駄だと感じ取った。

 

 

 

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主旋律のない奏者たち 狐島 @tsukuito1313

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