展開部

 ゴールデンウィーク間近にもかかわらず、マフラーがないほどのつらい寒さをほこっていた。今日みたいに寒いと、信号待ちのこの数十秒は寒がりの俺にとってはかなりの試練だ。

 さらに今日は寝不足のつらさもあってかなりしんどい。待ち時間を利用してスマホをいじりながら、昨日のことを思い出す。図書室のことだけでも大変だったのに、夜遅くにかかってきた優斗からの電話は追い打ちとしては十分だった。しかもこっちに話すだけ話させて、勝手に寝やがったことはかなり罪深い。

 「ぜったいあやまらせて、なんか奢らせよ。そうじゃなきゃ気がすまねー」

 マフラーで口元を覆っているからこの声は誰にも聞こえない。口に出して悪口を言うなんて、イメージが悪くなる。これは避けなくてはならない。

 ってそんなことはどうでもいい。問題は今日呼び出しを食らっていることだ。

 (誰かに遊ばれているのか、それともほかになにか、、、、)


 教室は俺を出迎えてくれるかのように暖かかった。ただ俺は目の前の光景を見て、一度、教室の外に出た。改めて教室に入ると、当たり前のように目の前の光景は変わっていなく、あたかもそれが普通のことだと言わんばかりに思えた。

 (なんで俺の席に津島さんが座っているんだ、、)

 当たり前のように椅子に座り、いつものように何かの本を読んでいる。俺より先に来ていた優斗も動揺しているのか、津島に話しかけようかとそわそわしている。

 それもそうだ、仲のいい友人の席に物静かな、あまり話したこともない少女が座っているのだから。立場が逆だとしても、俺はあんな感じでいるんだろうなと簡単に想像がつく。

 ドアに立ち尽くしていた俺を優斗は見つけ、こちらへかなりのスピードで間合いを詰める。

 「おい、なんだよあれ。なにがどうなってんだよ!」

 「すまん優斗、俺は全知全能ではないんだ。わからないことはわからないし、こんなことになる理由が、、なくは、、ない」

 「なくはない」これが一番の問題だ。話すことはなくもないし、接点がないこともない。だから彼女の行動がわからない。

 「とりあえず話してこいよ。そうしなきゃあいつ、授業始まっても動かなそうだぞ」

 たしかにその通りだ。あの堂々とした振る舞いができるのはなんでなんだ。

 とりあえず話をしないと進展がなさそうだ。

 (なんだこのRPGみたいな展開は)

 1歩、また1歩彼女に、いや俺の席に近づく。昨日とは逆の構図、ただ1つ違うのは歩み寄られる方の気持ちだ。昨日の俺は焦り、たじろいでいた。

 だが今日の受ける側、津島の方は堂々として、顔色一つ変わらない。なぜだろう、俺の方が間違っている気がして「そこ俺の席だよ」という言葉に何度も修正を加えようとした。でもどこも間違ってはいない。自らの座席を正当な理由で取り戻そうとすることになにも疑いの余地などない。

 「津島さん、おはよう」

 「おはよう鳥海君」

 朝ならどこにでも見かける光景だ。

 「あのーいきなりで悪いんだけど、そこ俺の席なんだけど、、」

 「うん、そうね」 

 (、、、、え、、ええ)

 この返事はおかしい。ただこれは想定内。

 「なんで俺の席に座ってんのかな?何か俺に話でもあるの?」

 「そうだった、忘れてたわ。あなたいつもより学校に来るのが遅くないかしら。待ちくたびれたわ」

 「す、すいません」

 (なぜおれは謝っているんだ、、待ち合わせしていたならまだしも、、)

 「まあいいわ、昨日のことで眠れなかったんでしょ?私もそうだったから。あと、朝いきなり自分の席にがいたらそりゃ困るわよね」

 図星だった。なんだこいつエスパーかなにかなのか。

 「まあ君みたいなきれいな子が座ってたらびっくりするよ」

 「まあ、お世辞がお上手なのね。うれしいわ」

 これに関してはお世辞ではなく本心だ。昨日会ったとき、きれいな子だと素直に思った。逆に見覚えがあったからこそ恐ろしい。こんな子が知り合いだったら忘れるはずがない。

 「私が言いたかったことは、昼休みに昨日の場所に来てほしいってこと。前置きが長くなってごめんなさい。じゃあ待ってるわ」

 俺が返答をする前に、彼女は自らの席に戻っていた。

 「なんだったんだよ夏樹。なに話してたんだよ」

 「ん、まあちょっとな。昨日の話の続きだよ」

 優斗がどこまで昨日の話を覚えているかは知らないが、こう言っておくしかない。

 「あ、今日の昼は一緒に飯食えないわ」

 「おぉわかった」

 優斗は俺が話さないことにはしつこく聞いてこない。だからおれは優斗と一緒にいるんだろう。

 担任が入ってきてホームルームが始まった。津島はいつも通り難しそうな本を読んでいる。こうしてみるとやはり「美人文学少女」という言葉が似合う。

 そんなことを考えていると彼女がこちらを振り向き、目が合う。そして彼女は口元に笑みを浮かべる。普通の男子なら照れてしまう小悪魔のような笑みも、俺にとっては怖いもの以外の何物でもない。

 (あいつは一体何を考えんてんだ、、、)

 昼まではまだ時間はある。こんどこそ後手に回らないように策を練らなければ。

 今日も授業に集中はできなさそうだ。

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