幕開け

 春の寒さと差し込む夕日に少し暖かい廊下を一人歩いていた。目的地は3階の奥にある図書室。さかのぼれば12時ちょうどのことだった。

 4時間目の日本史の時間、さらに春の暖かさ。これはもう眠らざるを得ない。

窓際の座席と、半分よりは後ろの席。絶好の睡眠ポジションだ。

 (もう無理だ、寝よう)

 あと少し我慢すれば授業も終わるがもういい、あきらめよう。

「ポロン♪」

「ピロリン♪♪」

 (でかい音だな、、、って俺じゃねーか!)

 さっきまでの眠気もどこへ行ったのか、目は冴えきっていた。ふだんは怖くないこの先生だが、電子機器に関してはかなりうるさい。

 (これはかなりやばいよな、、クラスの奴もまわり見わたしてるし、こりゃ聞こえてんだろうなぁ)

 案の定、黒板に書くのをやめた先生。そしてゆっくり生徒の方を向く。

「だれだケータイならしたのは!」

 やっぱりキレた。

「誰だ、名乗りでないのか」

「すいません、わたしです」

「えっ」

 立ち上がって名乗り出たのは、意外にもおとなしそうな女子だった。

 素直なところ誰なのかわからないが、どこかで見た外見をしていた。いや、同じ学校なのだから見覚えあるに決まってる。

「えーと、津島か。じゃあこの後この教材を運ぶ罰を与えよう」

「すいませんでした」

 彼女は深く頭を下げ、席についた。

(俺のスマホが鳴ったはずなんだけど、、)

 一列先の彼女を見ると、彼女はため息をつき、少し困った顔をしていた。

俺は目線を戻すと、黒板の文字を書き写す。ただ、手を動かしているものの、頭の中で考え事をしていた。

 たしかに俺のスマホは鳴った。おそらくメールが届いたのだろう、ほかのアプリは通知を切っているはずだから。

 俺は窓辺に置いたスマホに手を伸ばそうとするが、その手は動かなかった。

いま俺は誰かに見られている。そんな気がしたからだ。

  

 昼休みはいつも近くの席のクラスメイトと食べている。席替えをしても、特に話していて気まずくなるような奴はいない。そうふるまうのが母との最期の約束だったから。

「おい夏樹。おまえさっきスマホ鳴ったろ?」

 となりの優斗がおにぎりを食いながら話しかけてきた。 

 「坂巻優斗」俺が本音で話をできる、数少ない親友だ。いつものように妹が作ってくれているおにぎりを食べている。同じ妹をもっている俺としてはうらやましい限りだ。ちなみに俺の妹とこいつの妹も同い年。不思議な縁もあるもんだ。

「まじ、わかっちゃうよな」

「あぁ、結構大きい音だったしな。でもびっくりしたぜ」

「俺もまさか鳴るなんておもわなかったしな」

「いやそれもだけどよ、津島?だっけか、あいつのスマホもなったんだよ。しかも同時だぜ?びっくりしたわ」

 そんなこともあるのか、たしかに優斗の席は俺と津島さんのあいだに位置しているし、等間隔の場所に位置していて、さらに同じ教室内だから優斗が聞く通知音は定数331.5+0.61×t(tは、、、

 なんて物理的な話は置いておいて、同時に鳴るなんてこと本当にあるのか。

「そういえば、なんの通知だったんだよ」

「あぁなんか知らないアドレスからのメールだったわ」

「ほー、メールか。なんだ~いかがわしいサービスにでも登録したのか~」

「んなわけあるか。そういや内容まだ見てなかったわ」

 授業後は津島を何気なく目で追っていた。なぜ彼女が名乗り出たのか疑問だったが、答えは簡単だったようだ。

 ただそうなると身代りになってくれたようで、こころなしか罪悪感を感じる。

(あとであやまっておこうかな)

「おい早く見せてくれよー。なんだ?やっぱり登録してたのか~」

「からかうとみせねーぞ。よいしょっと」

 メールの通知を横にスクロールし、即時要求のパスワードを素早く打ちこむ。

 次の瞬間、表示されたのは拍子抜けな3行の文面だった。

「えーと、「今日の放課後、図書室で待ってます。できれば1人で来てください。お時間はかけませんので」ってこれ告白じゃねーかよ!夏樹のくせに生意気な」

「いやなんでそう決めつけるんだよ。できれば1人でとか、ふつう言わないだろ。しかもこんな作りたて感のあるアドレスから送ってんだぜ。むしろ怪しさまで感じるわ」

「まあそうかもしんないけど、ここは行ってやるのが男の優しさだろ。もしかしたら恥ずかしがり屋の子かもしれないしよ」

「わかったよ。じゃあ今日は先に帰ってくれ、何があったかはあとでおしえてやるから」

「絶対だからな。なんか俺の方が緊張してきたわ~」

「バカ言ってないでさっさと飯食うぞ。せっかく朝からこはるちゃんが握ってくれてんだ、しっかり食ってやれ。俺だったら喜んで食うわ」

「それ今月何回目だよ」

 こうやって気兼ねなく話しながら飯を食えるのはとっても幸せだ。

 外面よく振る舞うというのはかなり疲れる。優斗とはこの先も仲良くやっていける自信もあるし、そうあってほしいと思っている。

 優斗に言われたように、いや、もともと行こうとは思っていたが、やはり放課後行くべきなのだろう。そんなに嫌なことは起きないだろうし、第一される理由がない。周りから敵視されることもなく、問題も起こさず、うまく接している。これが母との約束でもあるし、母の願いをかなえなくては成仏ができないってもんだ。

 優斗の奥の席、今は別の生徒が座っている席の主である津島はまだ戻ってきていない。このままだと謝る機会はなさそうだ。

(そういえば、津島の通知音はなんの通知だったんだろうか)

 いつもおとなしい彼女がスマホをいじっている姿は見たこともなければ、想像もつかない。

「早く食ってバスケやりにいこーぜ、夏樹」

 少し見ないうちに何個かあったおにぎりは優斗の腹に消えていったらしい。もっと味わって食べろよと思ったが、前にも言った気がしていうのをやめた。

 日の差し込む教室が夕日に染まるとき、俺に待ちうける衝撃を俺はまだ知らなかった。

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